14 手紙と告白ー4
「な、なんだとぉーーっ!!」
翌日、学校からの帰り道で颯太が大声を出す。近所の人に聞かれたら通報されそうな素っ頓狂な雄叫びを。
「ちょ……声大きいって」
「それ本当なのか!?」
「本当だって。中身も確認したし」
「ちくしょう! 一体誰なんだ、犯人は」
「僕だって言ったらどうする?」
「その場合は悪いが雅人には永久に眠ってもらう事になるな」
「……自分が犯人になっちゃうよ」
念のため彼にも手紙の件を話してみた。しかし返ってきたのは驚きを表す台詞。そのリアクションで差出人ではないと確信した。
「で、で、華恋さんは何だって?」
「まだ何とも。相手が分からないから返事のしようもないし」
「まさかそいつと付き合うなんて事にならないだろうなぁ」
「それはないと思うけど」
「華恋さんってどんな人が好きなの? てか好きな人いるの?」
「さぁ」
珍しく恋愛トークで盛り上がる。自販機で買ったジュースを片手に。
「なぁ、それとなく聞いてみてくれよ」
「好きなタイプを?」
「そうそう。気になるし」
「いや、無駄だと思うよ…」
前に彼氏がいるかどうかを尋ねた時は話を濁して教えてくれなかった。しかも怒りを露わにするオマケ付き。
「やっぱりダメ?」
「そんなに気になるなら颯太が直接アタックしなよ」
「それはヤバいだろ。好きなタイプを聞くって事はイコール告白するって意味じゃんか」
「ならもう好きですって伝えちゃえば良いじゃないか」
「もし告って振られたらどうするんだよ。俺、泣いちゃうぜ?」
「純朴だね…」
交際経験は無いが振られる事を前提に行動していては上手くいかない気がする。自分達みたいに成功率の低いタイプは特に。
「ん?」
友人と別れた後は真っ直ぐ帰宅。しかし誰も帰って来ていないのか玄関には鍵がかかっていた。
「また今日も一番乗りか…」
香織はいつものごとく道草だろう。今日は両親揃って夜勤でいない。バイト娘も帰りが遅くなるというのでインスタント麺を作って食べた。
「あれ? どこか出かけるの?」
「華恋迎えに行ってくる。外暗いし」
「おぉ~、優しいねぇ」
「コンビニ寄って来るかも。何か買って来てほしい物ある?」
「コンビニ!」
「無理」
夜になると妹に留守を任せて外に出る。普段はあまり乗らない自転車を使って駅前の焼肉屋へと出発した。
「ひゅ~、涼しい」
昼間は暑い季節とはいえ夜は快適だった。顔に当たる風が気持ち良い。
閑静な住宅街をのんびりペースで走る。一定間隔で設置された街灯と自転車から照らされるライトが暗い道の先を示してくれていた。
「へへへ…」
親切心を振り撒こうと思ったのは身を案じているからではない。前日の作戦を続けたかったから。
「ここでいいかな…」
店に到着した後は裏口付近に自転車を停めて待機。そして10分程が経過した頃に目的の人物を発見した。
「お~い」
「……何、待ち伏せ? やめてよね、ストーカーじゃあるまいし」
「ちょ……せっかく心配して迎えに来てあげたのにその言いぐさは無いんじゃないかな」
「冗談よ。ありがとうね」
「あ、うん…」
手を振りながら声をかける。驚かせるつもりが逆に不意を突かれる結果に。
「バイトどうだった? 大変?」
「まぁね。でもだいぶ慣れてきたし、これならやっていけるかも」
「そっか。なら良かった」
自転車を押しながら夜の街を移動。彼女の鞄をカゴに入れると並んで歩き始めた。
「アンタも一緒に働かない? 男手が欲しいって店長が言ってたわよ」
「う~ん……多分、続かないと思うから遠慮しておくよ」
「そっかぁ、残念。可愛い子も結構いるんだけどなぁ」
「……や、やっぱりやろうかな。バイト」
他愛ない話題で盛り上がる。初対面の頃なら考えられないような距離感で。
「このスケベが」
「あははは。冗談だって、冗談」
「本当かしら。よだれ垂らしてたけど」
「可愛い子なんて学校にもいるしさ。わざわざバイト先で探さなくても」
「ふ~ん、やっぱりそういう男だったんだアンタは」
空気は悪くない。僅かな緊張感さえも存在していなかった。
「いや、これぐらい普通でしょ? 男なら皆そういう計算するって」
「はいはい、そういう事にしといてあげましょうかね~」
「そっちはどうなのさ。昨日のラブレターの相手とか」
「うっ…」
尋問から逃げ出すように話題を転換させる。この場所へとやって来た目的を果たす為に。
「……別に。あんなのただの手紙じゃん」
「今日は来なかったの?」
「来てないわよ。どうせ誰かがからかう為にやってるんでしょ」
「それは無いと思うけど。だって華恋、男子に人気あるし」
「は、はぁ?」
ハッキリと好きとかそういう噂を聞いたわけではない。ただ彼女の事が気になる素振りを見せている男子を何人も知っていた。
「言わなくても自覚してるでしょ。モテてるって」
「あ、あるわけないでしょ。そんなの!」
「本当かな…」
モテる人間が口を揃えてこう言うのを知っている。漫画やドラマで得た知識だが。
「べ、別に私……そういうんじゃないし」
「え? 何だって?」
「そんなこと言われても嬉しくないっていうか…」
「手紙貰って顔真っ赤にしてたクセに」
「ち、違っ……あれは!」
彼女が両手を前に移動。そのままブンブンと左右に振りだした。
「嬉しかったですって素直に言えば良いじゃん。別に恥ずかしい事じゃないんだからさ」
「嬉しくなんかないし。恥ずかしくもないもん!」
「ふ~ん、ならもしその相手から告白されても断るんだ」
「あ、当たり前でしょ。何言ってんのよ」
「そっか」
つい口から出た出任せなんだろう。意地を張っているのがバレバレ。それでも断るとハッキリ意志表示してくれた事が嬉しかった。同時に手紙を盗み見てしまった事に対する罪悪感が心の中に出現した。
「ごめんなさい…」
「何をいきなり謝ってんのよ」
萎縮しながらボソボソと呟く。内容に触れないまま謝罪した。
「じゃあ今までに付き合った経験ってある?」
「……うっ」
「あぁ、ないんだ」
「だ、誰もそんな事言ってないし…」
「はいはい」
再び話題を本筋に戻す。彼女にとっては触れられたくないであろう領域へと。
「アンタの方はどうなのよ。そういうの貰った事ないの?」
「……えと」
「あぁ、ないのね。はいはい」
「ははは…」
あると言ったとしても本気にしてはもらえないだろう。この状況では。
かつて小学生時代に一度だけ手紙での告白をされた覚えがあった。年下の大人しい子に。
ただ彼女が直接教室に参上した為、周りのクラスメート達に目撃される羽目に。当然、手紙の中身も見られた。
とにかく照れくさくてスルーした点だけは覚えている。今になって思えば女の子に悪い事をしてしまっていた。
「アンタ、女子に対して免疫なさそうだもんね~」
「いや、華恋もだよ」
「はぁ? 私は全然平気だし」
「ならどうして手紙を隠したりするのさ。平気なら見せてくれても良いんじゃないの?」
「そ、それは…」
この話題になるとすぐに黙り込んでしまう。親に叱られた子供のように。
「気になるなぁ、手紙の中身」
「見せないって言ったでしょ」
「それは残念」
もう既に見てしまったとは口が裂けても言えなかった。そんな白状をしたら確実にビンタか拳が飛んでくるから。
「なんでそこまで気にすんのよ? アンタには関係ない事じゃん」
「ん~、どうしてだと思う?」
「また妹だからとか言い出すんでしょ、どうせ」
「いや、それもあるけど華恋の事が好きだからだよ」
「……え」
自分でも驚くほど恥ずかしい台詞を口にする。意図的ではなく無意識に。開放的な気分がそうさせたのだろう。だがその反応が明らかにオーバーな人物が隣にいた。
「うぇ、ふぇ…」
「落ち着いて。取り乱しすぎだよ」
「だ、だだだだだって!」
「好きって言ってもアレだよ? 家族としてって言うか友達としてっていうか」
「……あ、うん」
「だからあんまり変なリアクションしないでくれよ。こっちまで意識しちゃう」
別にごまかそうと言ったわけではない。心の底から感じている本音だった。
「まぁ、いきなりステッキで殴られた時は何だコイツって思ったけどさ」
「うん…」
「なんやかんやで家の事とか色々やってくれるし」
「……む」
「勉強とかバイトとか頑張ってるみたいだからさ、見てるうちにだんだん尊敬……してきちゃったっていうか」
「ありがと…」
「やっぱり凄いよ。ただ者じゃないわ」
もし自分が彼女と同じ境遇に立たされたら前向きに生きられるか分からない。知らない家で知らない人達と暮らせる自信がまるでなかった。
「でも素の時はやっぱり怖い。容赦なく鉄拳が飛んでくるし」
「……うん」
「え?」
またいつもの調子で叩いてくるかと予想。しかし隣を歩く人物は相変わらず頬を赤らめたまま俯いていた。
「大丈夫かな…」
その後はほとんど会話が無いまま歩く事に。行きに5分かけて走った道のりを倍以上の15分かけて帰宅した。
「帰って来たよ」
「おかえり~」
玄関をくぐると真っ直ぐリビングに向かう。ソファに寝転がっている妹に出迎えられた。
「お風呂ってどうなってる?」
「浴槽にお湯入れといたよ。まーくん達、先に入ってきなよ」
「ん、サンキュー」
出かけてる間に入浴の準備を済ませておいてくれた様子。こういう気遣いが出来る部分は母親にそっくりだった。
「先に入って来なよ」
「え?」
「ずっと立ちっぱなしだったから疲れたでしょ」
「あ……うん」
「ちょ……ストップ!」
「あたっ!?」
華恋に優先的な入浴を勧める。だが振り返った彼女は閉まったままのドアに顔から激突してしまった。
「何やってるのさ。大丈夫?」
「……つぅ~」
「ボーっとしてるからだよ」
ベタすぎる事故が発生。本人にとっては笑えないであろうボケが。
「華恋さん、大丈夫?」
「う、うん」
「疲れてるなら早く寝た方が良いよ」
「そうします…」
今度はちゃんとドアを開けて廊下へ。そして着替えとタオルを持参した後は再びリビングに登場した。
「お~い」
「え?」
彼女が歩いた場所を指差す。床に落ちている真っ白な下着を。
「あ…」
屈み込むと慌てた様子で回収。どんな反応をするかと思えば歯を食いしばってバスルームへと逃走してしまった。
「……う~ん」
「疲れてるのかな、華恋さん」
「だねぇ…」
普段なら注意散漫になる事なんてほとんど無いのに。家でも学校でも。
彼女は風呂から出るとそそくさと部屋に退散。先程の失態がよほど恥ずかしかったのか目も合わせてはくれなかった。




