101、天界 〜天災塔のラキエルの尋問
「へぇ、やはり知り合いか。あんな森を買うくらいだから、魔王クース狙いだと思っていたが」
口の悪い男ダクトは、俺がビルクと知り合いだとわかると、下品すぎる笑みを浮かべた。天災塔で働く天界人は、ある程度優秀なはずだがな。
もう一人の男ラキエルは、スーッと目を細めている。さっきまでの穏やかな雰囲気とは、別人のようだな。
だが二人とも、額には【無害】という文字が見える。俺を敵視しているわけでもないのか。
「俺を呼んだのは、そんなくだらないことを言うためか? ビルクまで捕まえてきたのか」
俺は無表情でそう静かに話した。暗殺者のような外見の俺は、どうすれば効果的に見た目を利用できるのかが、だいぶわかってきた。
(ふん、くだらねー)
口の悪い男ダクトの額の文字が【恐怖】に変わった。ラキエルは変わらず【無害】だ。そういえば、この文字は管理者リーナさんにもアイさんにも現れなかったな。
「アウン・コークンさん、なぜあの森の箱庭を手に入れたか、教えてもらえませんか? 購入された時点での時価がたとえゼロに近かったとしても、その後のコストを考えると、投資対象とは考えにくい」
ラキエルは、穏やかな口調でそう尋ねた。何かを探っているのだろうが……。
あぁ、ラキエル国の近くには火山があるようだ。だが、魔王スパークが俺の領地候補にと話していた火山ではない。キニク国を滅ぼした炎の霊鳥は、どこの火山から来たのだろうな。
「俺があの森を買った理由を尋ねる権利でもあるのか?」
無表情でそう反論すると、ラキエルはやわらかな笑みを浮かべて口を開く。
「ありますよ。あの森には、魔王クースの生まれる場所がある。それは、ここにいるビルクさんが証明済みです。俺としては、そんな宝の山を放置できない。しかし、ビルクさんが使ってしまったせいで、まだ、魔王クースは実体化していないのですよ」
「魔王クースが実体化すると、どうする気だ?」
「当然、魔王クースが実体化すれば、その発生源がわかる。今の状態では、あの森全体に気配があって捕まえられませんがね」
ラキエルは、はぐらかしているのか? 魔王クースは、あの少年だよな? 実体化しているように見えたが、サーチをすると確か霊体だったか。あの集落は、魔王クースが実体化すると結界が消えるのだろうか。
しかし、あのパワースポットの場所を見つけて、どうする気だ?
「俺は、どうする気なのかと尋ねたつもりだが?」
同じ問いかけをすると、ラキエルはフッと笑みを浮かべた。
「まるでキミは、その場所の存在を知っているような口調だね。魔王クースはね、同じ場所から次々と生まれるんだ。だから、その場所を手に入れた天界人は、大儲けできるじゃないか」
(何か変だな)
大儲けだと? 死神の鎌を持つ天界人は、確かに魔王クースを餌として欲しがるだろうけど。
「ふん、くだらねーな。用がないなら、俺は帰る。山火事の後始末をしなければならないからな」
俺がそう言うと、ラキエルは表情から笑みを消した。
「ここは天災塔ですよ? 山火事の後始末は、天災塔の指示に従ってもらいます。その前に、なぜあの森の箱庭を買ったのかを教えてもらえますか。それによって、こちらの指示は変わります」
(面倒くせーな)
大儲けできそうだからと言わせたいらしい。いや、違うな。俺があの場所を買う前に、スパーク国に行っていたことは知られているだろう。バブリーなババァと魔王スパークの手駒にされていると、疑っているのか。
(仕方ねーな)
俺は、前世での客との駆け引きを思い出していた。営業スイッチを入れて、アレでいくか。一つ目ではなく、二つ目が本命だと思うだろう。
「仕方ないですね、ここだけの話にしてくださいよ?」
俺が言葉遣いを変えたことで、彼らの表情が変わった。額の文字も二人とも【無害】だ。俺が本音を語ると思ったらしい。
「箱庭を買ったのは、ビルクさんの助言ですかね?」
ラキエルは、ビルクに責任を負わせたいらしい。
「いえ、魔王スパークと話していて、あの森が魔王クースを生み出すのだと閃いたからですよ。魔王クースは、死神の鎌持ちには、至高の餌ですからね」
サラサラと話すと、二人の反応は分かれた。口の悪いダクトは、やはりという表情。だが、ラキエルは怪訝な表情だ。ダクトは頭が悪いらしい。
「アウン・コークンさん、それは、さっき俺が話したことですよね? 大儲けができると言っても、貴方は何の反応も示さなかった。魔王スパークから情報を得ているなら、当然だ。魔王クースが実体化するのは、どれくらい先のことになるかわかりませんからね。山火事になった今、投資対象としては最低な箱庭だ」
ラキエルの言葉に、ダクトはハッとした表情を浮かべている。確かに、魔王クースが実体化するまでにかかる時間は、ブロンズ星の時間で百年とも千年とも言われている。天界の時間でいけば、数ヶ月から数年後だろう。
俺は、わざと、チッと舌打ちをしてみせた。
「アウン・コークンさん、嘘は通用しませんよ?」
まるで、俺の頭の中を覗いているかのような言い方だな。管理者リーナさんにも覗けないのに、無害な奴に見えるわけないだろ。
「レヌーガですよ」
「はい? レヌーガ?」
俺がしぶしぶ答えたことに、ラキエルは変な声をあげた。
「知りませんか? あの森に大量に生息している大型の魔物です」
俺がいいたいことがわからないらしく、二人は首を傾げた。ビルクも、呆けた顔をしている。
「魔物がいるから? 確かにレヌーガは、力も強く繁殖力も高いから、兵器としての利用価値はあるかもしれませんが……」
ラキエルは、意味がわからないらしい。俺も今、咄嗟に思いついたことだからな。
「以前、スパーク国で、レヌーガを狩って食べたことがあるんですよ。クセのない味だった。魔王スパークが、あの森でレヌーガが大発生しているって言ってたんでね」
「食用ですか?」
「街道沿いで焼肉屋をすれば、儲かるでしょう?」




