17 駆け引きと逃走ー5
「よし、また女子校行こうぜ」
「やだよ。絶対行かないからね」
翌日、校外マラソン中に友人から突然の提案が飛んでくる。遠慮したいお誘いが。
「2日前に行ったばかりじゃないか」
「いや、この前と違う所。アニメに出てきそうな制服を見つけたんだよ」
「いいよ、興味ないし」
「冷たい奴だな。なら1人で行って来るわ」
「えぇ…」
どうやら彼はハマってしまったらしい。監視という怪しい趣味に。
放課後になると駅で颯太と解散。彼は電車に乗り込み本当に1人で目当ての学校に突撃してしまった。
「そのうち女子の制服とか手に入れて学校に潜入しそうだ…」
もしそうなったら友達を続けていく事は難しくなるかもしれない。巻き込まれたくないので。
「ん~」
地元に帰って来ると駅前の本屋に寄り道する。並んでいる客の隙間から手を伸ばして1冊の雑誌を手に取った。
小学生の頃から愛読している漫画誌。夢中で読んでいる訳ではない。ただの惰性。毎週この曜日になると自然に本屋へと足を運んでしまっていた。
「ははは」
30分程かけると読破達成。続けて隣に置いてある分厚い本に手をかける。たまにこうして立ち読みに没頭していた。新境地開拓を目的に。
「……そろそろ帰ろうかな」
あらかた目を通した後は鞄を持って出口に向かう。気が付けば入店から1時間近くが経過していた。
「お?」
自動ドアをくぐると駅前の大通りに出る。そこで見知った後ろ姿を発見した。
「お~い、華恋」
「……なんだ、アンタか」
声をかけた瞬間にその人物が振り返る。教室で別れた同居人が。
「何してたの? こんな所で」
「さっき電車に乗って帰って来たんだけど…」
「あれ? でも今、本屋から出ていかなかったっけ?」
「き、気のせいじゃない」
「んん?」
少し先に店を出た女子高生が華恋に見えたのだが。どうやら勘違いだったらしい。
「今日ってバイトないんだっけ?」
「ん……まぁ」
「そっか。なら一緒に帰ろ」
「別に良いけど…」
「あんまり嫌な顔しないでくれよ。グサッとくる、グサッと」
目の前には数ヶ月前を彷彿させるドライな態度が存在。最近の彼女にしては珍しいテンションの低さだった。
「昨日はごめん。メール気付かなくてさ」
「……ん」
「何分ぐらい待ってたの?」
「さぁ?」
「や、やっぱり怒ってるよね。迎えに行かなかった事」
「別に」
「立ち読みしてたらお腹空いてきちゃった。今日の夕御飯は何かなぁ」
「知らん」
「えぇ…」
やはり機嫌が悪いらしい。返事も素っ気ないし目も合わせてくれない。
「……何よ」
「いや、なにも言ってないし」
「ふんっ!」
距離を置くように歩幅をズラす。しばらくすると振り返った彼女が物凄い形相で睨み付けてきた。
「黙ってないで少しは喋りなさいよ」
「え~」
「一緒に帰りたいって言い出したのアンタでしょ?」
「いや、だって…」
話しかけても返事をしてくれないから黙り込んだのに。意志の疎通が図れていたらこんな状況にはなっていなかった。
「あ~あ、もっとちゃんと会話出来る男の子と一緒に帰りたかったなぁ」
「……すいませんね。まともなお喋りも出来ない奴で」
「やっぱりこの前の告白、受けておけば良かったかも」
「ちょっ……人に断らせておいてそれは無いでしょ。わざわざ恥ずかしい思いまでして教室に残ってたのに」
「あの先輩、優しそうだったし。いろいろ楽しい話とかしてくれるかもね」
「あれ? でも前はあんな人お断りだみたいな事を言ってなかったっけ?」
「い、いや……よくよく考えてみればああいう人もアリかな~って思ったり」
「む…」
当て擦りのような発言が飛んでくる。昨日の件をまだ根に持っているであろう台詞が。
「あ……小腹が空いたからコンビニ寄ってくる。何か買ってきてほしい物ある?」
「ん?」
「先に帰ってて良いよ。しばらく時間潰してから帰るから」
咄嗟に近くにある店を指差した。特に用事はなかったのだがこのまま彼女と一緒にいたくないので。
「……どうして付いてくるの?」
「付いて来ちゃ悪いのか?」
「いや、そんな事はないけど…」
けれど振り払おうとした人物まで体の向きを変えてしまう。不本意ながらも2人並んで入店した。
「また立ち読み? さっきもやってたじゃん」
「い、いいじゃん。別に」
「ちっ…」
数分前に本屋で読んでいた漫画と同じ物を手に取る。今からこれを読むから先に帰ってくれオーラを放ちながら読書をスタートした。
「ん~」
「……えぇ」
しかし思惑は見事に外れる事に。隣にいる相方まで同じ行動を始めてしまった。
「ねぇ、まだ帰んないの?」
「ん? あぁ、そろそろ出よっか」
5分程が経過した頃に話しかけられる。急かされてしまったので雑誌を元あった棚へと返却した。
「アンタ、どんだけ漫画好きなのよ。そんなに好きなら買って読みなさいよね」
「そ、そうだね」
「何にも買わないの?」
「うん、いいや」
商品を購入する事なく2人で店の外に。冷やかしなのに店員さんにお礼の声をかけられてしまった。
「お腹空いたって言ってたからサンドイッチでも買うと思ってたのに」
「特に欲しい物が無かったんだよねぇ」
「はぁ? 店に入ってから立ち読みしかしてなかったじゃない、アンタ」
「うっ…」
気まずい尋問に遭いながら駐車場を横断する。その途中で2人乗りした高校生の男女に遭遇。どうやらこのコンビニに用があるらしい。彼らにぶつからないように避けながら道路へと戻った。
「ああいう2人乗りって憧れない? 青春の象徴って感じがして」
「でも道交法的には違反よ、アレ。お巡りさんに見つかったら注意されちゃう」
「いや、そうなんだけどさ。一度ぐらいやってみたいなぁ」
自分みたいな華奢な人間に2人分の体重がかかったペダルを漕げるかは疑問だが。イメージでは立ち漕ぎすら困難でしかない。
「自転車に乗って駅まで行けば良いじゃない。それで帰りに2人乗りすれば」
「駅の駐輪場、有料なんだよね。路駐したら役所の人に持っていかれちゃうし」
「近くのスーパーに停めておけば良いでしょ。あそこなら無料だもん」
「う~ん……でも後ろに乗せる女の子がいないのが問題なんだよなぁ」
目的が果たせないならわざわざ実行する意味は無い。モテない境遇が招いた悲しい結論だった。
「いった!? いきなり何?」
「なんかムカついたから」
「はぁ?」
空を見上げていると腹部に衝撃が走る。隣の人物による鞄を使った攻撃を喰らったせいで。
「あっ、もしかして後ろに乗ってくれるつもりだったんですか?」
「んなわけないし。自惚れんな」
「な、ならどうして怒ってるのさ。鞄までぶつけてきて」
「急に雅人に鞄をぶつけたい衝動に駆られた」
「いやいや…」
そんな適当な理由で殴られたのではたまらない。理不尽すぎる動機だった。
「そういうのイジメって言うんだよ。イジメよくない」
「あら、そうなの? それは知らなかったわ。ならアンタ以外の人にはやらないように気をつけなくちゃ」
「で、明日やる? 二ケツ」
「だからやんないって言ってんでしょ。やりたいなら1人でやりなさい」
「1人で2人乗りってどうやってやるのさ。分裂でもしない限り無理だし」
もう少しノリが良いタイプだと思っていたのだが。マナーを気にしているのか断固として拒んでくる。
「どこかに後ろに乗ってくれる優しい女の子はいないものか」
「……ん」
「この際、可愛ければ男でも良いや。見た目が女の子っぽく見えるなら」
「そ、そんなに私を乗せて走りたい?」
「いや、でもやっぱり男はダメだ。テンションが下がる。乗せるなら美人じゃなくても良いから女の子で」
「む…」
「あれ? 何か言った?」
「……なんも」
冷静に考えてみれば2人乗りするにしても行く場所がない。地元には遊べそうな場所もあまりないし。なので夢の女の子乗せは諦めて普通に徒歩通学する事にした。