24 物乞い女性と厨二病男
王都は遠いよ、馬車の旅がまだまだ続く。
というわけで、旅の途中で着いた、町の宿屋で1泊する。
「ニールは服の着替えと、旅で必要になる物。
それと、いざという時のために、武器と防具も買ってきていいぞ」
ニールの格好がボロなので、お駄賃を渡す。
「衣服はありがたいですが、武器と防具もですか?
失礼ながら、私はクレイ様の領民に加わったばかりの女です。
武器を手に入れた私が、そのまま逃げたらどうするつもりです?」
自分から逃げるなんて言い出す人が、果たして逃げるものだろうか?
傍にいるリーリャが、ピクリと反応したけど、俺は肩に手を置いて、気にするなと態度で示す。
「逃げてもいいが、俺が渡した金で買えるものなんて、たかが知れてるぞ。
数打ちの出来の悪い武器や防具しか買えないから、すぐに折れるか曲がるかして使えなくなる」
その程度の武器防具で、冒険者家業を再開するなんてのは無理だ。
俺はギルドのマーサ婆さんとつるんで儲けているが、それでも貧乏貴族であることに変わりない。
俺が出せるお駄賃なんて、その程度の額しかなかった。
「クレイ様は、年の割に深く考えているのですね」
「そうか?」
ニールに感心されてしまったけど、俺としてはさして特別なことを考えたつもりでない。
「それとスティーブンは、ニールについて行ってくれ。武器や防具の品定めを任せたい」
「分かりました」
我が領最強騎士のスティーブン。
限られた予算の中でも、武器の品定めをできる眼力があるので、任せておけばいい。
俺も黄金竜の記憶があるので、この世界の武器や防具はそれなりに知っている。
だが、知っているものが、勇者や魔王が使っている武器防具、あるいは伝説や神話クラスのものばかりだ。
一般の町の鍛冶屋で作っている武器防具を、品定めできる目なんてなかった。
そんな感じで、俺はスティーブンとニールを送り出した。
「兄様、今日は同じベッドで寝よう」
「リーリャは、相変わらず甘えん坊さんだな」
「うん、私は兄様が大好き」
俺たちが兄弟でなかったら、思わず勘違いしてしまいそうなセリフだ。
と言っても俺は8歳、リーリャは6歳。
色恋を知るにはまだまだ幼く、リーリャの好きは、Loveでなく、Likeだろう。
その日の夜、同じベッドで寝たリーリャが、俺の胸をペロペロ舐めてきてくすぐったかった。
甘えてくるのはいいけど、赤ん坊に戻ったみたいに、舐めるのはやめて欲しい。
まあ、妹が可愛いからいいけど。
△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇
翌日の早朝。
「どうかお恵みをー。旦那様、なにとぞお恵みをー」
宿屋の前に物乞いがいた。
緑青色の髪をした女性で、目鼻立ちはそれなりにいいものの、物乞いという身分のせいで顔はやつれ、目に光がなかった。
「お姉さん、よかったらこれどうぞ」
「こ、これは大銅貨。あ、ありがとう、ありがとうございます」
そんな女性に、俺は手持ちの大銅貨を渡した。
この世界の通貨は、鉄でできた銭貨と呼ばれる硬貨を最小単位にして、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨と続いていく。
銭貨10枚で銅貨1枚の価値があり、銅貨10枚が大銅貨1枚と同じ価値。
大銅貨10枚が銀貨1枚の価値と、以後硬貨の価値が上がるごとに、10倍の価値を持って行くようになる。
それとミスリルでできた光貨と呼ばれるものもあるが、これは国や大商会が、大規模な取引の際に用いる通貨で、一般人には縁遠い通貨として存在している。
なお、一番価値の低い銭貨だが、これは鉄でできているせいで額面価値と鉱物価値が釣り合っていない。
そのせいで誰からも嫌われている通貨で、よほど貧乏な人間でない限り、庶民であっても持ちたがらない。
銅貨で買い物して銭貨のお釣りを出されるくらいなら、同じものを複数買って、銅貨1枚で買い物を済ました方がマシなんて扱いをされている。
そのようなわけで、物乞い相手であれば、出すのは銭貨が普通。
よほど気前が良くても、銅貨1枚渡すなんてことは、滅多にないだろう。
そんな物乞い相手に、俺は大銅貨を差し出した。
決して目の前にいる女性が、痩せこけているとはいえ、美人さんだからではない。
「たくさん食べて肉が付けば、可愛いだろうなー」
なんて言う、邪な考えをしているからではない。
これはただの善行だ。
俺の半分は、この世界で神として崇められている竜神様だ。
これは神として、困った人の手助けをしているだけに過ぎない。
『私、人間相手に善意で何かしたことなんてないけど。
ウジャウジャ群れて邪魔だから、潰したことは多いわね』
俺の中で竜神さんがトンデモ発言した気がする。
だが、俺は自分に都合の悪いことは見えない、聞こえない主義なので、心の中でした声はスルーした。
ところで、邪な心を持っていたのは、俺だけではなかったようだ。
あ、いや、俺は邪な心なんて抱いてないぞー。
「ゲヘヘ、見てみろ。あんなところに宝石の原石があるぞ。あれは太らせて磨けば、上玉になるな」
テンプレと言うべきかは分からないが、遠くから物乞いの女性を、下卑た目で見るオッサンたちがいた。
距離があるので、女性には聞こえてないだろうが、俺の耳にはちゃんと聞こえている。
黄金竜だった時は、200キロ先の金貨が落ちる音も聞き取れたので、人間になっても耳はすごくよかった。
「親分、奴隷にしますか?」
「当然だ。あれは磨けば金持ちや貴族相手に売れる絶品だ。
町の物乞いが1人消えたところで、誰も気にもしないしな。ゲッヘッヘッ」
なんて言いながら、3人のオッサンが、女性の方に向かって歩き始めた。
「たくさん食べて、元気になってねー」
なお、俺はオッサンどものことなど関係なく、女性を元気づけている。
「あ、ありがとう。私、まだ何とかやっていけそう。うう、うわああん」
お、おうっ。
お金を渡してちょっと励ましただけなのに、泣き出してしまった。
そうとう心に積もっているものがあるんだな。
物乞いって、人生大変そうだ。
「おうおう、嬢ちゃんよー」
ただ、俺たちが話している間に、例のおっさんたちが到着してしまった。
それにしても近くから見ると、柄が悪いな。
「ちょいと俺たちが恵んでやるから、こっちに来て仲良くしようや」
「な、なんです。あなたたちは!」
「安心しな。とって食ったりしねえよ。
むしろ俺たちと付いてくれば、沢山食べ物にありつけるし、うまくすれば金持ちの女になることも夢じゃねえぜ。
ゲヘヘヘヘッ」
「ま、まさか人攫い!」
オッサンたちの正体に気づいて、女性がその場から逃げ出そうとする。
「ええっ、人攫いだって!」
そして傍にいる俺は、わざとらしく大声を上げた。
とはいえ、宿の周囲は、早朝ということで人通りはまばら。
俺たちの方に視線を向けた人が僅かにいるが、女性が物乞いの姿をしているのに気づくと、視線を逸らして逃げていく。
厄介ごとに関わらないという、保身のためだから仕方ない。
自分から面倒ごとに首を突っ込むようなお人好しは、滅多に存在しないからな。
「おいおい、俺たちは人攫いなんかじゃないぞ。ガキが勘違いして困るな。
それよりも嬢ちゃんよー」
俺のことなど無視して、オッサンたちが女性に腕を伸ばした。
「このっ!」
だけど予想に反して、女性は伸ばされた腕を避け、オッサンの鳩尾に一撃を繰り出した。
「おお、ナイスな一撃」
見事な一撃に、感心だ。
「っ」
ただ、見事に入ったように見えた一撃だったが、力がまるで足りてなかった。
「あまり食べてないせいで、力が……」
そのことは、攻撃した女性が一番分かっていたようだ。
物乞いをしているものだから、あまりにも力がない。
そんな一撃では、男がほとんど怯まない。
「おお、いてえな。俺たちが紳士的に接してるのに、随分な態度をとるじゃねえか。この尼が!」
「キャアッ!」
オッサンたちは、今度こそ女性に手を伸ばし、乱暴に腕を掴んだ。
さて、俺はどうしよう。
オッサンたちをのしてしまうのはいいが、俺がそれをすると、周りの被害がシャレにならない。
俺は自分が人間っぽく見えるように、弱く戦えるようになる修行をしている。
ただ、修行の成果は今一つで、この前はちょっと力加減を間違えた結果、山一つ崩してしまった。
ここで俺が手助けに入ると、うまくいけばオッサンたちを倒して終わる。
だが、ちょっと力加減を間違えると、攻撃の余波で、近くにある宿が全壊なんてなりかねない。
いや、俺のちょっとは当てにならないので、もしかすると今いる町が、地図から丸ごと消滅してしまう可能性も……
「ム、ムムムッ。どうしよう、困った」
魔の大森林の奥なら被害が出ても問題ないが、流石に町中で黄金竜パワーで戦えない。
「クレイ様、何してるんです?」
俺が迷っていると、近くに領地の子供がやってきた。
子供というが、今年で14歳になるので成人直前だ。
名前をウラドと言って、黒髪ロン毛の悪人顔のイケメンだ。
「ああ、何だ手前?」
そんなウラドの登場に、オッサンたちが凄んだ。
「ああん、お前らこそなんだぁ?」
凄まれたウラドが、さらに凄んで返す。
悪人同士のシンパシーという奴か、条件反射で凄んだのだろう。
昭和の不良が、出会った途端にメンチを切るのと同じだな。
ただウラドは悪人顔のイケメンとあって、オッサンたち以上に凄味がある。
「貴様、どこの組の者か知らないが、俺たちとやろうって言うのか。俺たちは、その名も轟く……」
まるで不良のグループのにらみ合い。
はたまたチンピラの縄張り争いか?
そんな昭和を感じさせる空気を、両者が醸し出していく。
「組だかなんだか知らねえが、気に食わねえ奴らだな」
「フゲッ」
「ホガアーッ」
「オベラアーッ」
睨み合いをしていたウラドがあっさりキレて、オッサン3人をのした。
一瞬の早業だ。
ウラドは1人でオーガを狩れるので、チンピラ風おっさんたちが相手では、3秒と持たずにバトルが終了してしまった。
オーガ1体は、場合によっては小さな村を壊滅させることがある強さだからな。
まったく見どころがない戦いだった。
戦いですらないな。
「あ、ヤベッ、やっちまった」
オッサンたちのしてから、ウラドは我に返っていた。
「あーあ、いけないんだー。ウラドがまた喧嘩してるー」
「これは喧嘩じゃなくて……」
「弱い者いじめだー。先生に言い付けてやるー」
「ん、んんっ、たしかに弱い者イジメだな」
ちょっと面白くなって、俺はウラドをおちょくろうとした。
ところがどっこい。
弱い者いじめと口にしたウラドは、口の端を曲げて笑いやがった。
「ハッ、弱いザコが俺の前に立ちはだかるからこうなるんだ。クククッ、ザコどもが!」
前髪をかき上げて、のしたオッサンたちを見下すウラド。
無駄に威勢のいい口調と相まって、黒歴史を発動させている。
14歳だから、そういうお年頃真っ最中だしな。
「ま、こいつのことはいっか」
中二病男のことなど放置でいい。
それより、俺は改めて女性の方を見た。
「お姉さん、だいじょ……」
「ありがとうございます、ウラド様。
私、この男たちに連れ去られそうになってしまって……」
ありゃっ。
女性は俺でなく、ウラドの方に駆け寄っていった。
「ああん、なんだてめえ?俺はお前の事なんて、助けた覚えはねえぞ」
「そ、そうですか。
で、でも私、ウラド様のおかげで人攫いに遭わずに済みました。どうか、このご恩を……」
「シッシッ、あっちに行け。俺はお前に興味ねえんだ」
「そ、そんなー」
俺の目の前で、勝手に話が進んでしまう。
……まあ、今回俺は何の助けにもなってないので、こうなっても仕方ない。
ただし、
「お姉さん、ウラドに惚れるのはやめておいた方がいいよ。
こいつは黒歴史ど真ん中の、ただのイタイ男だから」
それだけは、きちんと伝えておいた。




