19 デレとデレー1
「ふぁ~あ…」
平日の朝、いつも通りの時間に起きる。制服へ袖を通すと廊下へ。寝不足気味の頭を押さえながら階段を下りた。
「うわああぁぁぁっ!?」
しかし途中で足を滑らせ転落してしまう。空中で2回宙1回半ひねりしながらトイレ横の壁に激突した。
「いつつ……はよ」
腰が痛い。悶絶しそうなダメージと格闘しながら歩き出した。
リビングには華恋しかおらずキッチンで孤軍奮闘。どうやら両親は既に出勤した後らしい。
「ねむ…」
いつもの日常。ベッドから起きて、顔を洗い、朝食を食べて家を出るだけ。何も変わり映えしない風景。ただ今朝だけは少し違っていた。
「……何してるの」
「雅人に抱きついてんの」
洗面所で顔を洗っていたら背中に圧がかかる。後ろから腕を回された影響で。
「凄く邪魔なんですけど」
「邪魔って言い方はヒド~い。泣いちゃうぞ」
「このままだと顔が洗えないのだが」
「う~ん、雅人の匂いがする」
「ちょっ…」
忠告を無視して彼女が顔を擦りつけてきた。女性特有の2つの柔らかい物体も密着させながら。
「だ、大至急離れてくれ! 香織に見られたらマズい!」
「大丈夫だって。あの子、すぐには起きて来ないもん」
「そうだとしても家の中でコレはヤバいよ」
「心配性ねぇ。階段を下りてくる音が聞こえたら離れれば良いだけじゃない」
「その音に気付かない可能性だってあるし。それに顔を洗いたいんだから、ほら」
「ちっ…」
主張に対して返ってきたのは不快感を表した舌打ち。上品で振る舞っている女子生徒からしたら有り得ない仕草だった。
「あ~あ、あの子がいなかったら2人で登校出来るんだけどなぁ」
「うちの可愛い妹を邪魔者扱いしないでくれ」
「……別にそういうつもりで言ったんじゃないんだけど」
「本当かな…」
軽く睨み合いになる。片方は椅子に座り、片方はキッチンに立った状態で。
「それに2人で家を出たとしても、どうせ駅で智沙と合流するじゃないか」
「それは適当にごまかせば何とかなるから。家を早めに出るとか、先に行っててもらうとか」
「そこまでして一緒に学校行きたいんですか…」
「だって家だとおじさん達がいるじゃない。だったらせめて登下校ぐらいはアンタと2人になりたい」
「それはどうも…」
あの日から華恋は変わった。根本的な性格や生活環境に変化はないが、2人きりになった時の言動が別人だった。
「ねぇ、帰りは一緒に帰ろうね?」
「僕は構わないけど……そっちは良いの?」
「なにが?」
「だからクラスメートに見られても良いのかって事」
「う~ん……それ嫌かな。恥ずかしい」
「でしょでしょ? ならやっぱり別々に帰ろうよ」
「でも従兄妹って設定だからあんまり気にしなくて良くない? 普通にしてれば良いだけなんだし」
彼女が卵をかき混ぜながら話しかけてくる。照れくさくなるような話題を平然と。
「まぁ、そこまで言うなら…」
「よ~し、じゃあ放課後になったら教室に残ってなさい。先に帰るんじゃないわよ」
「はいはい…」
話し合いに終点が見えないので妥協する事にした。こちらとしても嫌な気分にはならないし。
「ふぅ…」
家ではこんな会話をしているが学校では今までと同じ。家族の前でも。
別に恋人同士になった訳ではない。それは嫌だと強引に突っぱねたから。
けれど彼女はお構いなしにと抱きついてくる。自分自身も公園で好きと宣言してしまっているのだから仕方ないだろう。
嬉しいが照れくさい。心の中枢には戸惑いが溢れていた。




