116、旧キニク国 〜契約違反の塔
ビルクに案内されて、塔の3階へ移動した。
「カオルさん、店をする小屋なら…」
ビルクは、張り切ってパーツの説明をしてくれる。俺は適当に返事をしながら見て回った。3階は箱庭の店らしい。街道ができたばかりなのに、このフロアは完璧に整っている。
1階はまだ何もなく、2階は身分チェックの趣味の悪い像と、兵の控え室らしき小部屋があったか。
(用意が良すぎないか?)
10階の管理者の部屋らしき場所も、家具も何もかもが整っていた。3階より上の塔は、天界からそのまま持ち込んだかのようだな。
窓の外は、広い街道とその奥には緑の深い森が見える。遠視魔法を使えば、魔法を弾くパワースポットの結界に気づくよな。高さ的にも、3階はマズイ。あの集落の結界は、樹々の上にまで至る大きさだ。森の先を見ようとするだけで、違和感に気づく。
「カオルさん、外を眺めて、どうしたんですか?」
ビルクは、魔王クースを得た後、俺が転生させた。アイリス・トーリもあの場にいたということは、パワースポットの場所は、ビルクの記憶から消されているはずだよな。
(確認しておくか)
「ビルクさん、魔王クースって、どこで生まれるんですかね?」
「あー、スパーク国の北の森だということしか覚えてないんですよ。鎌に操られてたからなぁ」
ビルクは、すまなそうにそう言った。
(うん? 何だ?)
俺達の会話に聞き耳を立てる気配がした。ゆるい何かの術か? 天界の魔道具塔は、壁に耳があるのかよ。
窓から離れ、エレベーターの方へと移動すると、言い争う声が、微かに聞こえてきた。3階までは階段があるから、2階から聞こえてくるのか。
「なぜ、この場所に管理塔を建てた!? 古の魔王トーリの領地だった場所だぞ!」
(幼女の声だ)
「キニク国が消滅しましたから、ここに移しただけですよ。魔王クースが生まれる場所からは離れていますから、魔王トーリの呪いも受けませんよ」
(さっきの管理者の声か?)
「魔王セバス! 私との契約を破棄する気だな」
(は? 魔王セバスだと?)
「大魔王様、古の魔王の呪縛を恐れすぎではありませんか? もう魔王トーリは消滅した。天界を揺るがす脅威は、もう存在しませんよ」
「この塔は契約違反だ! さっさと撤去しろ!」
「それはできません。街道沿いには、両替所が必要ですからね」
(両替所?)
「カオルさん、どうしました? そのパーツは宿屋ですよ」
言い争いの声は、ビルクには聞こえてないらしい。俺がジッと立っている前には、確かに宿屋のパーツが並んでいる。
(あっ、そうだ)
「ビルクさん、宿屋じゃなくて寮にしようと思って」
「寮? 何ですか、それ」
「店で働く人が住む部屋ですよ。店の近くに家があれば、便利でしょう?」
やはり俺達の会話は、盗み聞きされている気配がある。あー、これは、2階にいる魔王セバスか。管理者らしき男は、見たことのない顔だと思ったが、上位魔王なら、いくつものアバターを持っていてもおかしくはない。
「確かに便利ですが、旧キニク国側に、たくさんの宿屋を作るらしいですよ?」
ビルクは、店で働くのは、天界人だと思っているらしい。
「ビルクさん、俺は、店員は人間を使おうかと思ってるんですよ」
俺がそう言うと、ビルクは驚きで固まっている。
「な、な、なぜ、人間なんかを使うのですか」
「俺は、前世で飲みに行っていたような店を作りたいんですよ。店員は、愛想よく丁寧に接客して欲しいからね。自分より格の低い客が来たら、接客態度が豹変しそうでしょ」
そう説明すると、ビルクはしばらく固まっていたが、ポンと手を叩いた。
「なるほど! カオルさん、さすがですね。人間なら報酬も少なくていいし、新しい店を始めるには最適かもしれません! 客に文句を言われて斬り殺されても、人間なら気になりませんもんね」
(コイツ……まぁ、そういう認識か)
俺は、適当に笑みを作り、改めて宿屋のパーツに視線を移した。すべて3階建か。へぇ、これは使えるじゃないか。この塔の前に、並べてやろう。
「おや、アウン・コークンさん、まだお買い物中でしたか」
この塔の管理者らしき男……魔王セバスが、階段を上がってきた。ビルクとの話が聞こえたのだろう。俺が、2階での話を聞いていたかを確認しに来たらしい。
(すっとぼけておくか)
「あれ? 階段を上がって来られました? 10階にいらっしゃいましたよね?」
「あぁ、2階に降りたら、貴方の声が聞こえてきましてね。足りないパーツがあれば、すぐに取り寄せますよ?」
(ごまかせたか?)
俺は、返事はスルーしておく。喋りすぎるとボロが出そうだ。
「あの、彼は、店員用の寮という物を探しているみたいです」
ビルクが代わりに答えてくれた。完璧なマネージャーだ。
「寮? 特注も可能ですよ。天界とは少し時差があるので、今すぐにとはいきませんが」
魔王セバスが、ここの管理者か。特注だなんて、どんな魔道具を仕込まれるかわからねーな。
「そのときは、お願いしますね。とりあえず、俺はあまりポイントを持ってないので」
俺がそう言うと、彼はふわりと微笑んで、エレベーターを使って上へと移動していった。やはり俺の動向を調べに来たんだな。
「ここにある分、すべてもらいます」
「全部で、459,000ポイントになります」
俺は、大きめの小屋と、宿屋のパーツを買い占めた。残金は、901,090ポイントになった。
「設置も、ここで可能ですよ?」
俺が、買ったパーツをアイテムボックスに収納すると、そう声をかけられた。だが、魔王セバスが居ないときの方がいい。
「いえ、橋をかけてからにします」
「橋? 森の中の宿屋は、魔物に潰される危険がありますよ?」
「ご親切にどうも。あっ、ここの1階は何か店をするのですか?」
「両替所になります。街道は、様々な国の人が利用されるので」
「へぇ、両替所ですか」
2階での話を聞いていないアピールのために、この質問をした。すると、盗み聞きの気配はフッと消えた。




