109、冥界 〜アイリス・トーリの秘密
「私が何者か? ブロンズ星では大魔王リストーだ。知っているだろう?」
毒舌幼女は、何かを迷っているかのような、力のない笑みを浮かべている。いつもの勢いはない。
「この場所では、何者なんだよ? なぜ古の魔王トーリの刻印を消せる? そんな力があるなら、さっさとすべての刻印を消せばいいじゃないか」
「ふっ、無茶を言うな。私は、不適格だと古の魔王トーリが判断した者の刻印しか消せない。魔王クースとなる条件を整える試みに失敗した後にしかできぬことだ。刻印を施した術者の力を超える者など、天界にもいないからな」
(最初の問いには答えてねーな)
「おまえは、何者なんだよ?」
俺の声が大きくなったのか、幼女は口に指を当てて、しーっという素振りをしている。
「私が刻印を消しても、マチン族は50年以上生きると、刻印は復活してしまうのだがな」
(また、はぐらかしやがった)
ふと、マチン族のドムのサーチをしたときのことを思い出した。ドムを転生させたのは、アイリス・トーリだ。それに、名前にトーリが付くのは、偶然か?
俺が、ジーッと返事を待つように黙ると、彼女はフッと力なく笑った。こんな顔は、今まで見たことがない。
「おまえは、一体……」
(これで、三度目だな)
またはぐらかすなら、もうこの話題はやめよう。俺が見つかるまで、天界人は自由に森を捜索しているだろう。まさかとは思うが、時間稼ぎのために俺をここに連れてきたんじゃねーよな?
「アウン・コークン、おまえには知る義務がある。この森の領主を続ける覚悟があるならな」
(話が変わった?)
「何の話だ?」
「おまえが、さっきからしつこく尋ねていることだ」
そこまで話すと、彼女は俺の目をまっすぐに見た。勝手に、俺の心臓がドクドクと騒ぎ出す。はぁ、もう、そうかよ。俺は、アイさんじゃなくて、目の前のコイツに惚れているのか。
このアバターの下は、とんでもないババァかもしれないが……素顔を見れば、一気に気持ちも冷めるか? いや、姿はアバターで変えられることを知っている俺は、コイツがどんなババァでも……。
「私は……」
「あん?」
「私の、この世界での一番古い記憶は、古の魔王トーリの息子だったということだ」
「へ? 男だったのか?」
俺は、妙な声を出してしまった。それより何より、尋ねるべきことがズレている。ツッコミどころは、そこではない。
「あぁ、さらにその前の前世の記憶は、僅かに残っている。この世界とは別の星系から、この世界に転生してきた。ブロンズ星の初代魔王の息子としてな」
「なぜ、今は女なんだ? 天界の転生システムでは性別の変更は、想定してないだろ。前世が女でこの世界に来て男に転生するケースはあっても、一旦この世界に転生したのに、性別が途中で変わるなんて……」
天界の転生システムでは、性別を変更すると、魂の引き継ぎができなくなる。記憶もリセットされるはずだ。
「男だった私の転生は、意図的に性別を変えて行われた。性別を変えると、刻印は完全に砕かれるからな」
「誰がそんな……女神か?」
「私の前世の星の賢者だ。女神ユアンナには、そんな力はない。今は知らないが、あの頃にはなかった。まだ、天界も上手く機能していなかったからな」
(あの頃って……)
「おまえ、どれだけ長く生きてるんだよ」
「定期的に自己転生をしているから、この身体は、まだ100年程度だ。天界人には寿命はないが、いろいろと身体に不具合が起こってくるからな」
「まだ100年って……」
俺が驚いた顔をしているのか、彼女は力なく笑った。
「この世界は、私が前世にいた星の者達によって創られた実験システムだ。ゴールド星に住む半数以上は、その星の者だ。神と呼ばれる者はすべてがその星からの移住者だ。そして、その星から大量に、この世界に魂が送り込まれた。それらの魂は、天界人と魔王に分かれることになった。これが失敗だったから、今は兼任しているがな」
(ちょっと待て。コイツは何を語っている?)
「理解が追いつかねぇ。おまえは、何をペラペラと喋ってるんだ?」
「この世界の仕組みについてだ。おまえが領主になった森は、初代魔王が城を構えた地だ。当時は、魔王はトーリしか存在しなかった。転生者が育った頃に、ブロンズ星からは移住者は引きあげたようだ。魔王トーリ以外はな」
(古の魔王トーリも、その星からの移住者か)
そこまで話すと、彼女は、ふーっと息を吐いた。
「魔王トーリは、ブロンズ星の役割を知り、ブロンズ星からの引きあげを拒否し、真っ向から反対したようだ。当時はシルバー星は無く、ブロンズ星はゴールド星のための養豚場だったらしい。すると天界は、魔王トーリを反逆者と認定し、後継者である息子を殺した。その報復として、魔王トーリは天界を潰そうと攻め込んだ」
(ちょ、それって……)
「私が、古の魔王トーリの後継者だ。様々なものを受け継いでいる。だが、魔王トーリが再興を願って付けた主たる刻印は、天界によって消されてしまった。完全に砕かれた主たる刻印が、再生しようとして魔王クースを生み出している」
(砕かれた主たる刻印?)
「パワースポットって……」
「古の魔王トーリの呪詛だとも言えるな。魔王クースが実体化すると、天界は必ず始末しようとする。実体化した魔王クースは、砕かれた主たる刻印のカケラを持つからな」
何がなんだか、頭の中の整理がつかない。そんな俺の顔を見て、彼女はフッと笑った。
(くそっ)
「おまえの名前に、トーリと付いているのは後継者だからか」
そう尋ねると、彼女は怪訝な顔をした。
「それは偶然だろう。女神ユアンナが、私の口癖から適当に付けた名だ」
(あー、俺は、ウンコくん、だったか)
「アイリス・トーリとはどういう意味なんだ?」
「私の前世の言葉で、イリストリンだ」
「は? イリストリン?」
「この世界の言葉なら、スカタン! だな。さすがにもう、滅多に使わなくなったが」
(は? 今も、めちゃくちゃ連呼してるじゃねーか)




