プロローグ
「たかがトカゲに羽が生えた程度の分際で、神たる余に噛みつくとはなんと愚かな!」
指先から流れ出る血が、ポタポタと地面へ落ちていく。
だが、ここは通常の空間にあらず。
上位の神が住まう世界であり、ここでは地上のあらゆる理が通用しない。
流れ出る血は地面に落ちることなく、未知の空間の中へ消えていく。
そんな世界の主である上位神の指にできた傷口は、みるみる間に回復していって消え去る。
「愚か者のトカゲをどのようにしてくれよう……そうだ、これがちょうどいいな」
上位の神が住まう世界。
……なのだが、そこにはなぜか緑色のプラスチック容器に入った薬剤があった。
『混ぜるな危険』
と容器には書かれていて、令和の世の中であれば、風呂場掃除か便所掃除に使う洗剤を連想させた。
そんな容器を、上位神がシャカシャカと音を立てて振る。
「フハハハハ。トカゲよ、貴様には余が直々に神罰を下してくれる。
結果がどうなるかは余にも分からぬが、まあ死にはしないはずだ……たぶん」
上位神を名乗るくせに、セリフの後半は小声で、やけに自信なさげ。
だがこの空間では、誰も上位神に異を唱えることができない。
なぜなら、ここには上位神しかいない、ボッチ空間なのだから。
この上位神、やたら態度が偉そうだが、自分専用の引きこもり空間に居座って、かれこれ数百億年もボッチを続けている。
そんな上位神の事はともかく。
「神罰である!」
なんて言って、上位神はよく混ぜた容器の液体を、下に向かって流した。
流れ出した液体は、神の世界から、人の住まう通常の世界へ流れ落ちていく。
神の理によって、異なる世界へ液体が降り注がれ、とある黄金竜の全身に浴びせられる。
上位神が言っていた、トカゲとはこの黄金竜の事だ。
「これはサービスだ」
そして液体と共に、上位神は一つの魂を黄金竜へ放り投げた。
――混ぜるな危険。魂が融合すると分離できなくなるので、使用の際には周囲をよく確認して使いましょう。
容器には、そんな注意書きがされていた。