命のやり取り
前書き 人物メモ
カイン (本名 山田 カイ)
主人公 30歳 異世界転移直後。
イナホ 天狐 農耕の神
ニイナ カインのムスメ
異世界で時差が生じて16歳
達成感。
魔物を殺めて覚えた感覚はもとの世界では感じたことのない高揚感だった。
これは、あまり良くない感覚ではないだろうか。
「イ、イナホ様。
これで終わりですよね?」
「うん?そだよ。」
「なんか。命のやり取りって自分はしたことがなくて。ちょっと今、感慨深いです。」
「え?何言ってんの?カインはご飯って食べないの?」
「へ?あ、え?ど、どういうことです?」
「んー、ボクはさぁー。農耕の神の末席になるけど、農耕ってさ、生き物を人の都合いいようにつくって、それを食べることじゃないの?」
……ぐうの音も出ない。
そうか。俺は今まで人畜無害の面をしてたが、今までとんでもない数の殺しをしてきたことになるのか。
「それにさぁ、食べるためならまだいいけど、今みたいに食べられないように。とか、身を守るために。とか気持ち悪いって理由で殺すことあるでしょ?
だから、僕ら神や精霊みたいな高次な霊的存在からは【人は低俗】。って思われてるんだよ。
カインも蚊、殺したことあるでしょ?
あれなんか食べもしないから身を守るため殺すって意味じゃ今回の魔物と一緒なんじゃない?」
そ、そうか。
確かに。蚊なんて食うために殺すわけでもない。今の高揚感は殺したことじゃなくて命の危機を感じながら勝ち取った命に対する安心感とかそういうのか。
なんか、教えられるな。
もとの世界じゃ何不自由なく食ってきた。
明確な意志をもって罪を犯すのと、無意識に罪を犯す。
同じ罪でも質が悪いのは後者という。
もとの社会の幸福度は高い印象だったが、ただ単に現代社会の教育に洗脳させられてたのかもしれない。
俺は、せっかく異世界にきて前の社会の枠組みから飛び出したんだ。
この機に価値観を改めるべきなのかもしれない。
「イ、イナホ様。俺はこっちの世界に来れて良かったのかもしれない。
ニイナを助けるのが目的だったけど、それよりももっと多くの事を、学ぶきっかけがもらえたのかもしれない。
あ、あの、こっちに導いて頂きありがとうございます。」
俺は恥ずかしい気持ちを堪えながらたどたどしくイナホに御礼をつげた。
「さぁ!そんなこといいから早くウゴの村だっけ?行こうよ!」
イナホは照れを隠しながら言葉を紡いで街道の先を見た。その横顔が少し嬉しそうだった。
−−−−−−−−−−
しばらく行くとウゴの村だと思われる村落が見えてきた。畑も少しずつ辺りに散らばっている。
とりあえず第一村人を探し、普通に話しかけてみることにした。
「あ、あの。少しお訪ねしたいんですが、宜しいでしょうか。」
「うん。なんだぁ?」
どうやらこの村の農夫の方のようだ。
服装は普通で草色の布地で作ったシャツと汚れの目立ちにくい黒のズボン。
「あの、旅のものなんですが、この辺りのこと詳しくなくて。村長様にご挨拶させて頂きたいんですが。」
「あー村長なら村の真ん中の大きい屋敷にいるわ。村の入口のやつにそのこと伝えたらすんなり入れるんじゃないか。」
「わかりました。ありがとうございます。」
軽く御礼を伝え指示どおり村の中心を目指す。村の入口には魔物避けか堀があって入口を絞るために橋がかけられている。
橋を渡ったところに少し体格のいい男性が立っている。さっきの村人さんが言ってたのはこの人かな?とりあえず声をかけてみた。
「あっ!あの、すいません。村長さんを…」
「あぁ村長だろ?村の真ん中の大きい屋敷だ。」
男性はこちらが意図を伝えきる前に大きな屋敷を指差し説明してくれた。
「あ、ありがとうございました。」
男性は機嫌が悪いのか、鼻を鳴らして顎で屋敷を指示された。
なんなんだろう?入口には強面の男性でないといけないルールでもあるのかな?
まぁ、入国管理は大事だし、それに似たようなもんかな?
俺は指示通り村長の家を訪ねるのだった。
−−−−−−−−−−
「私がウゴの村、村長タムルだ。」
村長と聞いたからもっとおじいちゃんを想像していたが、40代後半くらいのシャツの下からでも胸筋の厚さがわかるようなにナイスミドルだった。
建物の2階奥の間、執務室のような部屋へ通され、その部屋の中央にある重厚感あるデスク。
その机に両肘をついて手を組み、威圧感たっぷりの鋭い瞳がこちらを眺める。
「は、はじめまして、私、山田カイと申します。こっちは天狐のイナホです」
イナホは俺の肩にのっかかりタムルを静かに見つめている。頼むからイナホも睨まないで……。
「カイン殿だな。」
あれ?またカイがカインになった。
以前宮司のシュウも同じだったけど、もう発音的に無理なんだろうな。もうカインでいいや。
どうも、山田カインです。外人にクラスチェンジした。
「転移して来られたと見受けるが貴方はなぜ転移してこの世界にきたのか伺えますかな。」
「え?ど、どうして転移してきたことがわかったんですか?」
「ふん。
その天狐から聞かされておらぬか。
その天狐と一緒であることと貴方の頭上の輪っかがあるからな、この世界の者ならそれくらいは誰でもわかる。
それに……」
そうなのか。なんにも聞いてねぇな。
イナホはわざと黙ってたのか?
後で聞いてみよう。
それよりも俺はタムルさんの話の続きが気になった。
「転移者はそもそも災いをもたらすものと伝えられている。狐はそもそも人を化かす存在。天に召して高次の存在になったと言ってもたまに連れてくるものは皆よからぬ者ばかり。
残念だが貴方を初見から好意的に迎えられる者などほとんどいない。それがこの世界だ。
今一度聞こう貴方はなぜこちらの世界に来て私を訪ねた?」
威圧感がハンパない。
一言一言重みがあって、言葉で押さえつけられているような気がする。
ただ、俺の目的は決して恥ずかしいような内容ではない。
「タムルさん。今までどんな方が来られていたかはわかりませんが、俺は決して害になるような振る舞いはしないはずです。
そもそも俺がこっちに来たのはムスメを探しに来ました。
ムスメと同じ時期にいなくなった妻もこちらにいるし、その妻もキョウ遺跡の神社にいるシュウという宮司も二人ともが俺のムスメがこちらの世界にいることは確認しています。
俺はムスメを探したい。
ただ、ムスメを探すには自分の身分を証明するものが必要なんです。
だから、ウゴの村のギルドの取りまとめもしているタムルさんを訪ねました。」
「キョウ遺跡のシュウか。あの変わり者はまた性懲りもなく変なやつをよこしおって。わかった。今はその言い分を信じよう。
ただ、貴方が害をなすとわかったらすぐ様この村への出入りを禁止する。」
「わ、わかりました。
ただ、申し訳ないが私はここの村でムスメに関する情報を集めなくてはいけません。
ムスメの名前はニイナ。今16歳くらいの女の子で、6年前に人さらいにあったそうです。
何か。なにかほんの少しでもいい!タムルさんの知る情報を頂けないでしょうか。」
「6年前ともなると流石に消息は掴めんだろうな。」
「6年前、こちらの自衛団体にも届け出は出ているはずです。なにか、なにか進展していないか確認させてもらえないでしょうか。」
「そうか。その真っ直ぐな主張からはおかしな言い分も感じられぬ。一度この屋敷の東側の自衛団詰め所に顔を出すといい。」
「ありがとうございます。」
「熱意は人に伝わるもの。その想いを自衛団にもしっかりと伝えることをお勧めする。では、私は仕事に戻らさせてもらうが宜しいか」
「ま、待ってください。私は自分の身分も証明しないといけないので、その手続きも……」
「そのことなら、西側の村営の酒場がある。そこで話をするといい。」
「あ、ありがとうございます。
お忙しいところ失礼しました。」
俺はいそいそと立ち上がり一礼をして部屋を出る。
ふぅー。
村の村長があんな軍隊長みたいなんてきいてないよ。あぁー。緊張したぁー。
街道の魔物の方がよっぽどラクだったわ。
俺は日も傾いてきたので自衛団は明日にして、今日は酒場の方から伺うことにした。






