136、天界 〜人物株、予想外の動き
俺の人物株が発行された。
即座に、アイリス・トーリが、ハーフ単位を買い付けたようだな。その単位というのは謎だが、彼女は対価を労働力で支払うことになっている。
すると、まるで発行を待っていたかのように、すぐに1単位の申し出があったようだ。
「アウン・コークンさん、承認の判断をお願いします」
プラスと呼ばれる男は、一つの画面を拡大した。どうやら、俺の人物株が新規発行されることは、事前予告がされていたらしい。だから、こんなに早いのか。
「えっ? この人は?」
画面には、名前は表示されていない。他の人に見られないようにするためか。アイリス・トーリの場合には承認済みだから、名前が表示されているようだ。
「公平性を保つために、名前は隠されています。特にこちらの方は、かなりの資産をお持ちですが、購入後も基本匿名ですね。購入理由を確認いただき、承認の判断をお願いします」
「わかりました」
俺は、購入理由を表示した。
(は? なんだと?)
これは、絶対に日本人だ。しかも俺にケンカを売ってねぇか? 横から覗き込んだ幼女は、首を傾げている。俺の表情から面白そうだと思ったらしいが。
「この人、俺にケンカを売ってますよね?」
「はい? いえ、どうでしょう? 俺にはさっぱり意味がわかりませんので……」
購入理由の画面には……。
備長炭なら焼き鳥だ。焼き肉のサイドメニューはキムチだろう。寿司は生魚だけなのか? シメには卵焼きが必須だ。茶碗蒸しも外せない。ガリを忘れていないか? 和食なら、緑茶は必須だ。
あまりにも詰めが甘いようだから、出資をすることにした。放っておけない。当然、きめ細やかな接客は、人間にしかできない。人間不足なら、力を貸そう。
「どう考えても、この人は俺と同郷だったみたいなので、人間に対する理解もありそうですね。ただ、ちょー上から目線なんですけど」
「あぁ、この人は、こういう人ですよ。ですが、まさかの人物ですね。新人転生師だと気づくと、この人物株は売りに出されそうですが……」
経理塔の他の人達も、ざわついているようだ。この人物は、クレーマー要素でもあるのか。だが、これだけこだわりがあるなら、いい店ができそうな気がする。
俺としては、人間が奴隷以外に生きることのできる場所を作りたい。魂の格が最下位の人間が、楽しく暮らせるようになれば、少しは変わる気がする。
力のある者が死にたがる、ブロンズ星の今の状況は異常だ。この天界も3つの星も、どこかの星の実験施設らしいが、ぶち壊そうとした古の魔王トーリの考えは、過激すぎるが間違ってはいないと思える。
「この方を承認します」
「アウン・コークンさん、次はこちらの方をお願いします。こちらも、1単位をご希望ですよ」
(は? もう次だと?)
次の画面が表示された。覗き込んだアイリス・トーリは、ニヤリと笑った。
購入理由は、たった一行。
カオルちゃんの人物株なら、買うに決まっているわ。
俺をカオルちゃんと呼ぶのは、リィン・キニクしかいない。幼女の予想通りだな。
「この方も、承認します」
「了解しました。あぁ、どうしようかな。アウン・コークンさん、困ったことになりました。株価の評価値が急上昇したことで、買い注文が殺到しています」
(は? 意味不明だな)
「値上がりしたのに、なぜ買い注文なんですか?」
「アウン・コークンさんは新人転生師なので、最低価格で発行したのです。売り出した単位にも注目が集まりました。普通は、1単位なのです。すぐにハーフ単位が売れたことで、評価値が付きました」
(評価値?)
女神からの知識を探してみると、新規発行したときには、数日の売却停止期間があるらしい。売買できなければ時価は付かない。その代わりになるものが評価値か。
「いくらの値が付いた?」
アイリス・トーリが尋ねると、別の職員が、こちらに顔を向けた。画面をジッと睨んでいた人だ。
「今、30ポイントです」
(えーっと、3000円か?)
「ふっ、まだまだ安いな」
「ですが、発行価格は、1単位500万ポイントですよ?」
500万ポイントが30ポイントに? いや、違うな。30ポイントは、1株の価格か。うん? 500万ポイントって……1ポイントは100円だとすると、5億円じゃないか!!
アイリス・トーリは、その半分を買ったんだよな? 2億5千万円分の労働力って……。
(全く、わからねー)
「あの、1単位って、何株ですか?」
そう尋ねた瞬間、頭の中に、女神からの知識が湧いてきた。ったく、遅いんだよ。
1単位は100万株らしい。ということは、1株5ポイント、500円か。これが最低価格。有名な人物株なら、追加発行はこの100倍以上の価格が付くようだ。
つまり、1株500ポイント5万円か。だから、1株30ポイント3000円でも、まだ価格が上昇していくんだな。
「アウン・コークンさん、なぜ、そのような……あぁ、この画面を見て驚かれたのですね。俺も驚いています」
指さされた画面には、単位と株がぐちゃまぜになったリストが、次々と表示されていく。俺の領地の特産株の予約注文みたいだ。人物株を売り出したのに、なぜ特産株なんだ?
「俺は、特産株は発行してませんよ?」
「ですよねー。それは、店の営業を始められるタイミングが良いと思います。既に、10単位を超える予約が入ってきています」
「はい? そんなに発行しませんよ」
「ええ、おそらく新株予約権を売買しようという投機対象になっていますね。特産株の新株予約権を発行されますか?」
頭がチリチリしてきた。
「アウン・コークンさん、その前に、あとハーフ単位の買い手を選んでください」
「あぁ、はい。は? めちゃくちゃ増えてませんか?」
さっきは数件しかなかった画面が、文字でギッシリだ。そうか、時差があるからな。ほんの数分ボーっとしていても、ブロンズ星にいる天界人なら1日か。
アイリス・トーリに助けを求めるように視線を送る。すると、中指を立てた後にピースをする幼女。
(ケンカ売ってんのか?)




