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14 アルセルク家の訃報

 例のヒール事件の余波で発生した不死身の虫軍団だが、時間がたったことでヒールの残滓が消滅し、ただの虫となって再生することがなくなった。

 あの虫たちは、とっくに全滅しただろう。


 その延長で発生した食糧危機と疫病も、既に解決している。


 俺としては、とんでもないやらかしをしたが、ようやく消滅したことに安堵だ。


 飢饉と疫病で死んだ人間たちもいるが、流石にそれら故人のことまで、責任を持ちきれない。



 俺は基本的に自分のやらかしたことは、見て見ぬふりをする。


 魂の半分が黄金竜基準なので、素の人間よりも、面の皮が厚いのだろう。



『おめえら怖いわ、人間じゃねえ!』


 俺の中にある、日本人(オレ)が叫ぶが、その声は無視だ。



 ついでに黄金竜(オレ)の方は、人間の戯言など全く聞くことなく、昼寝していた。


 寝たきゃねる、食べたきゃ食べる。

 弱い奴は弱いのが悪い。

 弱いから食べられる。

 弱けりゃ強い奴に虐げられる。


 神様扱いされていても、しょせん畜生でしかない。

 脳みそは、物凄く単純な考え方しかしていなかった。




 ところで、俺のやらかしが消えたのはいいが、それで世の中が平和になったかと言えば、そんなことは全くない。


 国家を跨いだ疫病が終息したと思ったら、今度はデナント王国とデニング帝国の、毎年恒例の戦争が再開した。


 疫病で戦争どころでなくなっていたので、中断していただけで、問題解決と同時に戦争が再開だ。



「人間って、戦うのが好きな生き物だなー」


 今世人間ではあるものの、100%純粋な人間でない俺は、そんなことを呑気に思った。





 ただ再開した途端、アルセルク騎士爵領にも、戦争に参加するための領軍の派遣要請がきた。



「お父様、死なないでください。絶対に帰ってきてね」


「あなた、どうかご武運を」



 騎士爵領軍の派遣にあたって、今回は父上が率いての出陣となった。

 普段は、領民たちの中から選んだ指揮官に任せた軍を派遣すればよかったが、今回の戦争では、領主である父上直々の参戦が求められた。


 父上の出陣とあり、妹のリーリャは父上に両手で抱き着き、懐に顔を埋める。


 母上も気丈に振舞っているものの、その顔にはもしものことがないかと、不安の色が隠し切れないでいた。


「ハハハ、安心なさい。私は今までに多くのモンスターと戦ってきたし、デニング帝国との戦争にも10回近く参加している。今回だって、無事に帰ってきてみせるさ」


 心配するリーリャと母上を元気づけるように、父上は逞しく笑った。



「父上がいない間は、俺が母上とリーリャを守ります。

 領地の事も守るので、ご安心ください」


「ああ、クレイ。あとのことは任せるぞ」


「はい、父上」


 戦場に行く父上に心配事を残さないよう、俺は堂々と言った。



 そして、父上が手を差し出してくる。

 その手を、俺は握り返した。



「……クレイ、君は本当に7歳なのかな?」


「もうすぐ8歳になりますよ?」


「ハハハッ、そうだな。

 だが、年の割にしっかりしすぎていて、たまに私の子供なのかと思ってしまうよ」


「何言ってるんですか。俺は父上と母上の息子で、リーリャの兄です」


「フフッ、そうだな。息子があまりにも立派に育って、父は嬉しいぞ」


 そんな会話を交わして、俺たちは戦場に出陣する父上を見送った。





△ ◇ △ ◇ △ ◇ △ ◇




 後日、父上の戦死が伝えられた。


 父上が身に着けていた防具と遺髪。

 それだけが、俺たち家族の元に届けられた。


「そんな、どうしてあの人が……」


 戦死の報告を聞いた瞬間、母上は真っ青な顔になって、言葉を詰まらせた。



「兄様、戦死って何?」


 そう聞いてくるのは、まだ5歳のリーリャ。

 言葉の意味を理解できず、父上の死を理解できていない。


 ただ、母上の様子が普通でないと見て、不安な顔で俺を見てくる。



「いいかいリーリャ、落ち着いて聞くなんてできないだろうけど、ちゃんと聞くように。父上が亡くなられた」

「えっ、そんなのウソだよ!」



 小さな子供相手に、父上の死を知らせるのはどうかしている。


「お星さまになってしまった」

 と、迂遠な伝え方をすればいい。


 それが、俺の中にある日本人的な考え方だ。



 でも、俺の中にある黄金竜は、そんなことを考えもしない。

 その考えはシンプルで、野生の生き方に忠実だ。


 つまり死んだ者がいれば、「死んだ」と伝える。




 ただ俺の言葉に、リーリャは戸惑っていた。


「父上が亡くなるなんてウソ。ウソをつく兄様なんて、大嫌い!」


「リーリャ!」


 伝え方がまずかったか?

 いや、そんなのは関係ないな。


 父上が死んだことにショックを受けて、リーリャが走り去ってしまった。




 とはいえ、俺もショックなのは同じだ。


 一瞬脳内に、死んだ父上を生き返らせるという考えが浮かんだほどだ。

 事実黄金竜の力であれば、死者1人生き返らせるくらい造作のないことだ。



 リザレクションの魔法を使うだけで、事足りてしまう。


 ただ、俺がリザレクションを使えば、父上が生き返るだけでは終わらない。


 それこそ、デナント王国とデニング帝国が戦い、戦場に散った兵士全てが、生き返りかねない。


 いや、下手をすればこの星で今までに死んでいった人類全て。

 あるいはモンスターでさえ、全て蘇りかねない事態になる。



「ダメだ、俺も突然のことに混乱してるな……」


 父上の死にひどく動揺していていることに気づいて、俺は、自分が考えていたことを頭の中から消し去った。


 死人は生き返らせるべきじゃない。

 そう思って。





 それからの数日、我が家では俺と母上、リーリャの3人で、静かな食事になった。


 父上の戦死の報告が来る前から、3人での食事になっていたが、今はその空気が重くなっている。


 ただ、父上が出陣して以来、ここ最近は父上のいない状態が当たり前になっていたので、俺の中では父上が死んでしまった事実を、すぐに感じ取ることができなかった。


 死んだというより、ただ会えないだけのような気がする。



「父上、帰ってきて……」


 そんな中、リーリャが悲しく呟く。



「ウウッ、ウワアアーッ」


 その言葉を聞いて、改めて父上が死んでしまったことを突き付けられた母上が、泣き始めた。

 母上は、俺やリーリャ以上にショックを受けていて、取り乱し方が酷い。



「母上、大丈夫です。俺がいるから、落ち込まないで」



 俺は母上を抱きしめて、落ち着かせようとする。


「ウアッ、アアアーッ、あなたー」


 それでも俺の腕の中で、母上は泣き崩れ、父上のことを呼び続けた。


 母上は、父上のことを心の底から愛していたのだろう。




 だからだろうか、それから1か月、母上はろくに食事をとることがなく、あっという間にやせ細っていった。



「母上……」


 そしてある日、食事を断って生きることを放棄してしまった母上が、死んだ。


「兄様……」

「リーリャ、お前は見ない方が……」


 母上の死んだ姿を、幼いリーリャに見せるべきじゃない。



 俺は、父上が死んだのを伝えた時のことを思って、リーリャに母上の姿を見せない方がいいと思った。

 リーリャが母上の姿を見ないようにと、リーリャの前に腕を出して、立ち塞がる。


 でも、まったく力が入らなかった。



 俺の腕を掻い潜って、リーリャは亡くなった母上の姿を見た。


「母上―っ」


 リーリャは泣いて、冷たくなってしまった母上の体に抱き着いた。


 そんな母上と妹の姿を見ている俺は、いつの間にか目から大粒の涙がこぼれだし、目の前の光景が歪んで見えた。




 ああ、何が自分の前世が日本人だ、黄金竜だ!

 そんなものが、父上にも母上にも、リーリャにだって、何の役にも立ちゃしないじゃないか!



 俺は行き場のない悲しみと怒りを覚えて、訳もなく自分の腕を、力づくで握った。

 歯をこれ以上なく噛みしめる。



「兄様っ!」


 気が付いたら、そんな俺をリーリャが下から見上げていた。

 なぜか俺の腕を両手で掴み、涙を流している。



「リーリャ?」


「お願いだからやめて。兄様、血が出てる」


「?」


 リーリャに言われて、初めて気が付いた。

 あまりに悔しくて、不甲斐なくて、無力で……握り締めていた腕、それに口。

 そこから俺の血が、流れ出していた。



 黄金竜並の耐久力がある体だが、それでも我を忘れた自分の力の前では、無事で済まないらしい。



「ああ、ごめんリーリャ、驚かせたね。ちょっとお兄ちゃんも、パニックになってて……あ、あれっ?」


 リーリャにこれ以上心配をかけないようにと、俺は腕を握っていた手を放そうとした。

 なのに、自分の意思に反して、体が思うように動かない。


 腕を掴んだまま、まったく力を緩めることができず、握り続けているのだ。



「兄様、兄様、落ち着いて、私もいるから」

「あ、ああっ」


 情けない話だが、その後リーリャに励まされ続けて、俺は何とか自分の掴んでいた腕を、ゆっくりと放すことができた。




 自分で思う以上に、俺も父上と母上のことを愛していた。

 そして、唯一残された家族である、リーリャの事も。



「リーリャはお兄ちゃんが守るから、俺よりも先に死ぬんじゃないぞ」


「うん。でも兄様も、リーリャを1人にしないで」


「ああ、約束だ」


「はい、約束です、兄様」



 俺たち兄妹は、そう言って誓い合った。

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