7 樹齢1、2年の幼女世界樹様の危機!
エリクサーの材料をほぼ集め終えた俺は、最後の材料である世界樹目指して駆けた。
と言っても、世界樹は魔の大森林の中。
黄金竜の感覚では、家の近所だ。
そこに行くまでの間に、2つの大陸を隔てる海の水面を蹴って、駆け抜けていく。
片足が沈む前に、次の足を出して水面を蹴れば、沈むことなく走り続けることができる。
途中、巨大クラーケンが足をウネウネさせて、客船と思しき船に絡みついていたが、駆け抜けるのに邪魔だったので、そのままクラーケンの足に体当たりして通過した。
『ホゲラー、俺の足が、足がー!』
客船に絡みついていた巨大クラーケンが、絶叫を上げた気がするが、俺の耳には聞こえない。
モンスターの鳴き声なんて――黄金竜だと聞き分けられるけど――、今の俺は人間だから、ワッカンナイナー。
あと、客船に乗っていた赤い髪の巨乳美女が、驚いた顔をして、走り去る俺の方を見てきた。
「いや、気のせいだから。そこには誰もいないから」
巨乳美女に、気のせいだよと言って、俺はそのまま海を駆け抜けていった。
そしてようやく、魔の大森林にある世界樹の元にたどり着いた。
世界樹なんて言うと、偉そうに聞こえるな。
俺がヒールで生やした森に、勝手に生えてきた樹なので、俺の中では、ありがたみというものが存在しない。
むしろ、なんで勝手に生えてきたんだよ、と突っ込みたい。
だが、これがエリクサーの原料になるので、結果的によかったことにしておこう。
しかし、トラブルという奴は、世界中どこにでも転がっているようだ。
「りゅ、竜神様、どうかお助けをー」
世界樹の木の枝の上で、天に向かって両手を組んで、祈りを捧げている幼女がいた。
普通の人間でなく、髪は緑色の草、肌はこげ茶色の樹皮でできている。
人間の形をした、植物人間。
森精霊とか、フェアリーなんて呼ばれている種族だ。
「世界樹様の危機です。我々ドライアドが、死んでも世界樹様をお守りしなくては!」
「相手が世界を食らう魔樹であっても、私たちが世界樹様をお守りする!」
「神々よ、どうか世界樹様のために、我らに力をー!」
そして世界樹の周囲に広がる、樹齢千年越えの木々(実際は某ヒール事件で生えたので、樹齢1、2年だが)が、蠢いていた。
それらの木は、1本1本がドライアドと呼ばれる種族で、森の番人とか呼ばれている存在だ。
一応モンスターの分類に当てはめられているものの、高い知性を持ち、森をいたずらに破壊することがなければ、襲い掛かってくることのない平和的な種族だ。
てか、俺のヒールで生えた森林が、いつの間にかドライアドの集団になっていた。
世界樹だけでもヤバイ気がするのに、その周囲にドライアドの森ってどういうこと?
そんな俺が見る前で、ドライアドたちが次々に魔法を使い始める。
岩でできた巨大な槍が、地面から天に向かって次々に伸びていきき、また巨大な岩塊が空から地上に向かって、大量に落とされていく。
「ウガー、我は暴食の魔樹。
世界を食らい、この星の真なる支配者に君臨してくれる!」
そしてドライアドたちが魔法攻撃する先では、世界樹の巨大さには劣るものの、ドライアドに比べて、遥かに巨大な樹の化け物が、雄叫びを上げていた。
しかも樹木のくせして、木の根を足のように動かして、地面の上を歩いている。
そんな暴食の魔樹に、ドライアドたちの魔法が次々に命中していく。
ドン、ガン、ボコン。
と、土系の魔法が盛大に激突し、魔樹の樹皮が削られていく。
「ク、クハ、クハハハッ、なかなかに手ごわい攻撃だ。
だが世界樹さえ手にすれば、我は不死身の存在へと進化する。ここで受けた傷など、世界樹を得れば即座に再生できるわ!」
魔樹は何やら御託を述べているが、俺はあまり興味がない。
そんな中、魔樹が振るった根の一撃が、世界樹の傍に集まるドライアドたちをなぎ倒す。
「ウワーッ」とか「キャー」という悲鳴が、ドライアドたちから巻き起こる。
よく見ればドライアドだけでなく、ドライアドの女版である、ドリアードも混ざっているようだ。
両者はどちらも木のモンスターだが、見た目に男女の違いがあった。
野太いオッサンの木の声だけでないので、花が少しあるな。
ドリアードの見た目も、完全に木だけど。
「ああ、皆逃げて。お願いだから逃げて。私の事なんて気にしなくていいから」
そしてなぎ倒されるドライアドたちの姿に、世界樹の上にいる幼女精霊が、悲しそうな叫び声をあげた。
「ダメです。世界樹様は、我らにとって神にも等しきお方。ここで我らが逃げ出すわけにはまいりません」
「そ、そんなダメだよ。私のために、みんなが犠牲になる必要なんてないの!」
以後、ドライアドと幼女精霊の間で、悲痛なやり取りが交わされていく。
「グハハハハ、世界樹よ、我が血肉となるがいい」
だが、そんな彼ら彼女らをあざ笑うように、魔樹は一歩一歩確実に世界樹に向かって進んでいき、間に立ちふさがるドライアドたちは倒され続けていく。
巨大で大量の木の破片が周囲を飛び散り、地面にズドンという音を立てて、突き刺さっていく。
ドライアドたちの体の一部が突き刺さる度に、地面が振動するほどだ。
「なに、この超巨大怪獣大決戦?
戦ってるのはどっちも木だけど、でかさが数十メートルクラスで、完全に巨大怪獣映画なんだけど」
あんまりな光景に、見ている俺は、唖然としてしまった。
「さあ、世界樹よ、我が根が貴様の体を捕らえたぞ」
「イ、イヤー、私の体が汚さるー!」
その後、魔樹の根が世界樹の幹に触れようとした。
世界樹の上にいる幼女精霊だが、どうも彼女は世界樹と一体化している精霊のようだ。
幼女のくせして、叫び声が卑猥に聞こえてしまう。
だけど、世界樹の幹に魔樹の根が触れる寸前、俺は今いる場所から飛んだ。
そのまま空中を飛んで、世界樹に触れようとしていた魔樹の根を、拳で受け止める。
「貴様、いつの間に現れた!」
「俺の世界樹に、手を出してるんじゃねえ!」
魔樹から見れば、俺が一瞬で現れたように見えるのだろう。
だが、俺はこの魔樹を許すことなどできない。
よりにもよって、妹のための薬の材料になる世界樹を、こいつは犯そうとしやがった。
こいつは敵だ。
俺の妹のために、死んでもらう。
俺は全力で、拳を振るった。
拳から発生した衝撃で、魔樹が木っ端微塵に吹き飛び、ついでに大気が出したらいけない音を出した気がする。
世界が壊れたんじゃないか?
と、勘違いしたくなる音がした後、俺の眼前に広がっていた魔の大森林が、魔樹と同じように、木っ端微塵になって消え去っていた。
そして森林があったはずの地面には、巨大クレーターがなぜか爆誕している。
拳からでた衝撃波で、地面まで消し飛ばした可能性がある?
ハ、ハハハッ……
ヤベェー。
「あ、あれっ。私、生きてる?汚されてない?」
とはいえ、魔樹に喰われかけていた世界樹は、無事に救われた。
魔樹が消滅したことで、世界樹の上にいる幼女精霊が、驚きながらも自分の本体である世界樹を眺めてまわる。
しかし、そんな幼女のことを、俺は気にしてられない。
「……魔法を使わなくても、世界壊しちゃいそう」
俺は涙目だ。
ついカッとなって全力で拳を振るったら、魔の大森林の一角が、完全に消えているのだ。
ファイアボール使わなくても、巨大クレーターが爆誕してるんだけど。
……どうしよう?
「ハッ、もしかしてあなた様は竜神様。
人間のお姿をしていらっしゃいますが、その内から放たれるオーラは、間違いなく竜神様のもの。パパーッ」
「はいっ?」
俺が途方に暮れていたら、俺のことに気づいた幼女精霊が、泣きながら俺の胸に飛び込んできた。
『異世界幼女精霊ゲットだぜ!』
元日本人の俺が、俺の中でそんなことを叫んだ気がするが、その声に、俺はまともに反応する余裕がなかった。
だって、俺ってまだたった6歳なのに、気が付いたら子持ちになってたんだけど。
どうして、パパと呼ばれなきゃいけない!