11、天界 〜同じアイちゃんでも大違い
隣の部屋から、トレイを持ってきたのは、俺の研修を担当した幼女アイリス・トーリではなかった。20代前半に見える綺麗な女性だ。
やわらかな笑みを浮かべて歩く姿は美しく、神々しさを感じる。
(同じアイちゃんでも、大違いだな)
そう考えた瞬間、その女性がチラッと俺に視線を向けた。この人も、俺の考えがわかるのか。
「アイちゃんが、授与してくれるかしら?」
「えっ、私がですか? 勲章の星の授与は、管理者の仕事では?」
「今日から、管理者の補佐をしてくれることになったでしょう?」
その女性は、少し戸惑っているように見える。小さなため息をつき、俺の前にトレイを差し出した。
(緊張しているのか?)
「アウン・コークンさん、ムルグウ国の内乱鎮圧の功績により、転生塔の星1つを与えます。勲章の星に触れると、受け取ることができます」
「あぁ、だが、星と言われてもな」
受け取っても意味がない。どうせ追放だ。もしかして、勲章の星を持つことで、行き先が変わるのか?
女神から与えられている知識には、追放先の情報はない。まぁ、普通に考えて、ブロンズ星だろう。
勲章の星に関する知識を探る。
天界で勲章として与える星は、いわゆる階級のようだ。転生師レベルとは別のもので、何かの功績によって与えられるらしい。
各塔ごとに、星は3つまで与えられるようだ。
星1つは、リーダーだな。前世でいえば、係長という感じか。星2つがフロア長、星3つが管理者か。
一方、転生師レベルは、一年に1つ上がる。これが定期昇級のようなものだ。他に、功績によっても上がるらしい。
(まぁ、もう俺には関係ないが)
「アウン・コークンさん、受け取ってもらわないと、もう1つの悪い話ができないわ」
リーナと名乗った転生塔の管理者は、少し困ったような表情を浮かべた。
「そうですか」
俺は仕方なく、女性が持つトレイの上の勲章に触れた。すると、スッと消えるんだな。俺の持ち物に勝手に入ったらしい。
(うん? 何だ?)
女性が何か言おうとして、口を開いたが、何も言わずに口を閉ざした。空のトレイを持って、無言で隣の部屋へ戻っていく。
そんな彼女の様子を、転生塔の管理者は、やわらかな笑みを浮かべて眺めている。なんだか、見守っているというより、楽しんでいるかのようだな。
「さて、アウン・コークンさん、悪い話なんですけど、いいかしら?」
「あ、はぁ、俺に拒否権は無さそうですし」
「ふふっ、物分かりが良くて助かるわ。今回のムルグウ国で、貴方は、転生師3人に死神の鎌を向けましたね」
(やはり、追放だな)
「死神の鎌を向けるという行為は、死の宣告を表すの。天界人は死なないけど、さすがに失礼すぎる行為です。従って、彼らに慰謝料として、1人当たり1万ポイント、合計3万ポイントを支払ってもらいます」
「えっ……3万ポイント?」
(ちょっと待て)
借金を背負ってしまうと、追放されないんじゃなかったか?
3万ポイントということは、300万円か。俺の所持ポイントは、990ポイントしかない。
「ええ、今回のムルグウ国の鎮圧の功労者報酬が2万9千ポイント、別に参加報酬が100ポイントありますから、残り900ポイントを支払ってもらいます。もし、所持ポイントが足りなければ、借金の申請を……」
「ありますよ。だが、なぜ罰金なんだ? 追放されるんじゃないのかよ」
うっかり、声を荒げてしまった。しかし、彼女は俺を怖れる様子はない。
「正当な慰謝料です。彼らの方にも落ち度がありました。貴方はまだ、死神の鎌の意味を理解できていなかったでしょう? それに貴方の場合は、慰謝料の方が抑止効果が高いと判断しました」
「ちょっと待て! 抑止効果って……」
(俺の考えが覗かれている)
俺が何かをやらかすと、罰金を取る気だ。わざと失敗しようとしていることが、見抜かれている。借金を負わせて、追放されないようにする気か。
「ふふっ、それでは、報酬と慰謝料の支払いを……アイちゃん、お願いね」
隣の部屋から、さっきの女性が出てきた。ガラガラと台車のようなものを引いている。経理塔にあった物と同じ像が乗っているが……。
(不機嫌そうな顔だな)
こき使われて、拗ねているようだ。彼女は、口をへの字に結んでいたが、ハッとして咄嗟に笑顔を浮かべた。
(ククッ、可愛いじゃねぇか)
そう感じた俺を、彼女は一瞬、睨んだように見えた。神々しい雰囲気の笑顔には、何も感じなかったが、こういう人間臭い感じは、悪くない。
「アウン・コークンさん、精算します。像に手をかざしてください」
俺は、素直に従ってやった。はぁ、残金は90ポイントか。まぁ、借金を回避できたから良しとするか。
「あの、買い物は済まされたのでしょうか」
(俺の心の叫びを聞いたのか)
「まだ、何も」
「それなら、クレーム対応の仕事をされると良いと思います。1件ごとに報酬が得られます」
「えっ? あぁ、俺がお客様相談室で採用されたことを知ってるんですか」
「ええ、当然です。転生塔に勤務する人の情報は、すべて記憶していますから」
彼女は、俺がジッと見ると、目を逸らす。まぁ、俺の顔が怖いのかもしれねぇが……ちょっと、傷つくんだよな。
「そうですか、えーっと、あの、貴女のお名前を伺っても?」
俺がそう尋ねると、彼女はギクリとしたようだ。
「あら、アイちゃん……」
塔の管理者リーナさんは、なんだか彼女をからかうような視線を送っている。名前を尋ねることは、失礼だったか。
「私は……アイと呼ばれているわ」
「あっ、そうでしたね。アイさん、俺の買い物の心配をしてくれて、ありがとうございます」
「いえ。では、私は失礼します」
そっけなく、そう言うと、彼女は隣の部屋へと戻ってしまった。
「俺も、失礼します」
意味深な笑みを浮かべている管理者リーナさんに、軽く会釈をして、俺はエレベーターへ向かった。