120、ムルグウ国 〜店について語る
俺は、寿司について、ガッツリ語った。
「熱意はわかったが……生魚は危険だぞ、カオル」
マチン族のドムは、やはり意見を変えない。彼が頑固なのは、わかっていた。実際に食べさせてみないと納得しないだろう。
(百聞は一見にしかず、だな)
「寿司屋が無理なら、焼肉屋にする」
俺としては、最大限に譲歩した。だが、焼肉屋の仕組みについて説明すると、またドムは首を横に振っている。
「カオル、なぜ、わざわざ客に肉を焼かせるのかが理解できない。それは飯屋とは言わないぞ」
「炭火で焼くと美味いんだってば。表面を軽くあぶって食うのも……」
「また、生食か。危険だと言ってるだろ? すみび? 炭の中に肉を放り込むのか?」
(はぁ、百聞は一見にしかず、だな)
俺が、ドムに言い負かされて、ガクリとうなだれていると、幼女が幼女のフリをしてキャッキャと笑っていやがる。
それを真似るように、彼女の周りにいた女の子達も、少しずつ笑顔になってきた。アイリス・トーリは、そのために幼女を演じているのか?
「焼肉屋をするには、炭がいるんだよな。備長炭みたいな奴って、どうやって作ればいいんだろ?」
ポツリと呟くと、ドムは、フッと笑った。
「カオル、奇妙な物はやめておこう。飯屋をしたいなら、普通の飯屋でいいじゃないか。移住者の仕事として、店を出そうと考えてくれたのは理解しているし、感謝もしている」
(奇妙な物じゃねーよ)
「普通の飯屋もあってもいいけど……俺は居酒屋ストリートを作りたいんだ」
「わかった、わかった。だが、そんなにいくつもの店は、俺達ではできないぜ」
「だから、あちこちから労働力を集める。街道に近い場所には、寮も用意するからな」
そこまで話すと、ドムは怪訝な表情を浮かべた。あぁ、俺がマチン族を保護するだけだと思っていたか。
「カオルさん、いらっしゃってたんですね」
レプリーが、何かを抱えてやってきた。一瞬、貢ぎ物のつもりかと思ったら、俺の前を素通りして、村の入り口近くの小屋に運んでいった。
(火薬の臭いがしたな)
そういえば、この村の裏稼業は、反ムルグウ派へ爆発物を売ってるんだったな。表向きの特産はタオルだが。
俺は、戻ってきたレプリーを捕まえた。
「レプリー、村長さんと話をしたいんだが」
「えっ? あ、あの、今のは……」
レプリーは慌てているようだ。俺が咎めると、勘違いしたのか。
「あのさ、レプリー。俺、領地を持ったんだよ。そこを管理してくれる人を、これから集めなければならないんだ。店もしたいから、それなりの数が必要なんだよな」
「ええっ? カオルさんの領地ですか!? やはり魔王なのですね」
(は? あー、ゴブリンだったか)
レプリーは、人間に転生する前はゴブリンだった。そのことは、おそらく隠しているはずだ。だが、今の発言はマズイだろ。
本人も、しまったという顔をしてキョロキョロしている。声が聞こえる範囲には、マチン族と子供達しかいないのを確認して、ホッとしたようだ。
「俺は、魔王じゃないから国がないんだよ。どこの国にも属さない領地を買った。この星では魔族で通しているが、天界人だからな」
レプリーは、驚いた顔を作っているが、この顔は芝居だな。俺の素性はもちろん知っている。それに下級魔族なら、天界人が領地を買うことを知っていてもおかしくはない。
田舎に住む下級魔族ならまだしも、レプリーはゴブリンだった頃、セバス国に住んでいた。天界人のことはよく知っているはずだ。
「あの、村長様に、何を……」
「俺の領地に、この村全員が引っ越さないかと思ってな。マチン族も移住する」
「えっ、僕達は、カオルさんの奴隷ということですか」
コイツは人間として、人間の村を守ろうと努力していた。俺の提案に、さみしそうな笑みを見せている。
「レプリー、俺はこの世界に転生してくる前は、人間だったんだぜ? しかも魔法なんて存在しない世界だ。そもそも、人間が奴隷にされていること自体、俺には理解できねーんだよ」
「ええっ!?」
(これは、芝居じゃねーな)
レプリーは目を見開き、ひっくり返っている。ククッ、お笑いのセンスがあるのかと思えてくる転び方だ。
「俺は、前世の居酒屋を再現したいんだ。こういっちゃ悪いが、魔族には、感じの良い接客なんて期待できないだろ」
「ひぇぇえ〜!? そ、村長に話してきます〜」
レプリーは立ち上がると、村長の家へと、すっ飛んでいった。
「まだ、話してなかったのか、スカタン!」
(出た、スカタン)
だが彼女は、自分の言った言葉に気づいてないらしい。
「箱庭を買ってから話す予定だったから、別に遅くはないだろ」
「候補地は、どこだ?」
村の女の子達に聞かれたくないのか、珍しく小声だ。
「まだ、決めてない。街道近くはマズイかもしれんが、あまり奥地というわけにもいかない」
「スパーク国から仕入れをするなら、森には何本か縦断道を作るのだろう? その近くなら、街道へも行きやすい」
やはり、彼女も、街道近くに人間の集落があるのは、マズイと思ったらしい。人間は物扱いされるからな。
「あの森には、道は作らない。スパーク国の治安が脅かされるからな」
「は? 転移魔法を使える者に仕入れをさせるのか?」
「まぁ、それも頼むが、基本的には人間が仕入れをする予定だ。いや、配達してもらえばいいんだよな」
「は? スパーク国の魔族に運ばせるのか? 転移魔法を使える魔族は、そんな仕事はしないぞ」
「橋をかけるから、人間でいいんだよ」
「はぁ? あの大きな川は、スパーク国に流れ込まないぞ」
幼女は、素っ頓狂な声をあげた。俺が何を言っているのか、必死に頭の中で、何かの知識とすり合わせているみたいだな。
(おもしれー)
「誰が川に橋をかけるって言った? 森の上に橋をかけるんだよ」
「おまえ、頭、大丈夫か? そんな橋なんて……魔力はあるとしても、そもそも橋を作るのは簡単じゃないぞ」
「あのなー、橋エキスパートを舐めんなよ!?」




