13 チャレンジとダウンー4
「ふぃ~」
「どうしたんだよ、溜め息ついて」
「朝からいろいろ忙しくてさ。ドッと疲れちゃった」
2時限目が終わった休み時間に美術室へと移動する。颯太と2人並んで。
「雅人が遅刻して来るって珍しいな。寝坊?」
「実は華恋が熱出しちゃってさ」
「な、何だと!? だから今日来てなかったのか!」
「うん。それで色々やってたら家を出るのが遅くなっちゃった」
「大丈夫だったのか!?」
「何とかね。先生には電話しておいたから怒られずに済んだし」
「お前の事じゃねぇよ、華恋さんの事だっ!」
「……あっそ」
友人の台詞に言葉が詰まった。予想通りな上に期待外れすぎて。
「熱ってどれぐらいあったんだ? まさか命に関わるほどじゃないだろうな!」
「そこまで大した事じゃないから平気だって」
吐き気はないと言ってたし、それなりに会話も出来た。何かあったら連絡するようにも言ってあるし。
「まぁ、大した事ないなら良いが」
「会えなくて残念だったね」
「帰りにお見舞いに行こうかな。いや、行くべきだな。行こう」
「それはちょっと……風邪伝染しちゃったら悪いし」
「何を言うか! 華恋さんの体内に存在するウイルスなら大歓迎だ!」
「そ、そっか…」
今の発言を本人に聞かれたらドン引きされてしまう。どうやら彼はかなり重い病気に侵されているらしい。
「おばさんが看病してんの?」
「いや、母さんもう仕事に行ってたから」
「え? なら今は家に1人でいるのか?」
「そうだよ」
「飯とか大丈夫かな」
「あ…」
指摘されて気が付いた。食事関係の不安を。朝食を抜いたからお腹を空かせているハズ。昼になったらさすがに何か口に入れないと元気も出ないだろうし。
「うおりゃあっ!! 美術の授業始めるぞ、うおりゃあっ!!」
「いけね、もう来やがった」
美術室の一角でたむろしていると先生が訳分からない掛け声と共に登場。その姿を見て友人も他のクラスメート達も一斉に自分の席へと戻った。
「……10時半か」
頬杖をつきながら窓の外の景色を眺める。家に残してきた同居人の姿を思い浮かべながら。
「ん…」
起き上がってトイレに行っているかもしれない。フラフラの体で。
「……あ」
そういえば昨夜は晩御飯を食べていない。つまり彼女はほぼ1日何も口に入れていなかった。
「ヤバい…」
睡眠前に薬を飲ませておけばこんな事にはならなかったのかもしれないのに。異変に気付いてあげられなかった事が悔しい。
スマホの画面を確認するが連絡は来ていなかった。とりあえず無事という事らしい。けれど連絡すら出来ないほど悪化している可能性もあった。
「う~ん…」
無意識に子供の頃の記憶が蘇ってくる。風邪を引いた時の出来事が。
熱を出して学校を休んで1日中家でゴロゴロ。学校をサボれると喜んでいたが昼を過ぎた頃から病状が悪化してきた。
誰かに助けを乞おうにも唯一の家族であった父親は仕事で留守。職業が医者にもかかわらず、苦しんでいる息子を助けられないというのも皮肉な話だ。
あの時ほど母親を欲しいと思った事はない。風邪による高熱以上に家に誰もいない状況が辛かった。
「……華恋」
なら彼女はどうなのか。家族のいない人間は誰にも助けを求める事が出来ない。
「んっ…」
迷っている時はまず行動してみろ。どこかで誰かに聞いた格言。いつ耳にしたかは不明だが今がまさにその時だった。
「あ、あのっ! 体調悪いんで早退させてください!」
「は?」
唖然とする教師やクラスメートを後目に授業中の美術室を抜け出す。教室で鞄を回収した後は学校を出発した。




