16 家出と幽霊ー4
「あ~、良いお湯だった」
「おかえり。窮屈じゃなかった?」
「全然。うちの家より広かったから余裕よ、余裕」
「そっか。なら良かった」
頭にタオルを巻いた人物が現れる。インド人のようにターバンを巻いた2人組が。
「じゃあ次は華恋の番。バイト行った後だから疲れてるでしょ?」
「いや、今日はやめておきます」
「なんでさ。汗かいたんだから入ってサッパリしてきなって」
「あはは……少し熱っぽいので遠慮しておこうかなぁ」
「1人で入るのがそんなに嫌なの?」
「な、ななななそんな訳ないじゃない! 幽霊なんか信じてないし」
4人揃ったタイミングで二回戦を開始。親切心と悪戯心を織り交ぜた言葉を発した。
「一緒に入ってあげようか?」
「……は?」
更に耳元に近付いて話しかける。不安を和らげる為の解決策を。
「こっちも2人で仲良く入れば怖くないかなぁと思って……スイマセン」
「アーーハッハッハッ!」
「ひいぃっ…」
しかし無に近い笑顔が怖いのですぐに離れた。どうやらジョークを聞き流す余裕すらないらしい。智沙達がいなかったら殴られていたかもしれない。そう思えるほど向けられた表情は危機迫っていた。
「体調悪いなら無理して入らない方が良いわよ。高熱出しても嫌だろうし」
「うん、だから今日はやめておく」
「じゃあ皆でトランプやろ。鞄に入ってるから」
労働者の入浴が中止になる。代わりに髪を乾かした友人が二階からプラスチックのケースを持ってきた。
「家出してきたというのに随分と呑気だね。トランプ持参とか」
「別に良いじゃない。それより何やる? ババ抜き? それとも七並べ?」
「ババァならここに3人…」
「オラァッ!!」
「うりゃっ!」
「ぐえぇっ!?」
絨毯の上に4人で座る。夕方のようにジュースやらお菓子を持ち寄って。地味な遊びだが一度やり出すと止まらない。時間を忘れて楽しんだ。
「眠たいの?」
「うん……まぁ」
「なら無理しないで部屋に戻りなよ。明日もバイトあるんでしょ?」
「夕方からだから大丈夫。まだ平気…」
しばらくすると異変に気付く。何度も瞼を擦っている華恋の様子に。
「我慢したら明日がしんどくなるよ?」
「う~ん……でも皆はまだ起きてるんだよね?」
「いや、華恋が眠たいなら僕達も寝ちゃうけど。騒いでたら悪いし」
「じゃあ、そうしようかな…」
彼女がギブアップ宣言を出したので夜更かしは中止。それぞれの住処に引っ込む事になった。
「智沙の寝場所どうしよう。それが問題だ」
「このソファ貸してくれれば良いから。あと出来ればタオルケットを1枚」
「それはちょっとなぁ……僕の部屋のベッド使って良いよ」
「え? なら雅人はどこで寝るのよ?」
「ここ」
ソファをボフボフと叩く。床より柔らかくて布団より硬い場所を。
「それはさすがにアンタに悪い気が…」
「気にしなくていいって」
「じゃあ2人で一緒に寝る?」
「すいません。それだけは勘弁してください」
「なんでだ、テメェーーッ!!」
「うぐっふ!?」
口論の末に飛んできたのは強烈な拳。そして最終的には自分の意見が採用される事になった。
「いてて…」
「じゃあ、おやすみ~」
「お、おやすみ」
皆それぞれの部屋に戻って行く。立ち去る妹や同居人の姿を眺めながら友人が耳元に接近してきた。
「……本当に良いの?」
「良いって。智沙って寝相悪そうだからソファだと落ちそうだし」
「別にそういうのは気にしてないけどさ。無理やり押し掛けといて悪い気がするし」
「平気平気。それより本当に家出してきたの?」
「え?」
質問に答えるついでにこちらからも問い掛けてみた。ずっと気になっていた疑問を。
「あはははは、実は家出なんかしてない」
「やっぱり…」
「ごめんごめん。ただ暇だったから遊びに来たかっただけ」
「なら最初からそう言えば良かったのに」
予想通り虚偽と判明。目の前には悪びれる様子のない笑顔があった。
「けど急に泊めてって言ったらアンタどうしてた?」
「全力で追い返す」
「でしょ? だからわざわざこんな嘘ついたのよ」
「もっと他にやる事あるでしょ。いくら暇だからってさ」
「サラバだ!」
「あ、ちょっ…」
睨み付けていると彼女が廊下へと飛び出していく。そのまま素早く階段を上がって逃走してしまった。
「はぁ…」
とりあえず親と喧嘩したわけじゃなくて一安心。スッキリした所で押し入れから余っている布団を持ってきた。
トイレに行った後は部屋の照明をオフに。ソファに寝転がって布団を被った。




