16 家出と幽霊ー1
「お邪魔しま~す」
「まだ誰も帰って来てないみたいだから挨拶しなくても良いよ」
「え? いや、トイレの前に女の人が立ってるけど」
「そんなバカな…」
平日の夕方。学校が終わった後に颯太を連れて自宅へと帰ってくる。季節は秋だが夏の暑さが微妙に残っていた。
「何か飲む? 喉乾いたでしょ」
「悪いな。なら醤油貰うわ」
「自殺願望でもあるの?」
「先に二階に行ってるぜ」
「あ、じゃあこれだけ宜しく」
「おうよ」
友人に鞄を預けるとキッチンに向かう。2つのグラスに烏龍茶を注いで階段を上がった。
「お待たせ……って何やってるの?」
「ん? 俺の大事なコレクションが無事かどうか確認してんだよ」
そのままドアが開きっぱなしの自室へ。中に入ると本棚の裏を覗き込んでいる後ろ姿を見つけた。
「それのせいで大変な目に遭ったんだよ。頼むからもう持って帰ってくれないかな」
「大変な目って何? もしかして家族に見つかったのか?」
「あ、いや…」
慌てて口を塞ぐ。本心を濁すように。
「見つかりそうになってヤバかった時があってさ…」
「誰に? まさか華恋さんか?」
「ま、まぁ…」
「おいおい、気をつけてくれよ。発見されたら俺までヤバいんだし」
「努力する」
「もしバレても雅人の物って事にしておいてくれ。頼むから」
「無責任すぎるよ…」
友人が手を合わせて拝む動作を連発。もう既にそういう風になっているとはとても言い出せなかった。
「あぁ、俺も女兄弟が欲しかったなぁ」
「どっちかあげようか? 2人もいらないから」
「マジか! なら華恋さんをくれ」
「やっぱりそっち選んだか」
「華恋さんが妹とか最高のシチュエーションじゃないか。お兄ちゃんって呼ばれてぇ」
「……はは」
乾いた笑いを浮かべる。グラスに入った烏龍茶を口に含みながら。
「ん?」
趣味の話題で盛り上がっていると階段を上がってくる音が小さく反響。誰かが二階に上がってきていた。
「もぅ、何で先に帰っちゃうの。お兄ちゃ…」
その直後に部屋のドアが開く。ノックもされないまま。
「……あ」
入ってきた人物と視線が衝突。そこにいたのは数十分前に教室で別れた同居人だった。
「お、おかえり」
「……っ!」
「あっ……ちょっと!」
出迎える挨拶を飛ばすがスルーされる。彼女はドアを閉めたかと思えば一目散に逃走。激しい音を立てながら階段を下りていった。
「……どうして華恋さん逃げ出したの? 俺がいたから?」
「た、多分ね。驚いて思わずドア閉めちゃったんじゃないかな」
「今、雅人の事をお兄ちゃんって呼んでなかったか?」
「え? 颯太の勘違いじゃないかな。僕には聞こえなかったけど」
「じゃあもしかして俺に言ってたのかな。いやぁ、参ったなぁ。ハハハ!」
「凄いポジティブ…」
友人が豪快に笑う。今のアクシデントを全く意に介さずに。
「なんか悪い事しちゃったな」
「別に気にしなくていいよ。それよりその手に持ってる本を隠さないか」
「おっと、ウッカリしてた」
「もしかしてそれを見たから逃げ出したのかも」
「うわぁあぁあぁぁっ!! だとしたら一生立ち直れねぇぇぇぇ!」
しかしその明るい表情は一瞬で崩壊。床を叩きながら項垂れてしまった。
「さ~て、そろそろ帰るかな」
「あ、うん。気をつけてね」
「じゃあ、おじさんとおばさんと華恋さんと妹と女の人に宜しく」
「え? 1人多いよ」
それからコレクションの無事を確認出来た友人は帰宅。華恋はよほど失態が恥ずかしかったのか客間に籠っていた。
「来ると思ってたよ。いや~、災難だったね」
「……くっ」
晩御飯の後に華恋が再び部屋へと登場する。帰宅時とは違いラフな私服姿で。
「しっかしいきなり入ってくるかな。普通ノックぐらいするでしょ」
「だ、だって…」
「今度からはちゃんと中を確認してよ。頼むからさ」
「う~…」
彼女は姿を見せるなりずっとドアの前で棒立ち。表情を歪めて歯を食いしばっていた。
「友達連れて来るなら先に言っておきなさいよね。そうすればあんな事にならなかったのに」
「なんで僕のせいみたいに言うんだよ。黙って入ってきた華恋が悪いんじゃないか」
「おかげで大恥かいちゃったじゃない、どーしてくれんのよ!」
「こっちだって恥ずかしかったって。どうしてくれるのさ」
「知らないわよっ、そんなの!」
お互い一歩も引かない。言い争いになるといつもこう。すぐに口論の連続だった。
「アンタが誰かを連れて来るなんて今まで無かったから油断してたのよ」
「いや、華恋がバイトでいない時とかたまに連れて来てるよ」
「え?」
「そんなしょっちゅうではないけど、漫画貸してあげたり」
颯太以外の知り合いをたまに招待していた。高校は別の中学時代の同級生を。ただ男友達を家に連れて来ると香織に悪い気がしたので昔からあまり呼んでいなかった。
「いつの間に…」
「別に隠す事でも打ち明ける事でもないかなと思って」
「まさか……女?」
「だとしたらどうするのさ」
彼女からの質問に強気で答える。ちょっとしたハッタリも交えて。
「その子にエロ本の在処をバラす」
「ちょっ……やめてくれよ、そういう脅迫。男の友達しかいないよ!」
「そ、そう。なら良いけど…」
「一体何を考えてるのさ…」
戸惑っている反応を見る限り本気でやるつもりだったらしい。嫌がらせにしても酷すぎる仕打ちだった。
「アイツ、変なこと言いふらさないかな? 心配なんだけど」
「それは大丈夫。向こうも驚いてて何が起きたか理解出来てなかったから」
「本当かなぁ…」
彼の気がかりは別の箇所に存在。爆弾を抱えている状態で別の爆弾を投下したりはしないだろう。
「そういえば妹モードの時、増えたよね」
「……うっ」
「1日限定だったハズなのに毎日やってない、それ?」
「ま、毎日ではないし。たまにだし…」
「そうかな? あれから頻繁にやってる気がするんだけど」
最近は2人っきりになるといつも猫なで声。学校やバイト先での不満を晴らすように甘えてきていた。
「ダメって言うなら……もうやらない」
「いやいや、全然ダメではないです」
「な、なら文句言わないでよ! 気持ち悪がられてるのかと思っちゃうじゃん」
「悪い。ただ意外だなぁと思ってさ」
「意外?」
「華恋のいつものキャラとかけ離れすぎてるからさ。しっかり者って感じだし」
料理も出来るし、人付き合いも上手い。同い年として劣等感を感じてしまう程、彼女は大人びていた。
「私、そんなしっかりしてないけどね。結構ぬけてる所とかあるし」
「例えば?」
「う~ん……急には出てこないかなぁ」
「うっかりパンツ穿き忘れて登校しちゃった事あるとか」
「な!?」
適当に思いついたシチュエーションを口にする。セクハラ全開の言葉を。
「ひでぶっ!?」
「死ねっ、バカ!」
「いったぁ…」
その直後に強烈なビンタが頬に炸裂。暴行犯は眉を吊り上げると不機嫌面で部屋を出て行ってしまった。




