13 チャレンジとダウンー3
「あれ?」
そして翌日の月曜日の朝、とある異変に気付く。いつも先に起きている同居人の姿がどこにも見えなかった。
「まだ寝てるのかな…」
もしかしたら疲れて体を起こせないでいるのかもしれない。今朝は母親が早く家を出ていないから自力で朝食を用意しなくてはならなかった。
「朝だよ~、起きなさい」
トースターにパンをセットすると二階へと戻り制服へと着替える。ついでに隣の部屋のドアを乱暴にノック。時間がないので返事も待たずに中へと入った。
「起きなって、朝だよ。いつまでも寝てたら遅刻する」
「……んんっ」
「あのさ、華恋がまだ起きて来ないから様子見に行ってきてくれない?」
「えぇ……自分で行ってきなよぉ」
「それが出来ないからこうして頼んでるんじゃないか」
うっかり着替え中の現場に突撃してしまう可能性もある。そうなったら制裁は避けられなかった。
「……かーーっ」
「こら、寝ないの!」
「も、もう食べられないよぉ…」
「この寝言を言う人、初めて見たかも」
妹の頬をペチペチと殴打する。相変わらず寝起きの悪さを露呈してしまっていた。
「う、うわあぁあぁぁっ!?」
強引に香織を目覚めさせた後は再び一階へと移動する。途中で階段から転倒しながら。
簡単な朝食を用意すると全ての皿をテーブルへ。しかし準備が出来たというのに待ち人2人は一向に現れなかった。
「う~ん…」
このままだと揃って遅刻してしまう。時間を確認すると残された猶予は僅かだけ。
「おーい、まだぁ?」
「もう少し~」
二階に呼び掛けたら焦ったような声が返ってきた。どうやらまだ着替え中らしい。彼女は良いとして問題はもう1人の方だった。
「仕方ないなぁ…」
起こさずに遅刻してしまったらそれこそ何を言われるか分かったものじゃない。覚悟を決めると客間へと向かった。
「あの……起きてますか?」
戸の手前から声をかける。けれど返事は無し。仕方ないので音を立てないようにゆっくりとスライドさせた。
「うわぁ…」
隙間を作った瞬間、予想通りの光景が視界に飛び込んでくる。床に敷かれた布団が盛り上がっている姿が。
「お~い、朝だよ」
「……んんっ」
「起きないと遅刻しちゃう。もう7時過ぎてるから」
中に入ると布団に手を乗せて揺らした。やや乱暴に。
「あ…」
「大丈夫? 起きれる?」
「……うん、平気」
「そっか。なら先に行ってるから着替えて来て」
予想に反して寝起きは良好。一安心したので部屋を出る事に。階段部分まで引き返してくると転落してきた妹と遭遇した。
「ぐわぁあぁぁっ!?」
「うるさいよ」
「いつつ……華恋さんは?」
「今、起こしてきた。すぐ来るから先に食べよう」
「了解」
この調子なら遅刻せずに登校が出来る。椅子に座った後は焼いた食パンを口の中へ。そして牛乳で一気に流し込んだ。
「ぷはぁっ!」
「早っ! もう食べたの?」
「香織も急ぎなよ。結構ギリギリだから」
「わ、分かった」
「ほら、奥にグイグイ押し込んで」
「グゲェッ!?」
食器を流しに入れると家中の戸締まりを確認する。テレビの電源やトイレの照明なんかも。
「あれ? 華恋は?」
「まだ来てないよぉ。部屋じゃない?」
「えぇ…」
リビングへ戻って来るが1人しかいない。朝食を食べている時間も無くなっていた。
「お~い、まだぁ?」
小走りで客間の前へとやって来る。そのまま乱暴に襖をノックした。
「早くしないと遅刻しちゃう。先に行っちゃうぞ~」
冗談めかしで声をかける。中から怒号が返ってくると覚悟しての行動。しかし怖いぐらいに無反応だった。
「あれ?」
嫌な予感が頭をよぎる。悪いと思いながらも無許可で戸をスライド。そこには予想通り先ほど来た時と全く同じ光景が広がっていた。
「お~い、起きなって」
「……うぅん」
「どうしてまた寝てるのさ。本当に遅刻しちゃう」
遠慮なく体を揺さぶる。さっきよりも強めに。
「今日は休みじゃないよ」
「ぐっ…」
「ん?」
ふと彼女の不自然な表情に注目。気のせいかいつもより頬が赤らんでいた。
「もしかして熱あるんじゃないの?」
「……はぁ、んはぁっ」
「ちょっとゴメン」
伸ばした手でそっと額に触れる。やはり少しだけ熱っぽい。
「風邪引いてるじゃないか。大丈夫?」
「なんか……苦しい」
「ちょっと待ってて。体温計取ってくる」
慌てて部屋を飛び出して廊下へ。そのままリビングへ移動した。
「華恋、風邪引いてた」
「え? 大丈夫なの?」
「まだ分かんない。ただこのままだと間に合わないから先に行ってて」
「あ、うん。了解」
妹を先に出発させると戸棚を漁る。体温計を手に持ち再び客間へ。
「しんどいけど熱測ろう。はいコレ」
「……ん」
パジャマの隙間から中に突っ込ませた。そして計測中に冷蔵庫から冷却シートを持って帰還。
「ちょっとヒヤッとするけど我慢ね」
「んっ…」
「熱はどうだった? もう終わった?」
パジャマの中から出てきた体温計を受けとる。すぐに画面に注目した。
「……38.5度」
予想以上に高い。もしかしたら昨夜帰ってきた時から発症していたのかもしれない。
「今日は学校休もう。連絡しとくから」
「はぁっ…」
「起きなくて良いから寝てなって。気持ち悪くはない?」
「ん…」
問い掛けに対して彼女が首を縦や横に振る。布団を被せてあげた後はリビングに戻り学校に電話をかけた。
「はい……はい。ですので少し遅れて行きます。すみません」
遅刻する旨と華恋が休む事を担任の先生に伝える。支離滅裂な口調で。
「……ふぅ」
普段は電話なんて緊張してかけられないのに。緊急事態時の行動力には驚くばかり。
「あのさ、もう学校に行かないといけない」
「ゴホッ、ゲホッ!」
「何かあったら電話して。母さん達には僕から連絡しておくから」
「む…」
鞄を持つと華恋に話しかけた。しかし彼女からの返事は無し。とっとと眠りにつきたいのだろう。
「じゃあ行って来るから。大人しく寝てるんだよ」
病人を1人残して行く事に不安はあったが、いつまでもここにいても仕方ない。立ち上がって自宅を出発した。




