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第一章 監獄区(3/4)

 判断を誤ったかも知れない。魔導教学院の学院長であるネイト・マリオットは自身の執務室で一人、そう後悔しつつあった。


「やはりヴィンスの奴にカリスタを会わせるのは危険だったかも知れん」


 致し方ないことだと理解している。娘のカリスタは少々無鉄砲なところがある。友人を助けたいとする彼女を無理に止めたところで、聞く耳など持ってくれないだろう。ゆえに娘を監視する意味も込めて、あの男に協力を依頼したのだ。だがしかし――


 その男――ヴィンスはとても信頼に足る人物とは言えなかった。


「だがネル・シンプソンを助けることだけを考えるなら最良の手であったはずだ」


 ヴィンスの能力が優れていることは間違いない。だが彼はひどく利己的で傲慢、乱暴者でサディストなのだ。そんな男と娘を引き合わせることに不安は尽きない。


 何よりも彼は――魔導士のことを毛嫌いしている。


「やはり……失策だったか?」


 だがいくら後悔したところで後の祭り。もはや自分にできることは娘の無事を祈ることしかない。ネイトは溜息を吐くと、知人であるヴィンスの姿――


 黒白髪の青年を脳裏に浮かべた。


「カリスタに詰まらん真似をしてみろ。必ず貴様を殺してやるぞ」



======================



 拳銃を構えた黒白髪の青年。突然路地に現れたその彼に、カリスタは呆然と目を丸くしていた。クレイグの近くにいる軍人もまた彼女同様に呆然としていたが、すぐに我に返ったのか腰のベルトから拳銃を引き抜き、黒白髪の青年に銃口を向けた。


 四人の軍人から向けられた銃口。カリスタは黒白髪の青年がハチの巣にされると息を呑んだ。だが当の青年は特に慌てる素振りもなく、むしろ挑発的な笑みを深めてみせる。


「おいおい。おたくらは状況が分かんねえのか。俺が指先にちょいと力を込めれば、テメエらが尻尾ふってるご主人様はぽっくりと逝っちまうんだぜ?」


「――っ……すぐにその拳銃を下せ! さもなくば射殺するぞ!」


「やってみろよ。亜人である俺の命とそこのオッサンの命が等価だと思うならよ」


 クレイグが歯を食いしばる。赤い血に濡れたクレイグの右手。状況から見て黒白髪の青年に手の甲を撃たれたのだろう。


「ふ、ふざけるな! 亜人風情が、クレイグ様には指一本触れさせんぞ!」


「もうお手てをぶち抜いてやっただろ? ズレたこと言うなよな」


 そう言いながら黒白髪の青年が左手をさっと振る。青年が気楽に振っている左手。そこにも顔の左半分と同様、白い包帯が厳重に巻かれていた。行動を決めかねている軍人に、青年が可笑しそうに肩を揺らす。


「まあそうビビるなよ。俺だってオッサンと心中なんざ御免だ。ここは互いに手打ちといこうじゃねえか。その拳銃を下せよ。そうすれば俺も拳銃を収めっからよ」


 拳銃を先に発砲しておいて、青年の提案は何とも身勝手と言えた。だがクレイグや軍人に選択の余地などないのだろう。軍人に目配らせするクレイグ。主たるその彼の視線を受けて、軍人がゆっくりと拳銃を下していく。だがここで――


 黒白髪の青年が銃口を移動させて引き金を引いた。


「ぎゃ!?」


 軍人の一人が悲鳴を上げて拳銃を落とす。みるみると赤く染まっていく軍人の右腕に、拳銃を下していた他の軍人が慌てて拳銃を構え直そうとする。だがその時にはすでに、黒白髪の青年は軍人たちに接近していた。


 青年が一人の軍人に左拳を突き刺す。鳩尾を拳で貫かれグルンと白目を剥く軍人。瞬く間に二人の軍人が青年により戦闘不能とされた。


 まだ動ける二人の軍人が青年に拳銃を構える。だが青年は鳩尾を打たれて失神した軍人を盾にして、向けられた銃口から身を隠した。発砲を躊躇する軍人。その動揺を見やり、青年が盾にしていた軍人を強く蹴りつける。


 青年に蹴りつけられた軍人が拳銃を構えていた軍人の一人に激突、もつれるようにして地面に倒れた。青年が倒れた軍人を無視してもう一人の拳銃を構えた軍人に接近する。この状況に狼狽していた軍人が青年の掌底により顎を突き上げられた。


 がくんと膝から崩れ落ちる軍人。これで戦える軍人は一人だけとなる。失神した仲間に押し倒されていた軍人が、慌てて立ち上がり青年に銃口を向けた。


 絶対的な凶器を青年に突きつける軍人。だがその表情は明らかに怯えていた。構えた拳銃を震わせている軍人に、青年がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。


「テメエらは馬鹿か? テメエが嫌っている亜人の言葉を簡単に信じるなんてよ」


「うう、動くな! ほほ、本当に撃つぞ!」


 青年は拳銃を構えておらず、軍人は拳銃を青年に向けている。状況だけで判断するなら優位なのは軍人だろう。だがその震えた銃口では青年に銃弾が命中するかは怪しいと言えた。青年が鋭利な瞳を細めて軍人へと近づいていく。軍人が怯えながらも拳銃の引き金を引こうとしたところで――


 青年が自身に向けられた銃口を左手のひらで握り込んだ。


 軍人が引き金を絞る。その直後、バンッとけたたましい音を立てて拳銃が破裂した。「がぁあ!」と両手を引っ込めて地面に膝をつく軍人。脂汗を浮かべたその軍人の両手が血に濡れていく。どうやら拳銃が暴発したことで怪我をしたようだが――


 どうして拳銃が暴発したのか、カリスタはまるで理解できなかった。


 あっさりと四人の軍人が倒され、苦々しい表情を浮かべるクレイグ。だが青年に恐怖している様子はない。鋭い眼光を湛えているクレイグに、青年が改めて拳銃を向けた。


「いつも偉そうにしている魔導士さまも脆いもんだな?」


「……亜人ごときがこのような大それた真似をして、ただで済むと思うのか?」


「状況に適した言動を推奨するぜ? テメエの命は今、俺に握られてんだからよ」


 そう挑発する青年に、クレイグが「ふん」と忌々しそうに鼻を鳴らす。


「私に靴でも舐めて欲しいのか? 汚らわしい亜人が」


「エロい女ならその選択肢もありだが、テメエのようなオッサンじゃ気味が悪いだけだ」


「この距離なら私の魔法で貴様を消し炭にできる。命を握られているのは貴様も同じだ」


「なら試してみるか? 俺が指先に力を込めるより早く魔法を使える自信があるならよ」


 魔法の使用には高い集中力が要求される。いかにクレイグでも青年の拳銃より早く魔法を使用するのは困難だろう。右手を血に濡らしながら黒白髪の青年を睨みつけるクレイグ。銃口を向けられてなお怯む様子のないその男を、青年もまた挑発的な笑みで睨みつけている。人気のない通りに流れる静寂。青年が引き絞るように鋭い瞳を細めていき――


 右手の拳銃を脇に下ろした。


「行けよ。今回は見逃してやるぜ」


「……亜人が魔導士に危害を加えたのだ。貴様はもうただでは済まんぞ」


「馬鹿にしていた亜人にお手てを打たれて痛いですって、軍のお偉いさんに泣きつくか? 好きにしろよ。テメエがいい笑いものにされるだけだ」


「……後悔させてやる。必ずな」


 地面に落としていた銀のスーツケースを左手で拾いあげて、クレイグがフラフラと立ち上がる。脂汗を浮かべたクレイグを軽薄な笑みで見据える青年。クレイグが小さく舌打ちをして、地面に倒れた四人の軍人をそのままに路地の奥へと歩いていった。


 路地を曲がり、クレイグの姿が視界から消える。黒白髪の青年が地面に倒れている軍人らを一瞥し、右手の拳銃をズボンに挟んだ。何やら蚊帳の外に置かれていたカリスタも、ここでようやくほっと息を吐く。


「……って、そうだ。すぐに治療をしないと――あれ?」


 クレイグにより右腕を切断された顔色の悪い青年。彼のことを今更ながら思い出し、カリスタは背後に振り返った。だがどういうわけか青年の姿がどこにもない。


 地面に残された顔色の悪い青年の血液。奇妙なほど鮮やかなその赤い血だまりを見つめて、姿を消した顔色の悪い青年に困惑する。するとここで――


「テメエがカリスタ・マリオットか?」


 そう黒白髪の青年から声を掛けられる。


 カリスタは驚きに目を丸くしながら、黒白髪に青年に振り返った。


「どうして私の名前を?」


「ネイトの野郎から優等生だと聞いていたが鈍い野郎だな。俺がここでお前と待ち合わせをしていた亜人――ヴィンスだからに決まってんだろうが」


 刺々しい口調でそう答える黒白髪の青年。またも金色の瞳を大きくするカリスタ。驚愕するその彼女に、黒白髪の青年が髪を乱暴に掻きながら面倒くさそうに言う。


「とりあえずついて来い。詳しい話は場所を移してするぞ」



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