125、深き森 〜天界のトラップ
俺達は、森の中をあちこち移動して、森にかかる縦断橋を利用する人のために、道を作っていった。
とは言っても、整備された道路ではない。通れない部分に小さな橋をかけたり、歩きやすくするために整えたり、生い茂る深い森に人が通れる道を作っただけだ。
俺が、橋を作ったり木を切り倒すと、アイリス・トーリはそれを補強したりバラバラに砕いたりしている。彼女の魔力は強すぎるから、たまに木を一瞬で消し炭にしていることもあった。
(ふっ、楽しそうだな)
ぶつぶつと文句を言いつつも、道がキチンと通っていない部分を、俺に指示してきたりもする。
彼女は、森を熟知しているから、魔物の主要な生息域をうまく避けているようだ。下手に踏み込んで、森の縦断橋に近寄られても困るからな。
「よし、こんなもんだろう。戻るか」
(へぇ、一緒に来る気か)
彼女は、転移魔法を使った。だが着いた場所は、レプリーの村ではない。すぐ真上に縦断橋が見える広い草原だが、あの村からは、人間の足では歩けないくらい離れている。
「なぜ、原っぱなんだ? 転移先を間違えたか」
「いや、ここに集落を作ればいい。橋の管理もしやすいだろう?」
「集落を作ってから、ここに住まわせる人間を集めてくるのか?」
「は? おまえの住む集落ということにしておけばいい。橋の真下に、この森の領主の集落があれば、天界も橋を爆破しないだろう」
(爆破だと?)
だが、そうか。縦断橋の中で、管理塔からスパーク城を監視するのに一番邪魔なのは、確かにこの橋だろうな。それに、天界が魔王クースの生まれる洞窟だと思い込んでいる川の下流付近だ。この先には、巨大な湖がある。
「ここに集落を作れば、ますます、あの洞窟に天界の目が向くからか」
「それもあるが、大きな川の近くに集落を作る方が、何かと便利だからな」
「それなら、ここに建物を集めればよかったな。ひとつしか置いてない」
森の中の平原のあちこちに、余った3階建の建物を適当に置いてある。何かの避難所になるかと思ったんだよな。
「何かの目印として、置いてあるのではないのか?」
「いや、余ったから、適当に散らばらせてある。人間が森で迷ったときに、野宿をするよりはマシかと思ってな」
俺がそう説明すると、彼女は呆けた顔をしている。
「おまえなー、結界を張ってなければ、何かの巣になるだけだ。そして、魔物を避ける結界があると、弱い人間には入れない」
(げっ……まじかよ)
「何とかしてくれよ」
「それなら、その建物に、管理する者を置くことだ。天界人なら喜んで管理の仕事を受けるだろうが……」
「いや、天界人は、使わねーよ。あちこちに散っているマチン族を集めてもらおうかな」
「マチン族は、パワースポットに引き寄せられるぞ」
(勝手に転移しちまうか)
「あぁ、そのたびに気合いで、持ち場に帰ってもらわないとな」
俺がそう言うと、幼女は鼻で笑っている。愚策だとでも言いたいらしいな。
「天界人を使えばいい。人物株の配当代わりに、森の中の建物を貸し与えればいいだろ。放っておいても、宿屋を経営するはずだ。あの建物は、そもそも宿屋だからな」
「は? 森に天界人が入り込むじゃねーか」
「だが、そうなると、絶対に縦断橋は壊されないぞ」
まぁ、そうかもしれないが……。アイリス・トーリは、この森に、天界人を寄せ付けたくないのではないのか?
(あっ、反天界派か)
そうだ、人物株の出資条件に定めればいい。大株主になるには、俺の面接を義務付ける。そして大株主だけに、森に点在する建物を貸せばいい。
隠れ家にもなるし、宿屋にもなる。使い方は、いろいろだ。
「なるほど、俺が面接をすればいいだけか」
「マナの濃いこの森自体に、魅力を感じる天界人も多いはずだ。それから、あちこちの魔王も、隠れ家として利用したがるかもしれんな」
「は? 魔王の隠れ家?」
まぁ、あり得ない話ではない。有力な魔王は、ストレスがたまってそうだからな。
「じゃあ、そろそろ人間の村に戻るか」
俺がそう言うと、彼女はそれを制した。何かを察知したのか?
「いや、意外と早かったな。今動くと、さっきの天界のトラップに、引っかかるぞ」
「何の話だ?」
そう聞き返すと、幼女は、ため息をついた。
「わさびや備長炭の依頼を出しただろ。その受注者の転移先を、おまえの居場所にしたじゃないか。天界はアレで、おまえの滞在先を知ることになる」
「あっ……罠か」
だから、この場所から動かないのか。この草原を俺の集落にしろとか言っていたくせに。まぁ、俺の住む集落がバレても、大した問題ではないが。
「受注されたって、よくわかったな」
「あぁ、印を付けておいたからな」
(は? 印?)
「もしかして、確認ボタンを押してドヤ顔をしていた、アレか」
「ドヤ顔とは、失礼だな」
気分を害したのか、幼女はキッと俺を睨む。だが、不思議と全然怖くない。やはり、コイツと一緒にいると楽しい。
目の前に、不思議な陽炎のような何かが見えた。
『アウン・コークンさん、依頼の受注者をひとり送りました。よろしくお願いします』
頭の中に、そんな声が聞こえてきた。すると、陽炎のような何かが、徐々に実体化し始める。
陽炎がピカッと強い光を放った。
光が収まると、そこには性別不明な金色の長い髪の人が立っていた。30代半ばくらいに見える綺麗な顔をした、スラリと背の高い……女性か?
「わぉっ! この森に来てみたかったんだよね〜」
(声は男だな)
「やはり、おまえが来たか。リィン・キニク」
アイリス・トーリは、冷たい視線を彼に向けた。
「ちょっと、アイちゃん? リィリィと呼んでちょうだいって、何度言えば覚えるのかしら」
(は? オネエ? いや、女か)
「リィン・キニクさん? キニクって……」
俺が呆然としていると、その人の視線が俺に向いた。
「ボクは、リィン・キニク。魔王キニクの父だよ。キミが、アウン・コークンさんかな? よろしくね」
(魔王キニクの父親!?)




