134、天界 〜経理塔を訪ねる
俺は、アイリス・トーリの転移魔法で、天界へと戻った。さすが大魔王だな。普通なら転移塔を使わないと、天界と星との移動はできないのに、彼女はその特殊な転移ができるようだ。
「経理塔に行くぞ」
アイリス・トーリは、そう言うと、スタスタと歩いて行く。コイツ、なんだか俺の前を歩きたがるよな。
(何の対抗心だ?)
街道沿いに建てられた天界の管理塔の2階で会った兵は、人物株の正式契約は天界でと言っていたか。なんだか妙に、張り切っていた気がする。
あの管理塔は、魔王セバスが仕切っているみたいだが、自称経理塔の男は、なぜあの場所の仕事をしていたのだろう。魔王セバスの配下だらけの中で、平気な顔をしていたが。
◇◇◇
アイリス・トーリは、経理塔に付くと、そのままエレベーターに乗った。
「おまえ、あの兵が何階にいるか知っているのか?」
そう尋ねた瞬間、幼女は俺を見上げた。何か言いたそうだが、言葉を飲み込んだらしい。
(ここは、敵だらけか?)
俺としては、天界で過ごした時間は、全部合わせても10日もいかない。そのうち半分以上は、ぶっ倒れて寝てたしな。
だが、彼女は長い時を生きてきた。まぁ、任せておけばいいか。何となくだが、顔に出る微妙な変化で、何を考えているか少しわかるようになってきたと思う。これは、俺に気を許している証拠だと考えてもいいよな?
エレベーターは、11階に到着した。幼女の姿が見えた瞬間、そのフロアの職員達に緊張が走った。警戒されているらしい。
(あー、雷撃を放つからか)
そのフロアには、かなりの数の機械があった。俺が借りている部屋の一室も基地みたいだが、その何十倍ものスペースに、ぎっしりだからな。
「おまえ、ピリピリを漏らすなよ?」
「は? 何をバカなことを言っている? 経理塔だぞ? ドカンと巨大な雷撃を撃ち込んでも平気だ」
「機械が壊れるじゃねぇか」
「そんなことくらいで壊れるわけないだろ。メルキドローム級でも、破壊できないはずだ。すべてのポイントを管理する塔だぞ?」
(そんな機械があるのか?)
「メルキドロームが、どんなもんなのか知らねーけど」
そこまで話して、俺はハッとした。メルキドロームの話題を普通にしていていいのか? あれは、シルバー星の皇帝の……バブリーなババァの秘密兵器だろ?
幼女には何か、意図がありそうだが。
「おぉ、アウン・コークンさんでしたか。新規人物株の発行手続きは、ほぼ完了しています。ささ、こちらへどうぞ」
ブロンズ星で会った兵だ。あの時とは違って、キチンとした服装だからか、知的な雰囲気の誠実そうな人物に見える。
俺は軽く会釈をして、彼の後についていく。幼女は、そんな俺の後ろをゆっくり歩いてくるんだよな。その行動の意味はわからない。だが、彼女のその行動のせいか、俺に注目が集まっている。
個室に連れて行くのかと思ったが、違った。彼が入って行ったのは巨大なスクリーンだらけの区間だ。
「おう、プラス、本当に新人転生師の人物株なんか発行して大丈夫か? 大魔王は気が変わりやすいことで……あっ、あはは、これはこれは、アイリス・トーリさん」
巨大なスクリーンに囲まれていたせいで、ちっこい幼女は見えなかったらしいな。あまりにも、迂闊な男だ。
「相変わらずだな、おまえは。経理塔から叩き出されるぞ」
彼女は、迂闊な男と知り合いらしい。
「いやいや、だって、そうでしょう? 何の実績もない新人転生師が、初めて箱庭を手に入れて人物株を発行するなんて、頭がおかしいとしか考えられない。誰も買わないなら、経理塔の損失になりますからね」
女神から与えられた知識を探すと……ふぅん、なるほどな。新規の発行は、売れ残りを経理塔が買うのか。そして、時価がついてくると徐々に放出していくのだな。その差額が経理塔の儲けか。
「この話を提案してきたのは、おまえのとこの者だぞ」
「はい? プラスから言い出したんですか? まずは特産株からでしょ」
確かに、特産株と言っていたな。幼女は不機嫌そうに口を閉じた。ふっ、言い負けやがったな。
そんな幼女の横で、必死に目配せをしている兵。だが、迂闊な男は気づかないらしい。
「アイリス・トーリさんが買う分だけなら、発行しますがねー。ぶっちゃけ、新人転生師の人物株なんて、買う人は居ないでしょ。ねー、お兄さん」
(は? 俺はその新人転生師だが?)
迂闊な男は、わざと言ってるのか? それなら、超イヤミな男に格上げだ。
「発行は、3単位くらいでいいぞ、プラス」
幼女は、迂闊な男をスルーして、兵にそう注文している。その単位というのがわからないが、兵が目を見開いていることから、かなりの量なのだろう。
「いや、アイリス・トーリさん、初めは1単位からでお願いしますよ。もしくは、貴女が3単位も買うのですか?」
「まさか。私は、ハーフ単位にしておく」
「そうなると、2.5単位は、経理塔が買うのですか? それは、さすがに厳しいですねぇ」
「経理塔の分はないぞ。おそらく、リィン・キニクは、1単位買うだろう。店が隣接するアド・スパークはハーフ単位だろうな」
リィリィさんと魔王スパークか。どちらも、幼女の理解者だな。
「おぉ、そうか。アド・スパークさんは、隣接地の特産株は必ず買っている。人物株も同じか。ですが、森の賢者がなぜ? それにあと1単位はどうするんですか」
確かに計算が合わない。
「リィン・キニクは、今、店の準備を手伝っている」
「はい? なぜ、新人転生師を手伝うのですか。まさか、何かの陰謀じゃないでしょうね?」
迂闊な男が口を挟んできた。幼女は、ギロッと睨んでいる。
「その新人転生師に直接尋ねたらどうだ? アウン・コークン、黙ってないで、少しは反論しろ」
幼女が俺を指差すと、迂闊な男は心底驚いたような表情を浮かべた。そして、俺を怖れてオドオドしている。
(うぜーな)
「その人なら、わさびに反応して手伝いに来てくれたんですよ。俺と同郷みたいなんで」
「へ? わさび?」
「居酒屋ストリート計画に、ノリノリみたいですよ。前世の飲み屋が懐かしいんじゃないっすか」




