23 元冒険者のニール
「お、お願いです。水と食料を分けてください。ほんの少しでいいので……」
神の御業で土砂崩れが撤去された街道を進んでしばらくした時、土埃にまみれ、ボロを纏った妙齢の女性に遭遇した。
息も絶え絶えという様子で、見ただけでかなりまずい状態だと分かる。
「スティーブン、水と食料を。それからアイシャ……」
「分かってます、今、回復魔法をかけてます」
俺が指示するより早く、アイシャは女性の傍によって回復魔法をかけていた。
俺仕込みの回復魔法によって、みるみる間に状態が回復していく女性。
カサカサだった唇に、淀んだ暗い目、やせ細った体。
それらすべての状態が回復していく。
「せ、聖女様の奇跡じゃ!」
そんな光景に、御者のおじさんが驚いている。
しかし、先ほどは竜神様への信仰で、今度は聖女様か。
このおじさんは、熱心な宗教の信仰者なのかもしれない。
我が領を脅かしている、末法思想に取りつかれた新興宗教の徒には、絶対にならないでほしい。
「やっぱアイシャの回復魔法って凄いよな」
「村で一番だもんな」
「わ、私だって負けてないんだから、もう少しクレイ様と親密に練習すれば……」
御者のおじさんはとびきりの驚きよう。
だけど、いつも見ている子供たちは、特に驚くなんてことはなかった。
あと、約1名女の子が、クネクネしながら俺の方を見てきた。
腰が縊れていて、ラインが目立つな。
「ウフンッ」
なぜかウインクまでしてくる。
「……」
「リーリャ、お兄ちゃんの前に立たれると邪魔なんだけど?」
女の子と俺の前に、リーリャがなぜか怖い顔をして立ち塞がった。
桑原桑原。
俺は女の戦いには、絶対に加わらないからな。
臭いものには、蓋をする。
危険な現場は、見て見ぬふりするのが一番だ。
「ぷはーっ、助かりました」
ところで、俺たちがそんな事をしている間に、酷い状態だった女性が回復した。
今は水を飲んで、一息ついたところだな。
「かなりひどい状態だったので、回復に時間がかかりました。
でも、ここまで回復すれば、ご自分で歩くこともできますよ」
女性に、アイシャがニコリと笑い掛ける。
女性のボロボロだった体を回復させるのに、大量の魔力を使っただろう。
疲労感が大きく、アイシャの顔色が少し悪くなっているが、それでも女性を心配させようとしない態度は立派だ。
シスターとして、素晴らしい素質だな。
「ありがとうございます。このような高度な回復魔法をかけていただけるとは、さぞかし御高名な聖職者様なのでしょう」
「いいえ、私はただの見習いシスターですよ」
「えっ、見習い!?」
おっと、イケナイ。
アイシャの回復魔法は、アルセルク領の外では、聖女認定確実だ。
領地にいると、ちょっと凄い回復魔法が使える程度の扱いだが、領外では目立ちすぎる。
王都で聖女認定なんてされたら、一生外に出られない生活をさせられてしまう。
既に手遅れかもしれないが、俺は女性の注意を逸らすために話しかけた。
「失礼、俺はアルセルク騎士爵領の領主代理で、クレイ・アルセルクと言う。この一行は俺の供回りだ」
「これは、クレイ様は貴族様でいらっしゃいましたか」
俺が名乗ると、女性は片膝をついて頭を垂れる。
子供と言えど、貴族は貴族。
それが騎士爵という、末端貴族の跡取りであっても、この世界では身分差が存在するのだ。
「頭を上げてくれ。それより、あなたはどうしてこんなところに?」
「私はニールと申します。
冒険者として活動していたのですが、街道沿いで山賊に襲われてしまいました。
私は仲間と共に戦ったのですが、多勢に無勢で仲間は殺されるか逃げるかで、私は運悪く捕まってしまい……それから、ううっ」
そこで一旦言葉を区切りってしまう、ニール。
アイシャの魔法で回復したことで、体の衰えはかなり回復している。
女性ながらに冒険者をしていたとあって、凛々しい顔立ちをしていて、体に無駄な肉がない。
胸はあまり大きくないものの、彼女の引き締まった体には、その方がバランスが取れていた。
大きければいいってもんじゃない。バランスも大事だな。
『宝塚で男役してそうだな』
なんてのが、日本人だった俺の意見だ。
しかし、美人が山賊に捕まったとなれば、その後に待ち構えていることは……
「山賊どもに捕らわれてしまったのですが、妙な事をされる前に、突然山賊の砦が土砂崩れに巻き込まれてしまい……」
「ソウナンダー」
思わず片言になってしまった。
仕方ないよなー、自然災害が発生したなら、びっくりだよなー。
俺は何も悪いことしてないぞ!
「土砂に巻き込まれてしまい、土の中に埋まっていたものの、何とか自力で抜け出すことができました。
でも、御覧の有様で……」
そこでニールは、自分の姿を俺たちに見せた。
ボロボロの格好で、とても冒険者のなりではない。
ただの貧乏人。街中だとスラムの住人って感じだ。
服と違って、顔は凄く綺麗だけど。
「なるほど。だったら次の町まで連れて行こう」
「本当ですか!?」
「ああ、それくらいはしてやるさ」
貸し切り乗合馬車には、まだ人が乗れる。
俺はニールの事を、同行している女性陣に任せた。
今の憔悴しているニールには、男より女性が側についている方がいいだろう。
なお、次の町に着くまでの間に、ニールの方から、
「クレイ様は命の恩人ですので、このまま仕えさせていただくことはできないでしょうか?」
と、申し出てきた。
「仕えたいって、アルセルク家に仕えるってこと?」
「はい、そうなります」
マジかよ。
なんて奇特な意見だ。
信じられん。
「俺たちは王都に向かってる途中だが、俺が治めるアルセルク領は物凄いド辺境で、自慢じゃないがこの国で一番、いや帝国も含めて、もっとも辺境にある場所だぞ。
隣の領との往来がほぼなしで、モンスターがよく攻め込んでくるような場所だぞ。
俺に仕えるってことは、そんなところで生活することになるんだぞ。
はっきり言って、罰ゲームのような場所だぞ。
冒険者ギルドこそあるものの、行商人が来ないと買い物すらできないし、その行商もたいした物を売ってない。
食っていくためには、領主一族でも畑仕事をしなきゃならないほど貧乏だし。
それからそれから……」
俺は考えうる限り、アルセルク領のダメな点を上げ続けていく。
ぶっちゃけ、あの領地にいい点なんて何もない。
自然は物凄く豊かだけど、この世界は令和日本のある地球みたいに、星の中が開発されまくっているわけではないので、自然豊かな場所なんて、どこにでもある。
自然を満喫したいなら、もっと別の場所に住む方がいいな。
「兄様はアルセルク領のことを、そんな風に考えてたんですね……」
アルセルク領のダメ出しをしていたら、近くで聞いていたリーリャに、悲しげな顔で見られてしまった。
「すまん。自分の故郷を悪く言うのは、気分が悪いよな。でも、事実だから」
「……そうですね、事実ですね」
リーリャも、王都に向かう今回の旅で、人生初めての、領地の外を経験している。
領地の外と比べて、我がアルセルク領がどれだけド田舎で、とりえのない領地なのか理解してるだろう。
だが、俺とリーリャの間で、微妙な空気が漂ってしまった。
しかし、そんな俺たちの前で、ニールが告げる。
「構いません。
山賊に捕まっていた私の言葉なので、信じてもらえないかもしれませんが、私は剣の腕はそこそこ立ちます。モンスターが襲ってくる場所でも、大丈夫です!」
「そ、そうか……」
体を乗り出して、必死で自分を売り込んでくるニール。
あまりに鬼気迫る勢いがあり、思わず気圧されてしまう。
ただ、俺はニールがなんで必死になっているのか、その理由に気づいた。
今のニールはボロボロの姿で、路銀すら持たない状況。
俺たちが手を差し伸べなければ、食料も水もなく、そのまま野垂れ死にするしかない状態だ。
冒険者をしていたと言っても、今の状態で町にたどり着いても、スラム落ちするしかないだろう。
そうなれば冒険者はもとより、普通の生活に戻れる可能性は極端に低い。
だから、必死なのだ。
「あー、そういう事か」
「クレイ様、もしかして私の浅はかな考えに気づいてしまいましたか……」
羞恥心から顔を下に向け、表情を隠すニール。
そんな彼女に、俺は返事を返せない。
しかし、このまま人を放りだすのは、寝覚めが悪すぎる。
俺の中の元日本人の部分が、変に甘ちゃんを発揮したのかもしれない。
「仕方がない。助けてやったのも何かの縁だ。うちの領地に来るといい。
ただしうちは貧乏だから、給料払ってやるのは無理だぞ。
それでも家と畑は用意してやるから、農家をすればいい」
俺は頭をガシガシ掻きながら、仕方がないとニールを受け入れてやることにした。
俺に仕えるのでなく、領地の農民の1人として受け入れてやる。
「ク、クレイ様、ありがとうございます」
途端、それまで顔を下に向けていたニールが、恥ずかしそうな、でも嬉しそうな、何とも言えない表情を浮かべた。
目には涙まで貯めている。
そんな姿で、俺に抱き着いてきた。
突然抱き着かれて、ビックリだ。
見た目はコンパクトな胸だが、密着すると驚くほど弾力が強い。
母上のボイン胸とは、また違った感触があるな。
「なっ、兄様にまたしても女が!」
そして俺の傍にいるリーリャが、小声で何か言った。
でも、俺の耳にはその言葉は聞こえなかった。
だって、可愛い俺の妹が、ドスの聞いた低音で、黒いオーラを出してるんだよ。
そんな妹の声なんて、例え聞こえていても、俺の中では絶対に聞こえていないんだよ!
俺は、難聴系主人公に転職するぞ。




