100、天界 〜心がチクチク
俺が返事に困っていると、管理者リーナさんは、ふわりと神々しい笑みを浮かべた。
「アイちゃんってば、貴方の文句ばかり言っているのよ〜」
(は? まぁ、そうだろうな)
どちらのアイちゃんのことかは不明だが、毒舌幼女……アイリス・トーリには、迷惑ばかりかけている。研修をわざと失敗したことも気づいているだろう。
アイさんのことは、あまりまだよく知らないが、天界が嫌うマチン族と親しくしている俺は、もしかすると彼女の仕事を邪魔しているのかもしれない。
(ふっ、情けねー)
文句を言われていると聞き、俺は心がズゥンと重くなっている。どっちのアイちゃんのことかもわからないのにな。
「あら? どうしたのかしら?」
俺が黙り込んだからか、リーナさんは不思議そうな顔をしている。普段、相手の考えを覗きながら話していると、俺の表情の変化には気づかないらしい。
「いえ、まぁ、迷惑だと思われているのでしょう」
(そうだ、アイさんにも……)
「ふふっ、それが楽しいんじゃない?」
リーナさんは、そういう状況を見ているのが楽しいのか。くそ女神よりもリーナさんの方が女神っぽいと思っていたが……俺の勘違いだな。
女神らしさが何か、によって変わってくるだろうが……。まぁ、所詮は天界人だ。過度な期待はしない。
俺は、もうブロンズ星に領地を得た。あの場所を住みやすく整え、ロロ達の寿命が尽きたら、天界からさっさと追放されてやる!
そう考えた瞬間、バブリーなババァの顔が頭に浮かんだ。
(くそっ、何か仕込みやがったな)
だが……そうだった。俺は、手駒にされていたのだった。俺が失敗すると、エルギドロームを使うと言っていたな。
そうなると、あのバブリーなババァが、第二の魔王トーリになってしまう。そして、永遠に終わらない刻印転生ループ……。やはり、どこかで断ち切るべきだよな。
「俺、失礼しますね」
「あら、アイちゃんを待たないの?」
(は? 迷惑なんだろ)
ロロ達のことやマチン族のことを頼みたかったが、もういい。ドム達は、そろそろレプリーの村で待ちくたびれている頃だろう。
「天災塔に行けと、フロア長から言われてるんで。アイさんには、約束の件はなかったことにと、お伝えください」
「あら、天災塔が? 面倒ね」
何が面倒なのかは知らないが、俺はこの場にいる方が面倒だと感じ始めていた。
「失礼します」
俺は、軽く頭を下げ、管理者の部屋から出て行った。
◇◇◇
天災塔に移動し、入り口で身分チェックをすると、趣味の悪い像がギギギと動き、俺の方を向いた。そして、チカチカと点滅する文字……。
『12階、ラキエルダクト』
(ここに行けということか?)
天災塔の1階の店は、魔道具がズラリと並んでいた。天災塔という言葉から考えると、防災グッズなのだろうか。
そんな魔道具を横目に見ながら、俺は奥のエレベーターへと進んだ。
チン!
「いらっしゃいませ。目的の階へご案内いたします。何階にご用でしょうかぁ?」
エレベーターが到着すると、エレベーターガールと呼べばいいのか、紺のベレー帽に紺のひらひらワンピースそして白手袋をつけた、若く見える女が声をかけてきた。だが、見た目の雰囲気とは真逆で、俺を見てもビビらない。彼女は、この塔の警護兵か。
「身分チェックをしたら、12階、ラキエルダクトと表示されたんですけど」
「かしこまりました。扉閉まりまぁす」
扉が閉まると、エレベーターは、ゆっくりと昇っていく。転生塔の100倍遅い。
途中2度、別の階で止まったが、次の昇降機をお待ちくださぁい、と言って、彼女は誰も乗せなかった。
チン!
「到着いたしました! 少しお待ちくださぁい」
彼女は、エレベーターの扉が閉まらないように何かで固定した。そしてエレベーターを降りると、俺を先導するように歩いていく。警護兵だけでなく、案内人もしているのか。
「ラキエルさん、ダクトさん、お客様ですよぉ」
(2人の名前だったのか? あっ)
彼女の声でこちらに顔を向けたのは、見たことのある男二人だ。話したことはない。ただ、あの森の山火事の緊急要請で会った男達だ。確か、交代させられる除霊塔の管理者の後任を狙っているのだったか。
「よぉっ、変わり者」
(は? 何だと?)
黒い長髪の男が、俺を挑発するような言葉を発した。だが、俺が無表情でジーッと見ていると、彼は態度を変えた。
「怒るなよ。怖ぇえ〜」
「ダクト、おまえの態度が悪いからだ。アウン・コークンさんですね? 私は、ラキエルと呼ばれています。わざわざお呼びしてすみません。こちらへどうぞ」
もう一人の男は、穏やかな笑みを浮かべ、常識あるように振る舞っている。だが、長身に魔導ローブを身につけている見た目は、威圧感が半端ない。
なんだか、まるで魔王のような……あぁ、魔王ラキエルっていう奴も居たな。上位ではない、中堅の魔王だ。天界人魔王としては、下位だろうな。
案内された小部屋に入ると、そこにはなぜか、ビルクがいた。俺の顔を見て、心配そうにハラハラしている。
(コイツ、俺のオカンか)
だが他の二人がいるからか、何も話さない。見知らぬ人のフリをしたいのだろうか。
小部屋の扉が閉まると、結界魔法が作動したようだ。外の音は聞こえるが、おそらく防音結界だろう。
「アウン・コークンさん、この人をご存知ですか? 貴方が消火した森で、以前暴れたことがありましてね」
(ふぅん、なるほどな)
コイツらは、魔王クースを探っているのか。ビルクの死神の鎌が、魔王クースを餌にしたことで、ビルクは鎌に操られることになった。
そしてビルクを殺し、天界人に転生させたのは俺だ。
正確に言えば、幼女アイリス・トーリの力が大きい。彼女が圧倒的なチカラで、鎌をねじ伏せた。幼女アバターを着ていても、大魔王リストーには、あれほどの力がある。
(やべー、心がチクチクしてきた)
「ビルクさんのことなら知っていますよ。それが何か?」
俺がそう言うと、ビルクは慌てたようだ。