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106、深き森 〜恐怖の試食からの……

 俺は今、数十分前の自分の言動を後悔している。とうとう焼き上がった魚を乗せた皿が、俺の席に置かれてしまった。


(匂いは悪くないが)


 これを初めて食った人の勇気には、最大級の賛美と勇者の称号を与えたい気分だ。おそらく、よほどの飢餓状態だったか、もしくは罰として食わされたのか……。


 ジッと睨んでいても、その見た目は変わらない。これが魚か? 俺には、叫びながら焼かれたゾンビのようにしか見えない。ヒレが手のように見えるのが、ホラー性を高めている。



「カオルさん、遠慮なくどうぞ」


「あ、ありがとう」


 だが、海鮮居酒屋を開店するためには、ビビっていても仕方ない。見た目はグロテスクな深海魚だって、あっさりとして美味かったりするじゃないか。


(だが、見れば見るほど、ホラーだな)



 俺は、身体をねじったまま焼かれたゾンビの背に、ゆっくりとフォークを突き立てる。皮の下に見えた身はピンク色……別の言い方をすれば、理科室にあった人工模型の筋肉色だ。


 俺は覚悟を決めて、筋肉色の魚の身を口に入れた。


(おっ? マグロか?)


 焼いたマグロの味がする。マグロよりも随分と小さな魚だが、しっかりと脂が乗っていて、まぁまぁ美味い。ただ俺個人としては、火を通したマグロは好きじゃない。やはり生食だろ。



「カオルさん、どうですか?」


 集落の人達は、目を輝かせて俺の感想を待っている。


「うん、美味しいですが、これって生食できますよね? まだ焼いてない魚はありますか」


 俺がそう尋ねると、彼らは驚いたようだ。


「凍らせてるのはありますが、生食はさすがに……」


(毒があるのか?)


 そーっと俺の方に差し出された凍った魚を受け取り、ゾンビの氷漬けに、サーチ魔法を使う。



 種族名:サララプス

 危険度:Gランク

 苦手属性:氷



 氷が苦手な魚か。なんだか魔物のような名前だな。毒を持つ魚なら、そういう注意書きが表示されそうだが、何もない。


(生食できそうかな)


 ヒート魔法で解凍してみると、自然に魚の口は閉じた。ゾンビのようなおぞましい顔は、氷魔法をくらったときの恐怖のためか。



「ちょっとナイフを借りますよ」


 魚をさばくなんて器用なことはできないが、解体程度ならできる。頭を落とし、背骨にそって身をスーッと切る。ぬめりのある皮を剥ぎ、まぁまぁな短冊ができた。生だとマグロそっくりな赤身だ。


 水魔法でサッと洗い、刺身サイズにカットしていく。醤油とわさびが欲しいが仕方ない。塩をひとつまみ乗せて、一切れパクリと食べてみた。


(やっべ〜! 大トロじゃん)



 俺は、ビビりながらも様子を見ている人達に、刺身状態の元ゾンビの皿を渡した。


「塩をひとつまみ乗せて、食べてみてください」


 俺がそう言っても、原住民はビビっている。すると、ロロが横からフォークを伸ばしてきた。


「僕が食べてみます。ある程度の毒耐性もありますから」


(毒じゃねーよ)


 まぁ、毒無効持ちの俺が何を言っても、無意味か。ロロは、毒味をするつもりらしい。


「ロロさん、塩はほんの少しですよ?」


 そう念押ししたのに、ロロは結構な量の塩を乗せた。ちょっと辛そうだけど、まぁ、許容範囲か。


 スゥハァと深呼吸をしてから、ロロは刺身を口に運ぶ。一瞬、表情を歪めたのは、塩辛いのか生臭いのか? だだ、咀嚼するうちに、みるみる目が輝いていく。


(ふっ、旨いだろ)



「カオルくん!! こ、これは、何ですかっ。いや、あの魚だということは、もちろん見ていましたけど……あっ、何か魔法をかけたのですね!」


 ロロは、興奮した様子で早口で喋っている。


「ぬめりを取るために、水魔法で洗っただけですよ。この魚に似た味の魚は、前世では生食していたんです。もっと大きな魚なんですけどね」


 刺身の皿は、原住民たちの方へも回っていく。みんな、恐る恐るフォークを伸ばし、口に入れた瞬間は表情を歪めるが、咀嚼するうちに、目がキラキラと輝いていく。


 塩辛いというより、生臭いのか。わさびがあれば、そんな生臭さは消えるのだが、この星にあるのか?



「カオルくん! 他の魚も生食できるものがありますか。丸焼きには抵抗がありますが、こんな風に調理するなら、魚に慣れないスパーク国の人達も、喜んで食べられます」


 ロロは、さりげなく丸焼き批判をしている。氷漬けのまま、丸焼きにするから、ホラー作品が完成してしまうのだと思うが。


「じゃあ、他の焼き魚も食べてみます。知っている味があれば、生食に向くかも判断できると思いますから」



 そうして、昼食を振る舞ってくれていた食卓が、焼き魚の試食会に変わった。


 結果として、ほとんどの魚が、生食可能だとわかった。特別に貯蔵用の魔法袋から出してきた巨大魚が、思いっきりサーモンだったのは、嬉しすぎる発見だ。すべて、あの大きな湖に棲む魚らしい。


 巨大なサーモンは、湖にいくつか浮かぶ小島あたりに行かないと獲れないらしい。鮭が巨大魚で、マグロが小さなサンマサイズなのは、なんだか感覚が狂う。


 だが、これで海鮮居酒屋は確定! いや、寿司屋ができるじゃないか!



「ロロさん、ちょっと思いついたんですけど」


 俺がそう話しかけると、ロロだけでなく、みんなの視線が俺に向いた。


「カオルくん、何ですか?」


「寿司屋をしたいなと思って。最初は、焼肉屋か海鮮居酒屋って思ってたんですけどね〜」


「はい? す、し、や?」


 そうだ! 寿司屋、完璧じゃないか。スパーク国には穀物酒がたくさんある。濁り酒があったってことは、米もある。それにビネガーも砂糖もある。豆もあるから醤油も作れる。


「寿司屋です。この森の北側に、天界が街道を整備するんですよ。街道沿いの森側は、俺の領地になるんで、そこに店を出そうかなって考えてるんです」


「ええ〜っ!? 働くのは……」


「この森に移住させる人間達と、護衛にマチン族かな? 魚の捕獲は、この集落の人にお願いして、店が仕入れさせてもらう形はどうでしょう?」


「カオルくん、すっごく楽しそう」


 ロロも、キラキラとした笑顔を浮かべていた。



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