112、深き森 〜だが、俺は……
「おまえ、いきなり殴るなよ!」
顔面を殴られて、頭がクラクラした俺は思わず反論していた。
(あっ……くそっ)
アイリス・トーリは、泣いていた。大魔王リストーだろ? 古の魔王トーリの息子だったんだろ? 冥界神を継ぐはずだったんだろ?
泣くなと言ってやりたいのに、言葉が出てこない。
コイツが泣いている理由がわかるから……ずっと長い間、諦め続けていたことがわかるから、俺は何も言えなくなっていた。
これまで連れてきた者は、すべて冥界から出ると、記憶が消えていたのだろう。いや、シルバー星のバブリーなババァは、違うかもしれないな。死神がわざわざ名前を覚えていたくらいだ。
それに死神は、あのバブリーなババァが失敗したと言っていた。アイツを遠ざけるために、天界が星を造ったとまで言っていたか。
だからバブリーなババァ……ライールの皇帝は、前世の名前をわざわざ言ったのか。自分は前世ではカオルだったと、俺に教えたのは、俺に託すという意味だったのかもしれない。
(俺は手駒ではなく……託されたのか)
アイリス・トーリは、まだ涙が止まらないらしい。どう言ってやればいいんだ? こんな時は……。
「おまえ、泣くなよ。まるで俺が幼女をいじめてるみたいじゃねーか」
(うわ、最悪だ)
自分の口から出た言葉に、ゲンナリする。
「ぐすっ、音には縁が繋がるって、本当だったんだな」
泣いている幼女に萌える性癖はない。それに、コイツは感覚が男のままなんだ。俺は男にも興味はない。だが、俺は……。
気づいたときには俺は、彼女を抱きしめていた。
◇◇◇
コツコツ
こちらに近づいてくる複数の足音が聞こえてきた。俺の腕の中で無言のまま、じっとしていたアイリス・トーリは、ハッと我に返ったらしい。
ドンっと俺を弾き飛ばした。
(痛っ! くそっ)
「おまえ、痛いだろーが!」
「うるさい! 仕事中に行方不明になったのは誰だ!?」
彼女は、近づいてくる者達に聞かせるかのように、大きな声で怒鳴った。
灯りが近づいてくる。
この場所を照らされ、俺は目を細めた。幼女も眩しいと感じたのか、手で遮っている。
「あぁ、やっと見つかりましたか。さすがですね、アイリス・トーリさん」
天災塔にいた天界人だ。俺を呼びつけたあの二人ではない。おそらく下っ端なのだろう。
すると、眩しくてイラついたのか、彼女は不機嫌な顔で口を開く。
「おまえ達、この場所は天界人には立ち入りを禁じている。なぜ、この洞窟の奥まで入ってきた? ここはブロンズ星で最も古い洞窟だ。天界人が立ち入るには、ゴールド星の許可が必要だと教わらなかったのか」
アイリス・トーリは、すでにいつもの口調だ。もう涙も乾いている。だが、まだ何も話をしていない。いや、話せないか。冥界では縛りがないと言っていたが、洞窟内とはいえ、ここは深い森の一部だろう。
軽くサーチを使うと、どうやら巨大な湖の上流のようだ。この洞窟のある山から湧き出た水が、あの大きな川に流れ込んでいる。
「早く捜せと言われたので。あ、あの……」
「ゴールド星の許可を持たぬ者が、禁断の地に立ち入ったのか。しかも、この森は、もはや緩衝地帯ではない。ここの箱庭を買った領主がいるのだからな」
アイリス・トーリは、天災塔の奴らを脅しているのか。だが、こんな言い方をすると、逆に何かがあると疑われる。天災塔の奴らは、魔王クースが生まれる場所を探しているようだからな。
あー、だからか。アイリス・トーリは、この場所に疑いの目が向くように、わざと誘導しているのかもしれない。
「いや、あの、アウン・コークンさんが、なぜこんな洞窟に居たのかが……」
天災塔の奴らも、必死だな。幼女は俺の方を振り返って、何かを言えと合図をする。無茶振りだが、仕方ない。
「俺は、わさびを探しに来たんだ」
俺がそう言うと、天災塔の奴らはもちろん、彼女も、ポカンとした表情を浮かべている。
「わ、さび? 何かのカビですか?」
「違う! わさびは、水の綺麗な場所に生える植物だ。寿司屋をするには、わさびが必須だからな」
「すしや? はぁ、あの?」
天災塔の奴らは、俺の言葉に混乱しているらしい。あぁ、天界で話したときは、焼肉屋をつくると言っていたからか。
「おまえ、それは前世の世界の植物じゃないのか?」
幼女がそう尋ねた。彼女も、気になったらしい。
「マグロやサーモンが居るんだから、わさびも生えてるだろ」
「ふん、植物なら、むやみに自力で探すより農業国に言って作らせればいいじゃないか」
彼女は、スパーク国へ出入りする理由付けをしてくれているらしい。しかし、はいそうですねとは言えないな。
「は? 人工的なわさびじゃなくて、天然物に価値があるんだよ! おまえ、何もわかってねーよな」
俺がそう反論すると、幼女はめちゃくちゃ不機嫌な表情を……わざと作っている。
(くくっ、おもしれー)
「わかるわけないだろ。じゃあ、おまえに、ニーロンはわかるのか?」
幼女はニヤリと笑って、変なことを言い出した。
「は? ニーロン? ウーロン茶ならわかる」
「茶ではない。ニーロンは、私の前世の国で有名な菓子だ」
「ふーん、そんなもん知るわけねーだろ」
「だったら、わさびなんか、知るわけないだろ、スカタン!」
(また出た、スカタン)
だが彼女には、スカタンと言っている自覚がないんだっけ?
「おまえ、いま、スカタンって言ったぞ! 最近は使ってないとか言いつつ、めちゃくちゃ連呼してるじゃねーか」
そう指摘すると、彼女は一瞬、ハッとした表情を浮かべた。
「たまたまだ」
「俺の研修のときも、スカタンを連呼していたじゃねーか」
「は? そんなことは言ってないぞ」
「言ってたっつーの」
ピキッと、幼女の身体を何かが走った。
(やべ、雷帝リストーだ)
だが俺よりも、天災塔の奴らの方が慌てている。この場所は、地面は濡れている。雷帝が放電すると……。
「あー、我々は、先に戻りますから、すぐに街道へお願いしますよ」
奴らは、ワープで逃げやがった。
皆様、いつもありがとうございます♪
ネット小説大賞の一次選考通過していた本作ですが、二次落ちしてしまいました。応援いただいていた皆様、ありがとうございました♪
また、次、頑張ります(*´ω`*)




