13 チャレンジとダウンー6
「ふぅ…」
「また寝てなよ。熱下がってないんだから」
「……うん」
「38.9度か。朝より上がってるね」
「ゴメン…」
「いや、謝られても」
体温計で熱を測る。直後に本人が申し訳なさそうに謝罪。どうやらウイルスは華恋の凶暴性までも奪い取ってしまったらしい。
「……着替えたい」
「え? もしかして汗かいた?」
「ん…」
「タオル取ってくる。待ってて」
意外な態度に戸惑っていると次なる要望が出された。予想していなかった身体の相談事が。
「はい、これ」
「……ありがと」
「1人で出来る? 背中拭いたげよっか?」
「む…」
「ま、まぁそうだよね…」
タオルを手渡しながら助っ人を名乗り出るが睨まれてしまう。強靭な敵意が存在した瞳に。
「じゃあ向こうにいる。10分ぐらいしたら戻ってくるから」
彼女の意志を確認した後は廊下へと退散。ゆっくりと襖を閉めてその場に座り込んだ。
「ふいぃ…」
なかなか気が休まらない。苦しんでいる本人に比べたら大した事のない悩みなのだけれど。
時折、中から聞こえてくる咳払いを耳に入れながら待機する。そして物音が完全に消えたタイミングを見計らってゆっくりと戸を開けた。
「終わった?」
小さく声をかける。部屋の中で布団に潜っている女の子に向かって。
「あれ? 着替えは?」
「……もう着替えた」
「いや、そうじゃなくてさっきまで着てた衣類」
使用済みのタオルが床に転がっているのを発見。ただそれ以外の物が見当たらなかった。
「洗濯機に入れておくよ。どこにあるの?」
「えっと…」
「別に隠さなくても良いから。盗んだりしないし」
「ゲホッ、ゲホッ!」
「本当だって。信用してくれよ」
自分の着ていた物を見られたくないのだろう。ブラやパンツ等の下着類を。
「濡れたまま置いとくとカビ生えちゃう」
「……ん」
「お?」
説得を続けていると布団の横から手が飛び出してきた。グチャグチャに丸められたピンク生地の衣類が。
「こんな所に隠してたのか…」
彼女の手から下着を奪い取る。バスタオルと共に回収した後は脱衣場へと持っていった。
「入れてきたよ。もう隠してる物ないね?」
話しかけながら枕元に座り込む。振動を与えないように注意して。
「アンタ……学校は?」
「うん? サボった」
「え…」
「行ったけどすぐ帰って来ちゃった」
「……バカ」
「なっ!?」
上から顔を覗く形で会話を開始。直後に相手からは感謝の気持ちが微塵も感じられない言葉をぶつけられた。
「それだけ生意気な口が利けるなら大丈夫だよ」
「うるさいなぁ…」
「ここにいると邪魔? いなくなった方が良い?」
「ジャマ」
「……あっそ、分かりましたよ」
もう用済みだから立ち去れと言いたいらしい。口調が大人しくなっても基本的な態度は変わらない。
「ゴメン、やっぱここにいて…」
「え?」
「……ん」
「はいはい…」
しかし立ち上がろうとした瞬間に布団から出てきた手に腕を掴まれる。その行動を見て中腰体勢の体を元に戻した。
「……あ」
「おやすみ」
「ん…」
子供を寝かしつける母親のように彼女の頭を撫でる。振り払われるかと思ったが意外にも受け入れてくれた様子。
「はぁ~あ…」
同時に自身にも強烈な睡魔が到来。敷いてある布団のすぐ横に体を倒すとゆっくり目を閉じた。
「へっくし!」
それから何度も空想と現実の世界を往復する事に。女性と公園で遊んでいる夢を見たり。そしてハッキリと目が覚めた時には夕方近くになっていた。
「すぅ…」
「子供っぽい寝顔」
あぐらをかきながら再び撫でる。熟睡中の病人の頭を。
「あ、そうだ」
空腹感と共にある事を思い出した。買ってきた食料の存在を。部屋を出てキッチンへ移動する。冷蔵庫に入れていた唐揚げ弁当をレンジで温めた。
「うまっ…」
疲弊しきったからか普段より何倍も美味しく感じる。涙が出そうになるレベルで。
テレビを見ながら1人で過ごしていると妹も帰宅。玄関で出迎えた。
「おかえり」
「ただいま~。華恋さん、どう?」
「薬飲んで寝てる」
「そっか。なら病院に連れて行かなくても平気かな」
「大丈夫じゃない? 父さん達に診てもらえば良いと思う」
こういう時は身内に医者がいるというのはかなり心強い。神懸かり的な役得だった。
帰宅した父親にも診てもらったが予想通りただの風邪と判明。母親にはおじやを作ってもらった。
「今日ってバイトの予定入ってる?」
「うぅん……休み」
「そっか。なら良かった」
しばらくすると華恋も起床する。勤務先の予定を尋ねてみたが運良くシフトは入っていなかった。
「調子はどう?」
「だいぶ良くなったかも……てかアンタ何でまた来てんの?」
「いや、熱下がったかなぁと思って。ほい」
「ん…」
宿題を終わらせた後に再び客間を訪れる。暇潰しの意味も兼ねて。
「38度ジャスト。下がってきてるじゃないか」
「昼よりは楽よ。まだズキズキするけど」
「でも油断するとぶりかえすかもしれないからちゃんと寝てないと」
「はいはい。けど昼間タップリ寝ちゃったから目が冴えちゃってんのよね」
「それはいけない。睡眠薬たくさん持ってくるわ」
「……殺す気か」
顔は赤らんでいるものの朝みたいな辛さは感じられない。無事に完治へと向かっていた。
「はぁ……皆勤賞逃しちゃった」
「そんなの狙ってたの?」
「冗談よ。ただ学費払ってもらってんのに休んじゃうのも悪いかなと思って」
「明日も休んだ方が良いよ。念の為に」
「うん…」
空気が微妙に変化する。今までに感じた事がない穏和な物に。
「今日は添い寝してあげようか? 1人じゃいろいろ不安でしょ」
「バァ~カ」
冗談に対して罵声が返ってきた。いつもと違うのは彼女が笑顔だという事。
「じゃあ部屋に戻るから。何かあったらすぐ呼んで」
「……呼んだらすぐ来てくれるの?」
「ん~、漫画読んでなくて寝てなくて暇してたら来るかも」
「この役立たずが…」
「ひひ、んじゃおやすみ」
これだけ減らず口が叩けるのなら大丈夫だろう。笑った顔に安堵感を覚えながら二階へと戻った。