14 手紙と告白ー5
「おはよう」
「……あ」
「ん? どしたの?」
「な、何でもない…」
「んん?」
翌朝に彼女が1人でキッチンにいたので挨拶する。しかし前日同様に口数が少ない。
「えぇ…」
話しかけても小さく頷くだけ。そんな様子を気にかけた香織が声をかけたが『大丈夫』とだけ返してきた。
「……はぁ」
盛大に溜め息をつく。彼女をこんな風にしてしまった原因は恐らく自分だろう。昨日の発言による後遺症だった。
一瞬、好意を持たれているんじゃないかと考えたがそうじゃない。ただ単にウブなだけ。
好きな人を尋ねたら怒り出した理由も今なら納得出来る。免疫がないから戸惑っていたのだ。
「何を落ち込んでんのよ?」
「いや、別に…」
通学中の電車の中で智沙が下から顔を覗きこんでくる。神妙な面持ちで。
「ねぇ、アンタ達2人なんかあったの? 朝からずっと暗いけど」
「何かあったと言えばあったが……なかったと言えばない」
「はぁ? どういう事よ」
「つまりダイヤモンドは案外脆かったという事さ」
「意味わかんない…」
駅に着くとホームに下車。学生の流れに乗って海城高校へとやって来た。
「……あ」
「ん?」
「え、え…」
「う、うわあぁあぁぁっ!」
そして昇降口にやって来た時に事件が起こる。同居人の下駄箱の中に上履き以外の物が存在。それは数日前に見たのと同じ白い封筒だった。
「これもしかして…」
「ち、違っ…」
「見せて!」
すぐさま手を伸ばす。彼女より先に。
「あ……ちょっと」
「少しだけ、少しだけだから」
場の空気を変える為にからかってみた。ここで自分が手紙の存在を気にかけないと不自然になるし。気分は好きな女の子をイジめる悪ガキだった。
「いてっ!?」
「返しなさいよ、馬鹿っ!!」
「いっ、つうぅ…」
けれど封を開ける前に制裁を喰らってしまう。学生鞄を武器としたハンマー攻撃を。
「はぁっ、はぁっ…」
「ご、ごめん。調子に乗り過ぎた」
「うぅ…」
「悪かったよ。だからあまり睨まないで」
目の前にあったのは悔しそうに歯を食いしばった表情。明らかに不機嫌を爆発させた顔だった。
「……あ」
弁明を繰り広げていると彼女が自身の置かれていた状況に気付く。大勢の生徒に注目されている状態に。
「くっ…」
騒がしい空間が瞬間的に静寂へと変化。直後に叫び声をあげた張本人は手紙を片手に廊下の奥へと逃走してしまった。
「大丈夫?」
「……もうダメかもしれない」
「アンタが学習しないからよ。この前と同じ事するんだから」
「ねぇ、血出てない? ここ」
「出てない出てない。何ともないわよ」
友人と2人して取り残される。大袈裟に痛みを訴えてみたが冷たい反応だけが返ってきた。
「しっかしまさかあそこまで怒るとはねぇ…」
「あれが華恋の本性なんだよ」
「バ~カ、雅人が小学生みたいなイタズラするからでしょうが」
「ちぇっ…」
どうやら彼女は今のやり取りを珍しい事故だと思っているらしい。だが浮かべている表情はどこか訝しげ。
「ん…」
教室へとやって来ると席に座っている華恋を見つける。まるで何事もなかったかのように友人達に振る舞っていた。
手紙の中身は気になるが接触はしない。また怒られてはたまらないし、どうやっても見せてはくれないだろうから。そして休み時間中の行動も別々。顔を合わせるのが気まずいので距離を置いて過ごした。
「……ふぅ」
放課後になるとそそくさと学校を退散する。1人きりで電車に乗り、1人きりで下校。
「恋人かぁ…」
もしかしたら今回は一歩進んで名前を公表しているかもしれない。それかどこかに呼び出して告白とか。だとしたら今頃は男子と2人きりの状況だ。
「青春だねぇ…」
今までに誰かと交際した経験はない。自分だけではなく周りの友人達も。だけどいつかは失恋や結婚というイベントに足を踏み入れる日が訪れるのだろう。その1人目が華恋だった。




