123、旧キニク国 〜バイト募集
「お嬢ちゃん、箱庭を見てくれ」
俺がそう声をかけると、幼女アバターを身につけたアイリス・トーリは、人間の村で見せたような幼女らしい笑顔を浮かべている。
魔王セバスの配下が見ているからだろうが……俺が彼女に騙されているという演出のつもりか?
(下手な芝居だけど)
幼女っぽく駆け寄ってきて、箱庭を見た瞬間、彼女の表情から笑みが消えた。
「これは、どういうことだ?」
(もう芝居はやめたのか?)
「橋をかけた。縦に3本、これがメインだ。ジャンクションを作って、横の繋がりも完璧だぜ。メイン橋からは、安全のため森へ降りる階段は無しだ。細い橋からは、森へ降りる階段やスロープを作る」
きちんと指差しながら説明したのに、幼女は呆けている。
「これが、橋か?」
「あぁ、森の中にも必要な橋はかけたぜ。小さな橋なら、パーツを使わなくても現地で作ればいいから、まだ何もしてない」
「これのどこが橋なのだと尋ねている」
(俺の完璧な橋に、いちゃもんをつける気か?)
「どう見ても、橋だろ。高速道路の橋バージョンだ。メインの3本は、ドラゴンが通っても大丈夫なように強化してある」
「は? 前世の特殊な知識をひけらかされても、イメージがつかない」
いつも相手の頭の中を覗いてばかりだから、想像力がないのか。これは、この世界の住人の欠陥だな。
「実物を見れば、わかるんじゃねーか。設置の調整補助を頼むからな。あとは……」
幼女が、何か合図をしてくる。どうやら、上の階に行きたいらしいな。この塔を、移動させたいらしいが……。
(ククッ、目隠しは完璧だぜ)
彼女は、全く外を見ていないのか、何も気づいてないらしい。まぁ、それならそれで、面白い。
「あぁ、バイトを雇わないとな。俺と同じ前世の奴に頼みたいんだが、天界人にいるか?」
そう尋ねると、アイリス・トーリはニヤッと笑った。
「たぶん、いるんじゃないか? 依頼書の出し方はわかっているのか?」
「全然、わからねー。ビルクがいないから困ったな」
(ふっ、嬉しそうだな)
「では仕方ないな。私が教えてやる。この塔はミッションの依頼もできるはずだ。管理者の部屋にはすべてが揃っているからな」
「じゃ、上に行くか」
俺がエレベーターに向かおうとすると、魔王セバスの配下達が慌てて先回りをした。
「お待ちください。いま、管理者のフロアは来客中ですので……」
(嘘だな、バレバレだ)
幼女は、フンと鼻を鳴らしている。嘘だということを俺に知らせているつもりらしい。
「それは困るんですよね。天界とは時差が半端ないだろ? いつまでも店ができない。なんちゃら株を発行する準備を、もう経理塔の人が始めてますよ」
俺がそう言うと、より一層、彼らは慌てている。なんちゃら株と言ったことで、出資者のことが頭に浮かんだのだろう。
経理塔が動いてことが事実なのも、盗み聞きをしていた魔王セバスは知っているだろう。俺の店の開店が遅れると、その背後にいる出資者が損をすることになる。
「早くしないと、時差があるから、どんどん得られるはずの利益を失う人がいるわよ?」
アイリス・トーリも、ニヤニヤしながら脅しをかける。管理者のフロアに行けば、彼女なら塔の移動が可能なのだろうか。それなら、魔王セバスは、絶対に死守するんじゃ……。
(あー、やはりな)
エレベーターから、機械を持って二人の男が現れた。幼女は、チッと舌打ちしている。
「アウン・コークンさん、お待たせしております。開店のためのミッションですね。特別に、緊急要請扱いにさせていただきます!」
管理者のフロアから、持ってきたのか。まぁ、緊急要請扱いなら、時間を遡って来るよな。
「どのような人材を募集されますか? 打ち込みも、こちらでお手伝いします」
(幼女に触らせたくないのか?)
彼女の方をチラッと見ると、ブスッと幼女のような膨れっ面だ。おっ、外の景色に気づいたらしい。目を見開き、俺に何かを言おうと振り向いた目は、獣のようにギラついている。
「欲しい人材は、わさびの栽培ができる人と、備長炭みたいな高級な炭焼きができる人で、お願いします」
「へ? あの、もう一度……」
「寿司用のわさびと、焼肉用の炭が必要なんですよ。あと、しょうゆと海苔と、焼肉のタレが作れる人も欲しい」
(天界人なら、一度で記憶できるだろ)
彼はポカンとしたまま、かちゃかちゃと機械を操作している。俺が言った言葉をそのまま打っているようだ。
「報酬は、どうされますか」
「俺の領地のなんちゃら株で払う」
「特産株ですね?」
「あー、いや、人物株だっけ?」
「ほう! それはまた、賭けに出ましたね。新規の人物株は、出資者が付かないこともありますが」
チラッと幼女の方に視線を移すと、彼女はこちらへと近寄ってくる。まだ、目をギラつかせたままだな。
「私が一番最初に、出資者に名乗りをあげたのよ。この街道は、主要国への往来のメイン街道になるわ。そこに、魔王クースが生まれる森で獲った肉や魚を扱うごはん屋ができるということよ?」
彼女がギラつかせた目でそんなことを言うから、魔王セバスの配下達は、ごくりと唾を飲み込んでいる。
(怖いよな、この顔)
「それなら、僕も出資しようかな。スパーク国の住人は、他国よりも魔力が高いのが不思議だったんですよね。あの森の獣の肉か」
なんだか盛大に勘違いしているようだが……放置でいいだろう。魔王セバスの配下が、俺に出資するわけはない。
「わさびと備長炭を知らない奴は、受注させないでください。作れない人が来ても意味がないですから」
俺が一応、念押しすると、その言葉も打ち込んでいるようだ。しかしアナログだな。手を触れただけで何でもできるはずだが。
「わざわざ、手打ちなんですね」
「はい、ブロンズ星の魔道具は、少し古い物でして……。これを確認の上、送信ボタンを押していただければ……あぁ」
幼女が横から、ポチッと何かを押したらしい。そして、なぜかドヤ顔だ。
(何か、仕込んだのか?)




