15 偽妹とお兄ちゃんー2
「ならここにある漫画読んでも良い?」
「どうぞどうぞ。好きなだけ漁ってください」
「う~ん、どれから手をつけようかしら…」
訪問者が本棚を前に真剣に悩みだす。そんな姿を背にベッドに移動した。
「これでようやく眠りにつける…」
休日特有の空気が清々しい。カーテンの隙間から漏れる光を感じながら目を閉じた。
「ん…」
人が動く気配に意識が持っていかる。しばらくすれば出て行くだろう。そう思っていたが中々ドアの開く音が聞こえてこなかった。
「……どうしてそこで読んでるの」
「ん? 起こしちゃった?」
「いや、そうじゃなくて」
問いかけに対して華恋が返事を返してくる。床に座りコミックを広げた姿勢で。
「部屋に戻って読みなよ」
「え~、だっていちいち取りに来るの面倒くさいし」
「ならまとめて数冊持って行けば良いじゃないか」
「それも面倒くさい」
「好きにしてくれ…」
言い争う行為すら今は避けたい。小さな欠伸を放出すると再び瞼を閉じた。
「む…」
一度目が覚めてしまうと眠りにつくのにかなりの時間を要してしまう。短くて20分から30分。酷い時は1時間以上も。だから夜中にトイレに行きたくなった場合はよほどのピンチでない限り我慢していた。体を起こしてしまうと寝不足が確実だから。
「キャハハハハッ!」
「だからうるさいって!」
「だってコレ面白いんだもん」
「声出さずに読んでくれよ。頼むから」
「は~い」
「……はぁ」
ウトウトしかけていると笑い声が反響する。やかましい騒音が。
「うぅ……ぐすっ」
「今度は何!」
「めっちゃ良い奴、コイツ」
気合いを入れて目を閉じるがまたしても妨害の手が意識の中に介入。感動を表した啜り泣きが聞こえてきた。
「頼むから声出さないでくれよぉ…」
「だって、だって…」
「泣くのは分かるけど静かにお願い。寝不足なんだから」
「……うん」
「あぁ…」
今度こそはと決意し瞼を閉じる。三度目の正直を実行した。
「ねぇ」
「……何?」
「部屋暗いからカーテン開けて良い?」
「あのさぁ…」
しかし目の前の人物からはそんな心情を無視するかのような台詞を浴びせられる。安眠を妨害してくる発言の数々を。
「眩しいからカーテンは開けないで」
「じゃあ電気つけて良い?」
「人の話聞いてる!? 眩しくなるって言ってるじゃないか」
「せっかく気持ちの良い天気なのに寝てるなんてもったいないわよ。起きたら?」
「やだ」
もう意地になっていた。心の中にあるのは同居人への反骨精神だけ。
「ほら、起きた起きた~」
「ギャーーっ、眩しい!」
「良い天気よ。まさにお出掛け日和」
「体が溶ける…」
「バターか」
顔を隠していた布団を剥がされる。そのせいで窓から射し込む太陽光がモロに直撃した。
「そうだ、布団干そう。良い天気だからポカポカになるわよ」
「行ってらっしゃい」
「何言ってんのよ。これも干すに決まってんでしょ……っと」
「うわっ、何をする!」
更には無理やり奪い取られてしまう。意思や意向を完全に無視して。
「ほら起きた起きた~」
「返してくれぇ…」
「ダ~メ、この子は今から外で日光浴するんだから」
「そ、そんな…」
抵抗の言葉を無下な態度で返されてしまった。冷気が堪えるのでアルマジロのように体を丸めて対応した。
「うぅ……寒い」
「いい加減、観念して起きなさいよ」
「この外道。人の安眠を妨害するなんて」
「も~、だっらしないわねぇ」
「今日は妹なんじゃないの? どうして兄貴にこんな酷い真似するのさ」
「……あ」
我慢が出来ずにツッコミを入れる。この不自然な状況についてを。
「んっ、んんっ…」
「何?」
「お兄ちゃん。華恋、ヒマだからどこか遊びに連れてって」
「やだよ。1人で行って来な」
「私、お兄ちゃんと一緒に出かけたい。ねぇ良いでしょ?」
「こんな可愛くない妹とは1秒たりとも側にいたくない」
彼女が態度を翻して甘えた声を発信。とはいえ芝居と分かっているので冷たく突き放した。
「えいっ!」
「がはっ!?」
「ほ~らぁ、起きてよぉ」
「ゲ、ゲホッ…」
「お兄ちゃ~ん」
「……うぅ」
壁の方を向くと脇腹にエルボーが飛んでくる。呼吸が出来なくなる程の強烈な制裁が。
「ねぇねぇ~」
「とんだバイオレンスな妹だ…」
「あ、起きた」
「そっちが起こしたんじゃないか……まったく」
そのせいで眠気は完全にゼロの状態に。ベッドの上にあぐらをかいた。
「出かけるって言ってもまだ朝の9時だよ? どこの店も開いてないって」
「別に外出したい訳じゃないから。ただアンタを起こして遊びたかっだけ」
「……あのさ」
「アンタ達2人共、休日は昼まで寝てるから暇なのよね~」
「なら華恋も寝てれば良いじゃないか。無理して早起きしなくても」
「だって目が覚めちゃうんだもん」
まだ眠たいので呂律が上手く回らない。対照的に彼女はハキハキとした口調だった。
「いつも早起きして何やってるの?」
「アニメ見てる」
「ほ、ほう…」
「朝のも結構面白いわよ。アンタも一緒に見てみなよ」
「そだね…」
とりあえず喉が乾いたので一階へと下りる事に。洗面所に向かいベタついた汗を洗い落とした。
「そういえばバイトは?」
「今日は休み~」
「そっか」
リビングへやって来るとソファに腰掛ける。テレビ画面には小さな女の子が妖精と会話しているシーンが映し出されていた。
「面白いの、コレ?」
「面白いわよ。声優さん豪華だし」
「でも子供向けというか、幼稚すぎるというか」
「だって小学生向けの作品だもん。仕方ないじゃん」
「……あの、妹キャラからすぐ元に戻ってるよ」
「はっ!?」
ちょくちょく変化する態度を指摘する。控え目な口調で。
「ゴメンね、お兄ちゃん。もう変な喋り方したりしないから」
「いや、えと……別にどっちでも良いっすよ」
「約束したもんね。今日1日は妹でいるって」
「そ、そうだね…」
ワザとらしい声をあげた彼女がジリジリと近付いて来た。獲物を狙う肉食動物のように。
「お兄ちゃんの体おっきいね」
「ちょっ…」
「良い匂いがするぅ」
何をするかと思えば勢い良く抱きついてくる。脇の下に腕を回してきた。
「は、離してって。何するのさ」
「やだぁ~」
「すいません、許してください。勘弁してください!」
「……どうして怯えてんのよ」
タックルやエルボーを喰らった影響か。暴力を振るわれるのではという焦りが思考を覆ってきた。
「本当に離れてよ。マズいから、コレは」
「何がマズいの?」
「そりゃあ…」
問い掛けに対して言葉が詰まる。上手い返しが思いつかなかった。
「エヘヘヘ~」
「……んっ」
困惑している間も彼女は密着状態を維持。飼い主に甘える猫のように引っ付いてきた。




