14 手紙と告白ー3
「ちょいちょい」
「ん?」
帰宅後は部屋に引きこもる。そして遅れて帰ってきた妹を二階の廊下で呼び止めた。
「中に入って。話がある」
「何々、お小遣いでもくれるの?」
「そんな物よりずっと良い物を手に入れたよ。ふっふっふっ」
「うわぁ、悪い顔」
辺りに華恋がいない事を確認する。ドアを大きく開けると客人を中へ招き入れた。
「聞いて驚かないでくれ」
「なにが?」
「実は今朝、下駄箱の中にラブレターが入ってたんだ」
「え、えぇーーっ!?」
「ちょっ…」
開口一番に要件を報告する。その瞬間に甲高い叫び声が部屋中に響いた。
「大きい声出さないで! 下に聞こえちゃう」
「モゴモゴ……ご、ごめん」
「華恋には内緒なんだからさ。くれぐれも気をつけてくれよ」
「わ、分かった。でも何で内緒なの?」
「それは後で話すとしてどう思う?」
「何が?」
「だから相手がどんな人かって事。気にならない?」
「すっごく気になる! ラブレター見せてよ」
好奇心に満ちた目を向けられる。同時に彼女は真っ直ぐに手を伸ばしてきた。
「いや、実はまだ手に入れてないんだよ。今は華恋が持ってるから」
「はぃ? 華恋さんが?」
「そうなんだよ。恥ずかしがってるのか、なかなか見せてくれようとしなくてさぁ」
「……そうなんだ」
「だからどうにかして入手出来ないかと考えてるんだけど」
「ね、ねぇ。ラブレターの差出人って華恋さんなの?」
「はぁ? 何言ってるの?」
意味が分からない質問が飛んでくる。本人が自分宛てに手紙を出すという有り得ない内容の台詞が。
「だって、まーくんに手紙書いたんでしょ? 華恋さんが」
「どうして華恋が僕に手紙を出すのさ」
「え? え?」
「ん?」
先程から話が噛み合わない。微妙な齟齬が生まれていた。
「ラブレター貰ったのは誰なの?」
「だから華恋だってば」
「じゃあ、まーくんは?」
「僕? 僕はまだ見せてもらってない」
「くっ…」
「いでぇえぇぇっ!?」
その時、立ち上がった彼女が鞄を振りかぶる。何をするかと思えば鞄で勢いよく殴りかかってきた。
「紛らわしい言い方すんな、バカ!」
「ひいいぃいっ…」
「……まったく、もう」
「す、すいません…」
ペコペコと頭を下げて謝罪する。なぜ怒られているのか不明な状況に困惑しながらも。
「それで話って?」
「うん、だから華恋がラブレター貰ったでしょ? なのに必死で隠そうとしてるんだよ」
「そりゃ恥ずかしいもんね。普通は見せたがらないよ」
「でも誰から貰ったのか気にならない?」
「ま、まぁ…」
「だから香織にも協力してもらってだね…」
彼女の耳元で作戦内容を囁いた。下には聞こえてないと思うが念の為に小声で。
「えぇ……そんなに上手くいくかな?」
「だって他に方法思いつかないし」
「無理やりすぎない? 部屋に来られたらアウトじゃん」
「そこは君が頑張るわけだよ」
伸ばした手をソッと目の前の肩に移動。期待感を込めて優しく添えた。
「やれやれ、仕方ないなぁ。バカ兄貴の為に一肌脱いであげますかな」
「やった。頼みました、バカ妹さん」
「はっ!?」
なんやかんや言って彼女もノリノリ。こんな悪行、華恋がうちにやって来た頃なら有り得ない。それだけ自分達の間柄が親しくなっているという証でもあった。
「ふわぁ~あ……眠たい」
そしてその日の晩に早速行動に移る。既に両親が就寝したリビングでワザとらしく欠伸を出した。
「あれ、もう寝るの? 早いね」
「体育で持久走やったから疲れちゃってさ。寝る時は戸締まりの確認よろしく」
「ほ~い」
テレビを見ている女性陣の前を横切って廊下へ。階段は上がらず客間を目指した。
「手紙……どこだ」
襖を開けると中に入る。とりあえず机に置かれていた通学鞄を漁る事にした。
「ない、ない…」
けれどそれらしき物がどこにも見つからない。ゴミ箱の中も探してみたが空だった。
「まさか台所のゴミ袋の方…」
だとしたらここに来た意味がない。本人が隠し持っている可能性もある。彼女は用心深いから。
「……いやいや、こんな事したらダメじゃん」
続けてタンスを探ろうとしたが思い止まった。これでは泥棒と何も変わらない。冷静になってみて己の行動の恐ろしさに気付いた。
「あ…」
同時にある光景が脳裏に浮かび上がってくる。無断で自室に侵入してくる同居人の姿が。人の漫画を無断拝借。その行事は今でも時々行われていた。
「よ、よし…」
お互い様だと考えると罪悪感が大幅に軽減される。中断しようとした盗み見作戦を再開した。
「やっぱりもう捨てられちゃったかなぁ…」
引き出しの中を一段ずつ漁る。見えない部分は手を伸ばして。
「お?」
更に壁にかけられていた制服も確認。するとポケットの中に白い封筒を見つけた。
「やった、あった!」
目論見に成功する。急いで封を開けて中から便箋を取り出した。
「おっほぅ…」
書かれていた内容に思わず顔が熱くなる。ポエムを思わせるオシャレな文面に。自分が書いたわけではないのに心の中に羞恥心が発生。だが肝心の差出人の名前はどこにも記されていなかった。
「えぇ…」
どうやら一方的に気持ちを込めただけの手紙らしい。これだとクラスも学年も分からない。
「とりあえず……ごめんなさい」
便箋を封筒に仕舞った後はポケットの中に戻す。わざわざ危険を冒したというのに収穫なし。
「はぁ…」
リビングの様子を窺うと華恋はまだテレビを見ていると判明。彼女に見つからないように自室へと逃げ出した。




