122、旧キニク国 〜村の移転、そして
「適当な平地で良いのだな?」
「とりあえず、あの集落でもいいが」
「は? おまえ、頭、大丈夫か?」
アイリス・トーリは、突然、俺のそばに駆け寄り、小声でそんなことを言った。
あぁ、魔王クースが生まれるあの集落は、天界が探しているからか。あんな塔ができたからマズイよな。
パワースポットの結界があるから、直接あの集落へは移動できないだろう。近くに集団転移をすると、天界に集落の場所を知られる危険があるか。
「今から、転移魔法を使いますぅ」
(は? 今からだと?)
かわいい幼女のフリをして、とんでもないことを言いやがる。村の住人が、ポカンとしているじゃないか。
「ちょ、おま、身支度とかあるだろーが」
だが俺の反論は無視して、幼女は強い魔力を放ち始めた。はぁ、仕方ないか。後で、ドム達と荷物運びだな。何十往復しなきゃいけないんだ?
(くそっ、横暴な大魔王だな)
強い光で、何も見えなくなった。不安そうな声も、もう聞こえない。だが、妙に転移に時間がかかっている。なぜだ?
俺達は、圧力さえ感じる強烈な魔力に覆われている。チカラを抑える幼女アバターを身につけていても、この凄まじさか。だが、やはりおかしい。村にいる住人とマチン族を合わせても、100人程度だろう。この魔力は過剰過ぎないか?
そして、光が収まってくると……俺は目を疑った。
◇◇◇
「はぁい、到着しましたぁ。私のお仕事は完了です」
かなり長く、しかも揺れる転移だと思ったが、そういうことか。
今、俺が見ている景色は、さっきと何も変わらない。空にモヤがかかっていたり、村の出入り口の先に緑が広がっている以外は、何も変わらない。
「ちょ、おまえ……」
俺が驚いた顔をしていたのが面白いのか、アイリス・トーリはニヤニヤと笑い、ドヤ顔だ。
「ええっ? 村ごと転移させたの……ですか?」
村長は驚きすぎて、ひっくり返っている。
「はい、そうですよ〜。この人相の悪い人から、村の移転を依頼されたのです。まだしばらくは村の外は危険だから、出ないでくださいね」
また、幼女のフリをして可愛らしくしゃべる幼女。だが、こんなとんでもないことをしたら、大魔王だとバレバレじゃねーか。人間には、知られたくないんじゃねぇのか?
「わぁっ! アイちゃんって魔法使いなのね」
「ほんとだ〜、お引越し先は、草のいい匂いがするね」
(あれ? バレてない?)
「この後は、この人相の悪い人が、もっとすっごい魔法を使うよ」
いつの間にか女の子達に囲まれている彼女。普通、恐れられるんじゃないのか?
「カオル、この後はどうすれば良い?」
マチン族のドムも、平気な顔をしている。凄すぎて理解ができてないのか。
「橋をかけるから、それが終わるまで村の出入り口の警護を頼めるかな? この場所は魔物がいるからね」
俺が魔物というと、賑やかだった村の人達は、急に静かになった。
「この辺は、弱い魔物しかいないよ。スパーク国の城兵の見回りもあるから大丈夫だよ」
幼女がまた可愛い声で、そう言った。場所は……エリアサーチをすると、ざっくりいえば森の中央に近い。やや南東だな。ほぼ中央には、あの集落がある。人間の足でも、魔物がいなければ歩ける距離だ。
だがここは、二つの川に挟まれている。湖のある川とは違って、旧キニク国へ流れる川と、スパーク国へ流れる川だ。
(なるほど、考えたな)
この場所なら、確かに大型の魔物はいないだろう。大きな木のない草原が広がる場所に、この村を移動させたようだ。こんな場所には、草食系の小動物しかいない。
「じゃあ、私は……」
「ちょっと待って。橋をかける手伝いまで頼む」
かわいく手を振ったところを邪魔したためか、アイリス・トーリは、一瞬、幼女のフリを忘れて真顔になった。すぐに取り繕っていたから、やはり人間にはバレたくないらしい。
(なぜ、この転移でバレない?)
「橋エキスパートなんでしょ?」
「あぁ、ちょっと街道沿いの塔に用事があるんだが」
そう話すと、彼女は俺の意図に気づいたのか、ふふんと鼻を鳴らしている。かわいい幼女は、そんな顔はしないんじゃねーの?
「わかったわ。追加報酬、よろしくね」
(セコイな)
俺は、彼女の手をつかんで、転移魔法を唱えた。
◇◇◇
「アウン・コークンさん、そちらの方の立ち入りは……」
街道沿いの天界の管理塔の2階で、身分チェックをしようとすると、やはり彼女は止められた。魔王セバスの命令か。
「俺が雇ってるんですよ。この子、魔力が高いから」
俺が素知らぬ顔でそう言うと、兵が数人集まってきた。
「ですが、あの……えーっと、どちらに?」
話し方が突然、変わった。それに、あの嫌な気配もある。魔王セバスが気づいて、指示を変えたのか。
「領地に橋をかけるんで、3階を使いたいんです。この子にも、場所のアドバイスをもらいたいし、設置後の現地の調整を手伝ってもらうので」
「それなら、魔道具塔の人がいますよ?」
「フリー橋を複数本かけるんですけど、その補佐ができる魔力をお持ちの方がいらっしゃいますか? 俺の領地は、妙な霧が出てますよ?」
俺がそう尋ねると、予想通り、兵は黙った。
「3階だけなら、許可します」
(ふっ、勝ったな)
俺は、アイリス・トーリを連れて、3階へ上がった。
◇◇◇
「箱庭の設置に来ました」
明るい声でそう伝えると、3階にいた人が、作業用の台と画面を出してくれた。俺のことなど見ていない。みんな、幼女の動きだけに完全に集中している。
俺は、俺の領地の箱庭を出して、橋を並べていった。橋エキスパートになったときにもらった詰め合わせセットだ。
(へぇ、作り替えも可能だな)
大小さまざまな橋をあちこちに配置していく。そして、管理塔からの目隠しのために、この塔の向かいの街道沿いに、寮にする予定の三階建パーツを並べていった。
外をチラッと見ると、点滅状態の建物が並んだ。
(もう少し奥か)
街道から少し奥へと、パーツを並べ直した。
(ククッ、完璧だ!)




