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第一章 監獄区(1/4)

 首都シモンズ。その区画のひとつ。魔導科学研究教育区。それは魔法を含めたあらゆる技術の研究機関、未来を担うだろう子供たちの教育機関が存在している区画だ。そして魔道科学研究教育区にある学び舎の中で、最も歴史ある教育機関が――


 国立魔導教学院である。


 国立魔導教学院は三百年前、オスカー・シモンズにより創設された。オスカーは国教であるオスカー教の開祖であり、またこの地に首都となる都市を築いた偉人でもある。


 カリスタ・マリオットは、その魔導教学院に通っている十七歳の女学生である。後頭部で束ねた金色のポニーテールに、濁りのない金色の瞳が印象的の女の子で、生徒会長を務めていることもあり、自他ともに認める真面目な学生だ。


 基本的に彼女は温和な性格である。争いを好むことはない。だが一度火が付けば直情的に行動するという悪癖がある。特に身内や友人など、近しい者に危害が及ぶとなれば、周囲を気にせずに声を荒げることもしばしばだ。ゆえに――


 学院長の執務室から彼女の怒声が響いてきたところで誰も不思議には思わなかった。



======================



「どういうことなのか説明して!」


 魔導教学院学院長の執務室。落ち着いた色合いの家具で統一されたその室内に、子犬の泣き声に似た甲高い怒声と、バンッとデスクを叩くけたたましい音が鳴る。


 デスクに両手をついて金色の瞳を尖らせる女性。カリスタ・マリオット。憤慨を顕わにするその彼女に睨まれて、デスクに腰掛けていた中年男性が息を吐く。


「落ち着けカリスタ。他の学生たちが何事かと驚いてしまうだろ?」


「だったら――ちゃんと話してよ、パパ」


 呆れたように眉をひそめる中年男性、魔導教学院の学院長にして自身の父親であるネイト・マリオットに、カリスタは唇を尖らせてそう話した。父が整えた金色の髪を掻きながら、ひどく困ったように嘆息した。


「すでに軍が動いている。心配なのは分かるが、お前が何かをする必要はない」


「それじゃあ納得できない!」


 一度収めた怒りをまた再燃させ、カリスタはバンッとデスクを両手で叩いた。


「ネルが事件に巻き込まれたのよ!? 放っておくことなんてできないわ! パパだってネルのことを気に掛けてくれって、そう私に話していたじゃない!」


「……確かにそう話した」


 父がまた嘆息して、カリスタと同じ金色の瞳を僅かに細める。


「ネル・シンプソンはシンプソン家に引き取られた元監獄区で暮らしていた()()だ。数十年前ほどではないにしろ、まだ亜人に対する偏見は根強く残っている。だからこそお前に彼女と周りとの間を取り持つよう頼んだんだ」


「そうよ! だから私はネルを守ってあげないといけないのよ!」


「だがお前に頼んだのはあくまで、魔導士と亜人との関係性によるものだけだ。今回の件はそれとは違う。彼女が巻き込まれた事件にまで、お前が首を突っ込むことはない」


 ぴしゃりと父にそう告げられ、カリスタはぐっと声を呑み込んだ。


 父は正論を話している。()()()()()()()()()()()()()は国軍が動くほどの重大事だ。ただの学生に過ぎない自分がしゃしゃり出る状況ではないのだろう。


 だがそれでも納得できない。理屈ではなく感情がそれを拒絶している。学年も異なるネルと接触したのは、確かに魔導士と亜人との間を取り持つことが理由だった。それは間違いない。だがそれは最初だけだ。今は違う。ネルはもうカリスタにとって――


「大切な友達なのよ」


 デスクについた両手を握りしめて、カリスタはそう声を震わせた。


「お願いパパ。ネルについて知っていることを話して。心配なのよ……ネルのことが」


 沈黙する父。思い悩むように口を閉ざしたその父を、カリスタもまた沈黙して見つめる。しばしの静寂。部屋にある置時計の秒針だけがカチカチと音を刻む。


「事件についてどこまで知っている?」


 一分ほどが経過して、父が根負けしたようにそう尋ねてきた。カリスタはデスクから手を離すと、背筋を伸ばして父の質問に答える。


「新聞に出ていた内容ぐらい……あと教室で噂になっていることだけ」


「……私も軍から聞かされている内容はそれと大差ない。あまり期待するな」


 そう前置きをしてから、父が()()()()について話し始める。


「事の発端は一週間前。国軍にアルバート・スキナーから護衛の依頼があったことに始まる。軍が個人の依頼で護衛を請け負うことなど通常あり得ないが、アルバート氏は医学界において優れた功績を残している権力者の一人だ。その彼からの依頼となれば、軍も断ることなどできないだろう」


「……アルバートさんは一週間も前に、この事件が起こることを知っていたってこと?」


 アルバートの名前を口にする際、つい表情が渋くなる。嫌悪感を覗かせるカリスタに、父が「少なくとも警戒はしていた」と話した。


「アルバート氏の説明では、殺害をほのめかす脅迫状が自宅に届いたということだ。その脅迫状は破り捨てたらしく原物は残されていない。アルバート氏は念のため軍に護衛を依頼したということだが、依頼から一週間、特に事件は起こらなかった」


 ここで言葉を区切り、父がゆっくりと金色の瞳を瞬きさせて話を再開させる。


「だが昨日、事態は急転する。ここから先は新聞などでも報じられていたことだが、午後の五時過ぎ、アルバート氏の屋敷にピエロの仮面をつけた不審者が現れた。そしてその不審者であるピエロの右手には、アルバート氏の頭部が握られていたわけだ」


「……屋敷は軍の人たちが警備していたんでしょ? その不審者はどうやって屋敷に潜り込んで、その人を殺したって言うの?」


「それは軍も把握していない。アルバート氏の警備をしていた軍人は、屋敷を訪ねてきた客人と話をするということで彼の部屋から追い出されていたらしい」


「その客人っていうのが……ネル?」


 金色の瞳を震えさせるカリスタに父が表情を曇らせる。


「そういうことだ。そして現場にいた彼女はアルバート氏を殺害したと思われるピエロにより、連れさらわれることとなった」


「軍人には凄腕の魔導士だっていたはず。どうして不審者を逃がしちゃったのよ?」


「これは公表されていないことだが、そのピエロは高度な魔法を扱ったらしい」


 驚愕に目を見開く。表情を強張らせたこちらに、父が講義をするように話をする。


「首都シモンズに暮らしている人々は基本的に誰もが魔導士であり、潜在的に魔法を扱うことができる。だが戦争が続いていた昔ならいざ知らず、この平和な現代に魔法の優位性はそれほど高くない。ゆえに優れた魔導士も年々と少なくなっている」


 父の言葉に頷きながら、カリスタは自身が来ている魔導教学院の制服を意識した。


 父の話した時代の流れは、歴史ある魔導教学院にも変化をもたらしている。魔導教学院はもとより魔導士の育成を目的として創設された機関だ。だが魔法の必要性が失われ始めた数十年前より、学院では魔法以外の専攻科目も扱うようになったのだという。


 ピエロに連れさらわれたネル。亜人である彼女は()()()()()()()()()()()()。その彼女がこの魔導教学院に入学することができたのは、そういった時代背景があるためだ。


「そのような時代において、アルバート氏の魔導士としての実力は突出している。老いたとはいえ並の魔導士が相手なら、彼は一掃することができるだろう。その彼が殺害されたとなれば、ピエロの腕前は相当なものだと言える。だが何よりも驚くべきことは――」


 父の金色の瞳に鋭い眼光が宿る。


「その正体不明のピエロが――監獄区の亜人であるということだ」


 大きく目を見開く。動揺するカリスタに、父が二呼吸ほど間を空けて言葉を再開する。


「お前も知っての通り、亜人は本来魔法を扱うことができない。現代の常識では、彼らは五十年前に魔力を失ったとされているからな」


「それって……間違いないことなの?」


「ピエロの首には監獄区の亜人を管理する首輪がはめられていたそうだ。そして奴は自分を指し――亜躯魔だと話した」


 父の話にごくりと唾を呑み込む。


「亜躯魔って……三百年前の?」


「そうだ。我々魔導士の始祖であるオスカー様により三百年前に討伐された怪物。それが亜躯魔だ。異形の姿形に強大な魔法を行使したと伝えられている。だがこの亜躯魔は三百年前だけでなく、五十年前にも我々の前に一度だけ姿を現している。分かるな?」


「……五十年前の亜躯魔戦争」


「その通りだ。たった一人の亜躯魔により、我々魔導士は多大な犠牲を強いることとなった。忌むべき歴史だ。そしてその戦争の歴史が――()()()()()()()()()()()()()


 父がここで声の調子を一段深くする。


「奴の目的は、()()()()()()()()()()()()()()ことらしい。そして奴はアルバート氏のみならず、彼の生徒三人をも殺害すると宣言して姿を消した」


 亜人を虐げる魔導士。その覆しようのない事実に胸を痛めつつカリスタは尋ねる。


「……ネルは()()()()()()()どうしてアルバートさんの屋敷にいたの? だってアルバートさんは……その……」


 表情にまた嫌悪感を滲ませるカリスタに、父が「言いたいことは分かる」と嘆息する。


「アルバート氏は亜人否定派の筆頭だからな。彼はこれまで幾度も公の場で、亜人が危険な存在であることを主張してきた男だ。政治的な発言力を持つだけに、彼という存在が亜人の立場を長年悪くしていたことは間違いないだろう」


「……だから魔導士への復讐として、ピエロは初めにアルバートさんを狙った?」


「そう考えるのが妥当だが……しかし以前多くの魔導士が、亜人を嫌悪している事実を忘れてはならない。亜人の大半は監獄区と呼ばれる牢獄で暮らしている事実もな」


 父が手をハラリと払い、「話を戻そう」と逸れかけた話題を修正する。


「そのアルバート氏の屋敷に、どうして亜人の彼女が訪れていたのか。その点については軍も調査中だ。何でも彼女を引き取ったシンプソン夫妻が仕事で街を離れていたらしくてな。夫妻への聴取はこれから行われるそうだ」


「……もうひとつ質問があるわ」


 カリスタはゆっくりと深呼吸して――


 最も重要となる疑問を口にした。


「ネルは今どこにいるの? パパはそれを知っているんでしょ?」


「……どうしてそう思う?」


 否定も肯定もせずそう聞き返してきた父に、カリスタは躊躇いながら答える。


「通学中に軍人の姿を見掛けなかったから。もしピエロの居場所が分からないなら、街中を広範囲に聞き込みしているはず。それをしない理由は、軍がピエロの居場所に心当たりがあるから。そしてその場合、パパがそれを知らないはずがないもの」


 父が困ったように苦笑する。推理とも呼べないただの憶測だが、どうやら的を射ていたようだ。沈黙する父を見つめるカリスタ。父が降参するように両手を肩まで上げる。


「ピエロはアルバート氏の生徒三人に、監獄区に来いと告げたそうだ。ネルがまだピエロに囚われているのなら、彼女もまた監獄区のどこかに――待ちなさいカリスタ!」


 話を最後まで聞かず踵を返したカリスタに、父が制止の声を投げてきた。


「監獄区に行くつもりか? だが今あそこは厳戒態勢が敷かれている。普段ならばともかく、特別な事情がなくては区画内に入れて貰えないぞ」


「だからってジッとなんかしていられないわ! ネルを早く助けてあげないと!」


 父に振り返り声を荒げるカリスタ。興奮する彼女に父が至極冷静に話す。


「仮に監獄区に入れたところで、土地勘もないお前に何ができるというのだ?」


「それでも行くわ! 止めないでパパ!」


 再び踵を返そうとしたところで――


 父から思いがけない言葉が返された。


「人の話を最後まで聞きなさい。行くならば準備をしろと言っているだけだ」


 父の言葉にぽかんと目を丸くする。父がデスクの引き出しからノートサイズの封筒を取り出し、席を立ちこちらへと近づいてきた。


 父が目の前に立ち止まり、引き出しから取り出した封筒をこちらに差し出す。眉をひそめながらも封筒を受け取るカリスタ。困惑する彼女に、父が溜息まじりに呟く。


「これを監獄区にいる私の知人――ヴィンスに届けてくれ。監獄区の看守には私から連絡しておく。魔導教学院の学院長である私の指示とあらば、彼らも止めはしないだろう」


「パパ?」


「事件を聞いたお前がここに怒鳴り込んでくることは予想していた。そして止めても無駄だということも承知している。お前は死んだ妻に似て、向こう見ずな性格だからな」


 パタパタと目を瞬くカリスタ。苦笑を浮かべた父が彼女の受け取った封筒を指差す。


「ヴィンスは基本的に金さえ積めば何でもやる男だ。彼にも連絡を入れておくから、監獄区に入ったらまず彼に会ってネルの捜索を依頼しなさい。恐らく現状において、それがネルを探し出せる最良の手だ。もっとも――」


 ここで父の浮かべていた苦笑に、質の異なる苦みが混ぜられる。


「なかなか癖のある男でな。特に魔導士に対しては攻撃的な態度を取ることが多い。私の娘だということでそう無茶はしないと信じたいが、絶対に気を許さないことだ」


「それって……どういう意味?」


 父が眉間にしわを寄せ「会えば分かる」とだけ呟く。何やら不穏な気配を覚えるカリスタ。こちらの肩を両手でしっかりと掴み、父が目尻を尖らせる。


「いいかカリスタ。ヴィンスが報酬として金銭を要求するようなら、それがどれほどの金額だろうと受ければいい。私が何とかしよう。だがもしも彼の要求する報酬がその……お前にとって都合の悪いものであるなら、迷わず彼のもとを離れて戻って来なさい」


「都合の悪いって……例えばどういうの?」


「口に出してはとても言えん。何にせよ、それを私と約束してくれ。それがお前を監獄区に入れる条件だ。そしてその時は私が、ヴィンスに対して然るべき対処をする」


「然るべき対処?」


 疑問符を浮かべるカリスタに――


 父が至極当然のようにこう言った。


「ヴィンスの息の根を私が止めてやる」



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