10、天界 〜転生塔の管理者リーナ
転生塔10階に戻ってくると、事務所内の様子は、強制転移させられたときと、ほぼ変わりはなかった。
(ほんの十数秒後ってことか?)
天界とブロンズ星での時間の流れが違うことを、改めて実感する。ここの1日は、ブロンズ星の1年だからな。
「皆さん、お疲れ様でした。報酬はこれから計算しますので、1時間後以降にお受け取りください」
フロア長アドル・フラットは、慣れた様子で案内している。皆は知っていることなのか、さっさと帰っていく。
(しかし、妙に疲れたな……寝るか)
「おい、あの男だ! 私に死神の鎌を向けたのだぞ!」
フロア長に、さっきの男達が、ごちゃごちゃと文句を言っている。
「その件も含めまして、今回の緊急ミッションの精算をしますので、1時間程お待ちください」
お客様相談室のフロア長は、クレームにも慣れているのか、サラリと流している。
ふん、まぁ、これで俺の天界からの追放は、確定的だな。あー、幼児にされる可能性もあるんだったか。だが、その判断を不服としてゴネれば、追放だろう。
(とりあえず、眠い)
俺は、睨みつける奴らを無視し、話しかけようとするフロア長もスルーして、エレベーターのボタンを押した。
そして、29階の自室に戻ると、レプリーからもらったタオルを枕にして、崩れるように寝転んだ。
◇◆◇◆◇
「これを、あの新人が?」
報酬の査定のために、ムルグウ国の鎮圧の様子を確認していた職員達は、皆、目を見開いていた。
「なかなかですね。想像以上でしたよ」
転生塔10階フロア長、アドル・フラットは映像を確認すると、うっすらと笑みを浮かべた。
「まさか、こんな方法で鎮圧してしまうとは、驚きましたね。死神の鎌持ちを行かせたことで、内乱の鎮圧は確実だとは予想していましたが」
「ふふっ、ウチで採用したんですからね。他のフロアには渡しませんよ」
「だが、死神の鎌を、天界人に向けたようじゃないですか。この愚行は、さすがに許せませんね」
「この村には、彼が研修で転生させた者がいるのですよ。まだ、承認、確定をしていないから、死なせたくなかったのでしょう」
「なるほど……転生師としては、それを優先すべきですからな。クレームを言ってきている者達は、特産株のことで、頭に血がのぼっていたのでしょうね」
「アドルさん、彼には、死神の鎌の意味をしっかりと教育してくださいよ」
「そうですね。ふふっ、教育しない方がいいような気もしますが」
「もしかして彼は、アから始まる名前ですか」
「ふふっ、さぁ、どうでしょう?」
アドル・フラットは、ふわりと微笑んで話を終わらせた。
◇◆◇◆◇
コンコン!
コンコンコンコン! ゴンゴンゴンゴン!!
(なっ? なんだ?)
扉を激しく叩く音で、俺は目が覚めた。
(うー、背中が痛てぇ)
床に寝ていたせいで、背中がバキバキに固まってしまっている。
ゴンゴンゴン!
(うるせぇな)
俺は起き上がり、扉を開けた。
「アウン・コークンさんですね?」
扉の外には、見たことのない兵のような男が二人、立っていた。
「そうですけど?」
「転生塔の管理者からの呼び出しです。ご同行いただけますか」
嫌とは言わせない雰囲気だ。転生塔の管理者から呼び出しだと? あぁ、なるほど、そういうことか。
(このまま、追放か)
「ちょっと、タオルを取るから……」
そこまで言いかけた所で、タオルがふわりと俺の手元に飛んできた。左側の男に魔力を感じる。
(ふん、逃げるとでも思ったか)
「便利な魔法だな。あぁ、同行するぜ」
部屋を出て、エレベーターに乗ると、上へとあがっていく。二人の男は、無言だ。
(うん? 89階をこえた?)
この転生塔は、89階までが住居だと職員が言っていたはずだ。あぁ、住居の上にさらに何かあるのか。
エレベーターが止まったのは、99階だった。
扉が開くと、そこは全面が窓なのか、明るい部屋になっていた。外には、塔が見えるが、この場所よりも高い塔は少ないようだ。
「アウン・コークンさんをご案内してきました」
兵らしき二人の男は、部屋の中へは入らず、エレベーター前で立ち止まっている。
俺は、明るい部屋へと入っていく。すると、見覚えのある顔が、そこには居た。
「あら、アイちゃんの新人さんね」
俺の研修を担当した幼女がお茶の約束をしていた、上品な女性だ。
「アウン・コークンです。お呼びでしょうか」
「ふふっ、どうぞ、こちらへ。私は、転生塔の管理者よ。リーナと呼ばれているわ」
俺は、軽く会釈をした。
この女性が、転生塔の管理者か。くそ女神よりも女神らしい雰囲気があるんだよな。まぁ、この人に追放されるのなら、いい思い出になりそうだ。
「貴方には、2つの話があります。良い話と、悪い話、どちらから聞きたいかしら?」
「はぁ、どちらでも」
「ふふっ、じゃあ、良い話からするわね。アウン・コークンさん、今回のムルグウ国の内乱鎮圧の功績により、転生塔の星を1つ与えます」
(は? 星だと?)
俺は、予想もしていなかった話に、首を傾げるしかなかった。別に、何もしていない。誰かと間違えているのか?
「間違えてないわよ。貴方が使った特殊魔法で、内乱は一気に鎮圧されました」
(この人にも、考えを覗かれる)
「俺は、何もしていませんが」
「ふふっ、まだ、わかってないみたいね。貴方が使った特殊な浄化魔法は、ムルグウ国全体に広がったの。すべての炎は消され、そして、人々の心を鎮めたわ」
「はい? いや、村の火事を……」
「それが、国内全体に広がったのよ。それに、貴方が叱ったでしょう? ふふっ、内乱を起こしていた魔族から戦意を奪ったみたいね。心の浄化かしら?」
「そんなに広範囲に……」
それで魔力をガツンと失って、眠くて起きていられなくなったのか。
「そうなの、驚いたわ。ふふっ、アイちゃん、勲章の星をお願い」
(げっ、幼女がいるのか?)