28 ゴールドマンサックス家の伯爵令嬢
フランソワーズ嬢は王都を目指しており、俺たちと向かう先が同じという事で、馬車の旅を共にすることになった。
……なってしまった。
フランソワーズ嬢は、格上の貴族令嬢であるため、俺に否と言う権利がない。
そして俺は、フランソワーズ嬢の馬車に乗せられてしまい、おまけとしてルークも従者役となってついてきた。
ただし、実際には俺がおまけで、ルークが本命だ。
馬車の中では、フランソワーズ嬢がルークにひたすら話しかけ、ルークが対応する。
たまに俺にも話を振ってくるが、完全にルークに照準を絞っていた。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
さて、昼間はルークのおまけにされていた俺だが、宿場町に到着すると、そこで1泊することになった。
「兄様と同じ馬車に乗れなくて、寂しいです」
「わ、私もクレイ様と、もっと一緒にいたいです」
フランソワーズ嬢の馬車から解放されると、俺の傍にリーリャとアイシャの2人が寄ってきた。
「俺も貴族のお嬢様の相手をするより、2人のいる馬車の方がいいや」
身分が上の相手には、気を遣わないといけないので肩がこる。
しかも、ルークのおまけをしてないといけないからな。
「今夜はゆっくり宿で休もう」
「はい、兄様。一緒に寝ましょうね」
「リーリャは相変わらず、寂しがり屋さんだな。ハハハッ」
そんな風に兄妹仲良く話し合った。
伯爵令嬢よりも、気を使わないで済むリーリャと一緒の方が楽でいいな。
心が和む。
「う、羨ましい……」
ただ、アイシャがどんよりとした空気を纏う。
が、今日のアイシャは一味違っていた。
「わ、私もクレイ様と一緒に寝たいです。アイシャ、さびしぃー」
そんなことを言ってきた。
だが、この子は何を言ってるんだろう?
「アイシャ、バカなこと言うな。俺とリーリャは兄妹だけど、お前とは違うだろう。一緒に寝れるわけがないぞ」
「グ、グウッ……」
アホなことを言ったアイシャは、なぜか涙目になって、悔しそうにしていた。
ところが、その日の夜はのんびりすることができず、フランソワーズ嬢に呼び出されてしまった。
ただ、昼間はルークの同席が絶対条件だったのに、今回はそれがなし。
逆に、ルークを絶対に連れてきてはいけないとのお達しだ。
『夜に、自分の部屋にルークを連れ込むつもりじゃないのか?』
なんて勘ぐってしまった俺は、バカだな。
いくら、初恋の相手とはいえ、まだ子供で幼女な伯爵令嬢が、男を部屋に連れ込むなんて、思いつくはずないよな。
そんな訳で、俺とスティーブンの2人で、彼女が止まっている宿の部屋へ向かう。
お子様とはいえ、俺もフランソワーズ嬢も貴族だ。
2人だけで、同じ部屋に留まるなんてことはできない。
なお、俺の一行とフランソワーズ嬢一行が泊まっている宿は、別の建物になる。
貧乏な騎士爵家が使う宿と違って、伯爵令嬢であるフランソワーズ嬢が泊まる宿は、超豪華だった。
宿場町にある貴族専用の豪華な宿で、建物の作りからして全く違っていた。
金のかかり方が、全く違う。
騎士爵家も貴族ではあるが、吹けば飛ぶような末端貴族と、上級貴族に分類される伯爵家とでは、泊まれる宿が全く違っていた。
「金持ちって、こんないい宿に泊まれるんだな」
ついつい僻んでしまう。
日本は金がものを言う資本主義の国だったが、異世界でも金の力ってのは偉大だ。
そんなことを思いつつ、フランソワーズ嬢の部屋へ到着。
「クレイです」
部屋の外からノックして名乗れば、フランソワーズ嬢付きのメイドさんが室内から現れ、部屋へ通された。
部屋の中にはフランソワーズ嬢だけでなく、執事の爺さんもいる。
「クレイ様、こちらへどうぞ」
フランソワーズ嬢にすすめられ、俺はフランソワーズ嬢の対面の椅子に座る。
スティーブンは俺の付き人であるため、立ったままで待機だ。
「ハーブティーでございます」
そして時間を置くことなく、メイドさんがお茶を出してくれた。
俺とフランソワーズはそれを一口すする。
「いい香りですね」
ハーブティーの香りなんて、全然分かんねぇー。
だけど、とりあえずそれっぽいことを俺は言っておいた。
社交辞令みたいなものだ。
ところで、俺を呼び出したフランソワーズ嬢だが、しばらくの間沈黙していて、何か悩んでいる様子だ。
自分の中で、言いだしたいことがあるけど、決意しきれずにいる。
そんな風に見えてしまう。
「フランソワーズ嬢?」
あまりにも沈黙が長いもので、痺れを切らして、俺は尋ねた。
すると、フランソワーズ嬢も覚悟が決まったのだろう。
「クレイ様、不躾ですが、夜分にあなたを呼び出したのは、大事な話があるからです」
「はあっ」
フランソワーズ嬢は、一大決心を決めた。
そんな感じに見える。
だけど、俺には重要なことがあると思えないので、態度がいい加減なものになってしまった。
だって、相手は貴族でも、まだ幼女だぞ。
「私と結婚するために、婚約してください!」
「ブフォーッ!」
前言撤回!
はいい?
この子、今なんて言った?
結婚?婚約?
お前、昼間は散々ルークに話しかけまくっておいて、なんで俺と結婚したいって流れになるの?
結婚したい相手は、ルークだろう!
昼間、フランソワーズ嬢がルークと仲良くしようとしていた姿を、飽きるほど見ていたので、この女が俺に興味を持っているわけがない。
フランソワーズ嬢にとって、俺はルークのおまけ程度の存在だ。
そう、断言できる。
「フランソワーズ嬢、話が突然すぎて、理解できないのですが?」
あまりにもぶっ飛び過ぎた発言に、俺はフランソワーズ嬢に説明を求めた。
「あら、確かにそうでしたわね。クレイ様、これから話すことは、ここだけの秘密にしてほしいのです」
「話の内容によります」
安請け合いして、とんでもないことを話されたら、困るからな。
「ル、ルーク様にだけ、絶対に話さないでくだされば、いいです」
そこで小声になって、モニョモニョしながら話す、フランソワーズ嬢。
やっぱりこの子は、ルークのことが好きで間違いない。
でも、なぜに俺と結婚なんだ?
「ルークに秘密ですか?それくらいなら、別にいいですよ」
「そうですか。安心しましたわ」
それから、スーハーと深呼吸して、自分を鼓舞するフランソワーズ嬢。
これから話すことは、彼女にとって、よほど決意のいることなのだろう。
「実はわたくし、ルーク様を一目見た時から、恋に落ちてしまったのです!」
「それなら知ってます」
「ご、ご存じでしたの!?」
「それはまあ、2人の様子を見てれば」
恋する乙女は盲目というやつか。
昼間の姿を見て、フランソワーズ嬢がルークに気があるのを分からない人間なんていない。
仮にそんな人間がいたら、鈍感係主人公くらいだろう。
俺は鈍感ではないので、勘違いなどしない。
「でも、それなら結婚したい相手は俺でなく、ルークでしょう」
しかし問題は、これだ。
フランソワーズ嬢の目的と行動が、まったく一致していない。
「クレイ様、私は貴族でありルークは平民なのですよ。そのことを、分かっておいでですの?」
「分かってますよ。そんな当然の事」
身分の話が出てきたので、ますますフランソワーズ嬢の言いたいことが理解できない。
理解できないでいる俺の姿を見て、やれやれとフランソワーズ嬢が首を振った。
あれっ?
俺って何か間違いをしてるのか?
何を間違ってるのかも分からない。
「貴族と平民では、国の法律のために結婚できません。
つまり私とルーク様では、身分差のせいで、結婚は決して許されることのない罪なのです」
「そうですね」
そうだな、それは理解できる。
理解できるから、頷いておく。
「ですので、私はルーク様を愛人にしたいのです」
「ブオフッ!」
はいい!?
またしても、俺に理解できない単語が出てきたぞ。
結婚かと思いきや、愛人なんて言葉が出てきたぞ。
見た目お子様の、幼女伯爵令嬢の口から。
「貴族の間では、結婚は政略結婚が当たり前です。
ですので、本当に好きな相手は、愛人にするのです」
「お、おおうっ……」
なんつう生臭さ。
幼女の口から出ていい言葉じゃないぞ。
そういうことは、昼ドラの中だけでやってくれ。
そういえば、元日本人のお袋も、昼ドラにのめり込んでいた時期があったな。
あんなのの何が面白いのか、俺には理解できんが。
そんな俺の前で、幼女伯爵令嬢がにこやかに笑った。
実は、昼ドラの登場人物じゃないのか、この幼女?
「ルーク様の主君であり、貴族であるクレイ様と私が結婚するのは、法的に何の問題もありません。
ただ、クレイ様との結婚は形だけにして、私は大好きなルーク様を愛人にしたいのです。
もちろん、クレイ様も本当に好きな女性がおいででしたら、愛人として娶られて結構です。私は干渉しませんので」
「……」
い、いかん、俺の脳の容量を超えた会話がされている。
まるで火星人から火星語で話を聞かされている気がして、まったく理解できない。
頭から、煙が出てきそうだぞー。
「法的に問題ないとはいえ、伯爵家と騎士爵家では家格が問題になってしまいます。
ですが幸いなことに、クレイ様のご実家であるアルセルク家は、没落したとはいえ、血筋は王家にまで繋がる由緒正しきもの。
私がお父様にお願いすれば、陛下が男爵家に昇爵させることを、お認めになるでしょう。
伯爵家と男爵家であれば、家同士の風聞も悪くなりませんからね。
ホホホッ」
……この子、頭大丈夫?
結婚と愛人の話をしていたと思ったら、今度はアルセルク家を男爵家に昇爵させるとか言ってきた。
意味が分からない。
実はこの子、この国のお姫様とか、ひょっとすると女王様じゃないよな?
貴族の位など、王族の権限でどうにでもできるなんて思ってないよな?
混乱する俺の前で、にこやかな笑みを浮かべたまま、フランソワーズ嬢の話が続く。
「ああ、ご安心を。
私の実家は、デナント王国で流通している金の価値を、決められる力を持っています。
この国の金は、我が家のコントロール下にあるので、陛下とて我が家の”お願い”を、無下になさることはありませんので」
あかん。
フランソワーズ嬢の家名であるゴールドマンサックスを聞いた時に、世界中の金を転がしてそうと思ったら、マジだった。
イギリスのロスチャイルド家は、イギリスの金の価値を決定していたなんて話もあったが、そんな怪物染みた家が、マジであった。
俺は、目の前にいる幼女の姿をしたフランソワーズが、怪物染みた存在に見えてきた。
物理超特化型の黄金竜とは違う、人間の社会の中にいる化け物だ
俺が、そっと視線をスティーブンに向けてみると、彼はひたすらに沈黙を守り、表情を殺していた。
それにしてもルーク、とんでもない女に惚れられたな。




