133、深き森 〜森の賢者は人間にも知られている
「えっ? 赤ん坊の世話ですか?」
村長は、素っ頓狂な声を出した。それだけなのかという心の声が聞こえてくるようだ。
「はい、今、近くに来ています。奴隷転生をしたばかりなので、赤ん坊はスッポンポンです。身にまとう物の世話から、お願いします」
「も、もちろん、それくらいならお安い御用です。何人の赤ん坊がいるのでしょう?」
赤ん坊の世話と聞き、村の女性達がキリッとしたのが伝わってくる。子供達も目を輝かせているようだ。
レプリーには、まだ何も言ってないのに、タオル工房からタオルを集め始めている。伝わっているのだろうか。なぜか人間に紛れ込んでいるマチン族のダンも、ニコニコしながらタオル集めに協力している。
そういえば、マチン族のドムの姿がないな。タオル工房に集めたのは人間だけだが……。村の外を巡回しているのだろうか。
「村長さん、かなりの数です。奴隷紋の付いていない人間もいますが……実際に見ていただいていいですか? 住む場所も、これからなので」
「は、はい。では、ただちに!」
◇◇◇
村を出て、草原を少し歩くと、あのドームが見えてきた。暗いから外観はよくわからないだろうな。入り口には、天界人リィン・キニクが、笑顔を浮かべて立っていた。
「アイツ、赤ん坊の世話を放り出したのか」
いつの間にか、俺に並んで歩くアイリス・トーリ。幼女のフリは徹底できてない。彼女の呟きに、村長がギョッとしているようだ。
(雑なんだよな)
まぁ、彼女は大魔王だし、村長は人間だからな。子供にだけ気を遣っているのかもしれない。
俺達の後ろからは、たくさんのタオルを抱えた村人達がついてくる。レプリーが的確な指示をしているようだ。レプリーも、まだ成人ではないが子供でもない。俺としては、その成長が嬉しいと感じた。
「あっ! 森の賢者様!」
レプリーがそう叫ぶと、村人達はキョロキョロと周りを見回している。あぁ、まだ人間の目には、見えてないのか。
天界人リィン・キニクが、ドームから離れてこちらへと近づいて来ると、やっと人間の目にも見えたらしい。
「あわわわ、森の賢者様だ! なんと神々しい!」
人間達も、彼のことは知ってるみたいだな。村長は、慌てて平伏している。タオルを抱えた人達は、跪いている。ブロンズ星では、これが常識なのかもしれないが……。
「皆さん、土下座も跪くのも禁止ですよ」
俺がそう言うと村長は、思考停止したようだ。身体に染みついた行動を回避しようとして混乱させたみたいだな。
「ふふっ、カオルさんの方針かな。そうだね、この森の中では、領主様に従うべきだね」
天界人リィン・キニクは、ふわりと微笑みを浮かべた。イケメンの微笑みって……。
(無条件にムカつく)
「リィリィさん、彼らに赤ん坊の世話を頼みました。とりあえず、状況を見てもらおうと思って連れてきたんです」
「そう、ふふっ、カオルさんは人数を言わなかったんだね。ちょっとズルいなぁ」
(ズルくねーだろ)
なんだか彼は、少し魔王スパークと似たところがあるな。俺の反応を楽しんでいるかのようだ。あっ、いや、俺じゃなくて、アイリス・トーリか。幼女は不機嫌そうに、口をへの字に結んでいる。
ドームの中にレプリー達を招き入れると、転生させなかった人間達が出迎えた。レプリー達は、その数の多さに驚き、そして彼らの不自然な光景に首を傾げている。
「カオルさん、なぜ、赤ん坊なのに……あっ、それが奴隷転生なんですね」
レプリーは、自己解決している。セバス国のゴブリンだった男は、やはりいろいろと知っているな。さらにその前世の知識かもしれないが。
「そうですよ。奴隷紋を砕くために転生させたけど、感覚は転生前のままだろうからね」
天界の魂の転生システムを利用した通常の転生は、赤ん坊は赤ん坊だからな。前世の記憶はあっても、言葉は喋れないし、ぎゃあぎゃあ泣くだろう。
「おぉ、これなら世話は、容易いですな」
(そうか?)
村の女性達は、微妙な顔をしている。赤ん坊の姿だけど、中身がオッサンやオバハンだと、赤ん坊をあやすようにはいかないからな。
レプリー達がタオルを持っていくと、赤ん坊達は自分で身体に巻きつけている。ただ、身体能力は赤ん坊だな。首はもうしっかりしているが、まだ立ち上がることはできないらしい。
天界人リィン・キニクが使った不思議な術の威力を感じる。ほんのわずかな時間なのに、もう自分でタオルを巻きつけることができる程まで急成長したということだ。
「村長さん、赤ん坊は251人います。それ以外に転生させてない人間が50人程度。世話をお願いできますか」
俺がそう声をかけると、村長は深々と頭を下げた。
「カオルさん、この人達の保護は、リィリィに任せなさい。貴方は、天界に戻って人物株を発行するのよね?」
(あっ、忘れてた)
「天界と往復していると、ブロンズ星ではすぐに1年経ってしまいますね」
「経理塔に伝言も残してきたから、そろそろ戻ってあげて。店の準備は進めておくよ。スパーク国には話したのかな?」
「いえ、まだ何も話してません」
「ふふっ、この巨大な橋を見て、魔王スパークはワクワクしているかもしれないよ。リィリィに代理を頼むと言ってくれたら、交渉をしておくよ?」
そう言うと、彼はふわりと微笑んだ。俺にそう言わせて……あぁ、魔王スパークの前で再生動画でも出す気か。
「じゃあ、リィリィさんに代理をお願いします」
「どんなお店だったかしら?」
「まずはスパーク国側に、居酒屋かな。そこで慣れた人達に、街道沿いの店に移ってもらう形がいいと考えています」
「まぁ、それはナイスね。敵の少ないスパーク国側で研修するのは賛成よ。それに宣伝にもなるわ」
「はい、店舗は適当に作ってもらえたらありがたいです。リィリィさんのセンスで」
「ふふっ、居酒屋ね! わかったわ。豆腐屋も必要ね」
(は? 豆腐屋?)
「あっ、わさびや、醤油も」
「もっちろん! リィリィに、任せなさい」




