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17 駆け引きと逃走ー7

「あれ?」


 玄関を開こうとするが扉が動かない。まだ誰もいないのか鍵がかかっているらしい。


 香織はともかくバイトが無い華恋は帰ってきてるかと思っていたのに。仕方ないので施錠を解除して家の中に上がった。


「げっ!」


 喉を潤そうと冷蔵庫を開ける。その瞬間に飲もうとしていた紅茶の中身がほぼ空と判明した。


「マジかぁ…」


 中を漁るが他に飲めそうな物が見つからない。面倒だがコンビニまで買いに行く事にした。


「行ってきまぁす」


 制服姿のまま財布だけポケットに突っ込んで外へと出る。昨日も立ち寄ったコンビニに向かい紅茶とスナック菓子を購入。


 辺りを見渡せば幻想的な世界が広がっていた。鮮やかな夕暮れが作り出すオレンジ色の景色が。


「何してるの、こんな所で」


 途中、小さな公園に足を踏み入れる。ベンチに腰掛ける同居人の姿を発見したので。


「……ん」


「落ち込んでるの? いつもみたいな元気ないね」


 声に反応して彼女の視線がこちらに移動。一瞬だけ目が合ったがそれ以外のリアクションは無かった。


「ポテチ買ってきたけど食べる? 華恋の好きなコンソメだよ」


「はぁ…」


「何々。どうしたのさ、一体」


「あ~あ…」


「お~い、聞こえてる? 何があったのか聞いてるんだけど」


 目の前で手を振ってみるが無反応。彼女は下唇を噛んだままずっと地面を見つめていた。


「……先に帰ってるよ」


 どうやら今は1人にしておいてほしいらしい。ローテンションの原因は不明だが。


「ちょっ……何するんだ。引っ張るのやめて」


「む…」


 振り返って公園の出口を目指す。立ち去ろうとしたが背後から伸びてきた手がシャツを掴んできた。


「欲しいなら正直に食べたいって言えばいいのに」


「……いらないわよ、そんなの」


「あれ? 違った?」


 ゆっくりとベンチに腰掛ける。袋からスナック菓子を取りだしながら。


「まさかまた誰かからラブレター貰ったとか?」


「だとしたらアンタどうするのよ…」


「いや、別にどうも。ただ驚きはするかな。また貰ったのかって」


「……それだけ?」


「へ?」


 少し離れた遊具には子連れの母親や小学生が存在。元気な声がそこら中に響いていた。


「それだけとは一体…」


「んんっ…」


 とぼけたフリをして質問を飛ばしてみる。今の言葉に引っかかるものがあって。


「……本当に貰ったわけではないよね?」


 しかし彼女からは答えが返ってこない。念を押すようにもう一度こちらから話しかけてみた。


「私さ、アニメとか好きじゃん」


「へ? そ、そうだね。それが何か?」


「中学の時から結構ハマってて、それが原因でイジメられたりもして」


「……そうなんだ」


「小学生の時からずっと仲が良い友達がいたんだけど、その子がクラスの皆にバラしてから馬鹿にされるようになったの」


「華恋の趣味を?」


「うん…」


 問い掛けに対して彼女が小さく頷く。俯いた姿勢のまま。


「じゃあ最初は周りの人に知られてなかったんだよね?」


「まぁ…」


「な、なんでその友達はバラしちゃったの? 喧嘩したとか」


「分かんない……ただいつの間にか知られてた。で、その子もクラスの皆から仲間外れされるようになって」


「んん? よく分からないんだけどその友達は華恋に嫌がらせしようとしてクラスメートにバラしたわけじゃないって事?」


「だと思う…」


「……なるほど」


 恐らく喋っているうちにうっかり口を滑らせてしまったのだろう。それを面白がった連中がからかい始めたのだ。


 自分も似たような経験をしたから気持ちが分からない訳じゃない。母親がいない境遇を理由に仲間外れにされた事もある。だがその相手が中学ではイジメの標的にされていた時にどうしようもない気分にさせられた。


「えっと、もしかして今のクラスメートにもバレちゃったとか…」


「多分、大丈夫だと思う。皆、いつも通りに接してくれてるし」


「ならどうしてそんな体験談を…」


 てっきりその時の状況が再来したと思ったのに。どうやら違うらしい。


「……私さ、アンタにコスプレの趣味を見られた時に本気でヤバいと思ったんだよね」


「あぁ、そんな事もあったっけ。懐かしいなぁ」


「マズい、どうしよう。またからかわれるって…」


「ほう」


「だから必死に誤魔化そうとしたんだけどパニクっちゃってさ」


「それで容赦なく殴りかかってきたの?」


「……ごめん」


 隣から小さな謝罪が聞こえてくる。申し訳ない感情が窺える台詞が。


「でも僕は誰にもバラさなかったよ。ちゃんと約束守ってる」


「そうね、アンタ良い奴だったわ。イベントにも付き合ってくれたし」


「付き合ったというか無理やり付き合わされたというか…」


「アンタは私の趣味に対して偏見持つ? オタクキモいとか」


「まさか」


 人の人生にはあまり興味がない。害意がなければどんな物に熱中していようが構わなかった。


「そもそも偏見を持ってたら颯太と友達やってないよ」


「それもそうか…」


「フィギュア買ったりコスプレしようとは思わないけど僕だって漫画とかゲームが好きなわけだし」


「……うん」


「趣味なんて人それぞれなんだからそこまで気にしなくても良いんじゃないかな」


 悪ふざけ無しにクサい台詞を口にする。熱血教師にでもなった気分で。


「でもさすがに一緒にコスプレしよって言われたら困るけどね」


「ダメか…」


「あの、まさか本当に実行するつもりだったんじゃ…」


「な、ならアンタの事好きって言ったらどう思う?」


「え?」


 しかしそのやり取りは思いがけない形で中断。すぐ隣から脈絡のない単語が飛んできた。


「そ、それは家族とし…」


「違うっ!」


 真意を問いただそうとするが遮られる。怒号のような一言に。


「え、え…」


 思考が上手く回らない。目眩のような現象さえ起こり始めていた。


「どうしていきなり…」


「分かんない。分かんないけど、ただ…」


「ただ?」


「……ううぅ」


 彼女が唇を強く噛み締める。血でも吹き出してしまいそうな勢いで。


「こんな場所で言うつもりじゃなかったのに…」


「さっきの言葉を?」


「うん。今日も明日も、この先もずっと言うつもりなんかなかった…」


 周りの景色が意識に入らない。子供達の声も聞こえなくなっていた。


「やっぱり変だって思う? 頭おかしな奴だって」


「お、思わないよ。思うわけないじゃん」


「なら…」


「ただ華恋が何を考えてそんな事を言い出したのかが分からなくて。だってずっと嫌われてると思ってたから」


「自分でも分かんない。私が一番驚いてる…」


「……ん」


 彼女の心境が理解出来ない。嫌いだったハズの人間を好きになって、そうなった理由が自分自身でも分からなくて。


「と、突然そんなこと言われても困るんだけど」


「ゴメン、でも1つだけ教えて。アンタは私のこと嫌い?」


「それは…」


 真剣な眼差しを向けられる。冗談やドッキリなんかではない表情を。


「……嫌いじゃないよ。少なくとも今は」


「じゃ、じゃあさ…」


 答えを聞いた彼女が更に言葉を繋げてきた。微かに表情を綻ばせながら。


「んっ…」


 何を告げようとしているかは想像出来る。でも聞きたくない。何の心構えも出来てないうちにその台詞を耳にする事が怖かった。


「ごめんっ!」


「……ぇ」


 謝るのと同時に立ち上がる。コンビニの袋を手に持って。


「はぁっ、はぁっ…」


 そのまま公園の出口に向かって走り始めた。後ろには振り返らずに。


「うわっ!?」


 しかし道路に出た瞬間に立ち止まってしまう。1台の自転車と衝突しそうになった。


「す、すみません」


「……ちっ」


 乗っていた中年男性に頭を下げて謝罪する。控え目な対応に返ってきたのは不快感を表した舌打ち。


「くそっ…」


 腹立たしいが悪いのは急に飛び出した自分の方。相手を責めるのはお門違いだった。


「……あ」


 走り去る男性を眺めていると肝心な部分に気付く。逃げなくてはいけない状況に。


「んっ、ぐっ…」


 すれ違う人達の好奇な視線が痛い。仕方ないので目を合わせないようにしながら走った。


 しばらくすると背後から何も音が聞こえて来ない事に気付く。そこで初めて様子を確認した。


「……いない」


 振り切ったとは思えない。どうやら最初から追いかけてきていなかったらしい。


 荒れた呼吸を整えながらゆっくりとスピードを落とす。家に帰ってくると真っ直ぐに二階へと上がった。


「ふぅ…」


 冷静になった事で思考がまともに動き出す。蛇行運転から正常運転に移行するように。


「……何やってるんだよぉ」


 同時に別の焦りが生まれてきた。尋常じゃないぐらいの後悔の念が。


 せめて話ぐらいは最後まで聞いてあげるべきだったのに。これではヘタレどころか卑怯者でしかない。


「ん…」


 着替えた後は部屋で立て籠りを続ける。日が沈んでもトイレに行く以外は一階へと下りる事はなかった。

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