17 駆け引きと逃走ー1
「……このっ!」
手に持っていた金属製のバットを力いっぱいに振る。凄まじい速さで飛んでくる白い球を目掛けて。
「ありゃ?」
しかし目論みは失敗。背後からは大きな衝突音が聞こえてきた。
「おいおい、さっきから1回も当たってないぞ。これ小学生用の速さだぜ」
「おっかしいな。タイミングは間違えてないと思うんだけど」
「ボールより下の方振ってるわ。あと腰が引けてる」
「あれ。そうかな?」
「もっと恐れずに近付け。こう、恋人にキスする感じで」
「唇がもげちゃうよ」
颯太のアドバイス通り半歩近付いてチャレンジしてみる。けれど全球空振り。ただスイング練習をしただけで終わってしまった。
「なんてこったい…」
「まず構えがダメだよ。面白い格好してバット振ってる」
「そんな訳ないじゃないか。普通にやってるって」
「嘘じゃないぞ。動画撮って見せてやりたいぐらいだ」
「そ、そんなにおかしいかな?」
「おうよ。向こうにいた女性にも笑われてたもん」
ネットをくぐりながら友人が指差した先を見る。そこにはベンチに腰掛けている年上と思しき人物が存在。
「……嘘」
「あの人、キレイだよな。ああいう人が彼女とか羨ましいわ」
「今、バッティングやってる人が彼氏かな」
更に女性のすぐ前のボックスには1人の男性が入っていた。身長の高い爽やか系のイケメンが。
「良いなぁ良いなぁ、俺もあんな風にデートしてみたい」
「デートって決まってるわけじゃないけどね。友達同士かもしれないし」
「友達同士だとしても男女2人っきりならデートだろ?」
「まぁ、そうかな…」
「その奥にも白い服を着た男女が10人ずつぐらいいるから皆デートだな」
「待って待って! 僕にはその人達が見えないんだけど!」
羨望の眼差しで彼らを見つめる。憧れ以外の感情が湧いてこなかった。
「はぁ……俺を応援してくれるのはムサい男かよ」
「悪かったね、可愛い女の子じゃなくて」
「でも雅人ってカツラ被ったら女の子っぽくなりそうじゃない?」
「そんな趣味ないよ。やめてくれ」
「でもロングのウィッグを付けて服もそれっぽくしたら……ん?」
「え? どうしたの?」
「いや、何でもない。じゃあやって来るわ」
颯太が意気揚々にネットをくぐる。入れ違いになる形で。
「一体なにを想像したのか…」
財布から100円玉を取り出すと機械へ投入。そのままバットを大きく振りかぶった。
「俺の本気を見せてやる! ずぉりゃあっ!」
気合いを注入する為に叫ぶ。言葉に表しにくい台詞を。
「ぐふっ!?」
「あぁっ! 大丈夫?」
直後に飛んできた白球が脇腹に命中。上半身を押さえてもがき苦しみ始めた。
「あ……あぁ、平気だ。問題ない」
「前に立ちすぎなんじゃないの?」
「そうだな。少し後ろに下がるか」
忠告を聞き入れたのか素直に一歩後退する。起き上がるとバッティングを再開した。
「ぐっほ!?」
「だ、大丈夫?」
「あ……あぁ、平気だ。問題ない」
「まだ下がった方がいいかも」
「そ、そうだな。そうするか」
しかし今度は顔面に命中する羽目に。ボールが有り得ない角度に飛んできていた。
「うごふぉっ!?」
「あれ? これ何かおかしくない?」
「う、うぐぐぐっ…」
「まるで狙ったように飛んできてる。もしかしたら機械が故障してるのかも」
「お、俺の玉が潰れる…」
三度目の正直を試みるが失敗に終わる。友人の股間にボールが直撃したせいで。
「……はぁ」
突然バッティングセンターに行きたいと誘われてやって来たのだが結果は散々。野球経験ほぼゼロの自分達は甘く見ていた。ただバットを振って当てるだけだと考えていたがその単純作業が難しい。端にある一番遅いコースですら掠る程度だった。
「彼女かぁ…」
数メートル先にいる男女に意識を集中する。背の高い爽やか系彼氏と、髪の毛を染めた今時系の女性に。恋人を作った経験の無い人間にはその楽しさが分からない。友人がバッティングに励んでいる間もお喋りをしているカップルから目が離せないでいた。
「……帰るか」
「ん? もう満足?」
「体が限界だ。頭がフラフラするぜ」
「鼻から血が垂れてるけど大丈夫?」
「あぁ、問題ない。エロ本を読んだとか言っておけばごまかせるだろ」
「誰に何をごまかすつもりなのさ?」
ネットの中から満身創痍の人間が現れる。顔にアザを作り、鼻にティッシュを詰めた友人が。
一通り楽しんだ後はバットを元あった場所に返却。疲労感と解放感を蓄積しながら施設を出た。
「これからどうするの?」
「う~ん……雅人が6人に見えるから皆で鬼ごっことか良いかもな」
「先に病院に行った方がいいんじゃ…」
「あ~あ、女の子のパンツ見たいぜ」
2人してのんびりと歩く。海城高校近くにある交通量の多い道路を。
「ちょ……いきなり何てこと言い出してんのさ!」
「だって彼女いたらいろいろ出来るわけだろ。パンツ見せてもらったりベタベタ体触らせてもらったり」
「自分の下着見せる女とかただの露出狂じゃん。そんな変態と付き合いたいの?」
「エロい女の子とか最高じゃないか。俺は喜んで受け入れるぜ!」
「や、やめてくれ…」
道路の真ん中で友人と口論を開始。いくら通行人が少ないとはいえ恥ずかしかった。
「実際に女の子のパンツ見た事ある? 本とかじゃなく目の前で」
「な、ないよ」
「だよなぁ。風でスカートがヒラッと捲れる事なんて中々ないもんな」
「どれだけ下着を見たい気持ちで満ち溢れてるのさ…」
本当は何度かある。だけど言い出す事が出来ない。もしそれを口にしたら彼は激怒してしまうから。
「女子校行ってみようぜ。あっちにお嬢様学校あるだろ」
「行って何する気なの?」
「特に何も。ただ校門から出てくる可愛い女の子達を眺めてるだけ」
「……えぇ」
呆れた態度を前面に押し出した。しかしそんな気持ちを知ってか知らずか友人は目的地を勝手に設定。やがて槍山女学園と書かれた学校に辿り着いた。
「あれ? 人少なくね」
「当たり前じゃん。今日祝日だよ? だから僕達だってここにいるんじゃないか」
「し、しまったあぁぁぁ!」
「徒労だったね。わざわざこんな所まで来たのに」
「おぉ、神よ……アナタはどこまで私を嫌うのですか」
「オオカミ?」
せっかく学校へやって来たものの肝心の生徒はほとんどおらず。バッティングセンター同様に空振りという結果に。
「また明日来よう。平日ならおにゃの子いっぱいいるハズだし」
「やだよ。そこまで興味ないし」
「嘘つけ! 雅人だって本当は可愛い女の子に興味津々なんだろ!」
「別に女子ならうちの学校にも大勢いるじゃないか。いちいち他の場所まで来なくても」
「女子校ってシチュエーションにそそられるんだよな。男を知らない無垢な人間って感じがしてさ」
「エロゲのやり過ぎだよ。頭、大丈夫?」
意見の衝突が止まらない。その後は理想のカップル像や好みのタイプについて語り合いながら駅へとバック。地元の街で解散となった。




