12 返済と義務ー5
「まだかな…」
学校が終わると地元の駅で立ち尽くす。重さを感じる鞄を肩からブラ下げながら。
「ちょっと話あるんだけど」
「……何?」
そして1時間程が経過した頃にターゲットを発見。開口一番に用件を告げた。
「家だと華恋に聞かれるから公園に行こう」
「やだ」
「いいから来てって」
「ちょ……っと!」
彼女が意見を拒む。仕方ないので強引に手首を掴んで拉致。周りにいた人達にジロジロ見られたが無視して進んだ。
「……やっと離した」
しばらくすると広い空間に辿り着く。数日前に友人に相談に乗ってもらった場所へと。
「仲直りしよう」
「はぁ!? いきなり何言い出してんの」
「こんな子供みたいな喧嘩は中止。今から普通に声かけあう関係に戻ろう」
「ちょ、ちょっと…」
「電話やメール無視するのも無し。それから無断外泊もダメ」
束縛から解放した瞬間に一方的に意見をぶつけた。ここ数日間ずっと抱えていた不満を。
「遅くなる時はちゃんと連絡入れる事。泊まりに行く時も事前に連絡して」
「さっきから一体…」
「あと平日の外泊はやめよ。向こうの家の人に迷惑がかかるでしょ?」
「……そんなのまーくんには関係ないじゃん」
「関係ない事ないって。家族なんだからさ」
「あ…」
「だから言う事ちゃんと聞いて」
そんな行動に彼女が戸惑いのリアクションを見せる。怯みはしたが強引に押しきった。
「分かった?」
「うん…」
問い掛けに対して小さな頷きが返ってくる。泣くでもなく怒るでもない表情で。その動作を確認した後は財布から数枚のお札を取り出した。学生にとっては大金となる5000円を。
「あとコレ。借りてた分、返すよ」
「え?」
「かなり遅くなっちゃった。ゴメン」
「……どうしたの、このお金」
「ゲーム売ってきた」
まだ買ったばかりのハードとソフト。中古買い取りのお店に持っていって売却した。残念ながら購入時の半分以下の金額にしかならなかったが。
「そっか……売っちゃったんだ」
「またお金貯めて買うさ。それより悪かったよ、長い間返さないままで」
「うん…」
「あと腕思い切り掴んじゃってゴメン。痛かったでしょ?」
「……まぁ、ちょっとだけ」
普通に会話が成立する。数分前のギスギスした関係が嘘のように。
「香織も何か言いたい事ない? 僕に対して」
「え?」
「今まで一方的にまくし立てちゃったけど、自分の言い分とかあるでしょ?」
冷静になった所で彼女にも話を聞いてみる事に。なるべく優しさを意識した口調で語りかけた。
「……ん、んんっ」
「難しく考えなくても良いよ。ゆっくり思い出してくれれば良いから」
「じゃあ、あの…」
「ん?」
「コソコソするのやめてほしい。私が家にいる時とかに」
「あ、あぁ……なるほど」
名前は出さなかったが誰の事を指しているかは瞬時に理解。一緒に暮らしている同居人の存在だろう。
「別に部屋で2人っきりになるのは構わないけど、私だけ仲間外れみたいな事はやめて」
「いや、そういうつもりは無かったんだけどね」
「呼び出すならもっと堂々とやってよ、リビングにいる時とか。邪魔者になってるのかと思っちゃう…」
「う……わ、悪い」
そこまで気が回らなかった。確かに1人だけハブられてると知ったら良い気はしない。
「なら今度は3人で一緒に遊びに行こう。ね?」
「……別に無理しなくて良いよ。本当のお邪魔虫にはなりたくないから」
「いやいや、邪魔だなんて事は…」
そんなハズはない。疎ましく思った事は一度だってない。でも彼女の方はそうじゃなかった。
「あと1つだけ言っておくけど、僕と華恋は別に香織が思ってるような関係じゃないよ」
「本当?」
「うん、もちろん。確かに仲は良いかもしれないけど、それはクラスメートとしてだから」
「クラスメート…」
「なんなら本人にも聞いてみなよ。違うって答えるからさ」
「……ううっ」
「え?」
熱弁を振るっていると場に奇妙な声が響く。突然の嗚咽が。
「あぁ、うぁあっ…」
「ちょ…」
「……あ、あぁっ」
「ど、どうしていきなり泣き出すの!?」
俯いていたかと思えば彼女が急に顔を押さえた。目尻から流れ出る涙を隠すように。
「ごめん。悪かったよ」
「うぁ、ぐっ…」
「すいません、すいません、すいません!」
「違う…」
「え?」
「そうじゃなくて、ずっと嫌われてるかと思ってたから」
「……嫌われてる?」
状況が理解出来ない。事態がどちらの方角に動いているのかも。
「ど、どういう事?」
「華恋さんが来てからおかしかったでしょ?」
「何が?」
「2人で部屋に集まったり、一緒に出掛けたり……私の知らない所でいっつもくっ付いてる」
「それは…」
「だから華恋さんにまーくん取られそうな気がして嫌だった」
「……あ」
その言葉でようやく理解する。ずっと感じていた違和感の正体に。
彼女は自宅で密会が行われている事を知っていた。そして気付いていないフリをしていた。1人だけ仲間外れにされてるという事実を受け入れない為に。
「ゴメン。軽率だった」
「ちょっ…」
「そうだよね。自分の知らない所でコソコソやられたら嫌だよね」
「は、恥ずかしいってば…」
「香織が男と部屋で密会してるって知ったら、やっぱり僕だって嫌だもん」
「しないよ……そんな事」
「そうだね。しないよね、うん」
目の前にある髪を優しく撫でる。自分より一回り小さな場所にある頭を。
「ん…」
彼女もどうすれば良いのか分からなかったのだろう。今まで仲良くしていた兄が突然やって来た女と仲良くなっていく状況に。
もしかしたらあの日に言った手を繋ぎたいという台詞は、千切れそうな兄妹の絆を繋ぎとめようとして出した言葉なのかもしれない。恋愛感情の有無は別として。
「本当に付き合ったりしてないの?」
「してないって。そもそも華恋が僕みたいな男を好きになると思う?」
「そんなの分からないよ。私はまーくんの事好きだし」
「そりゃどうも…」
照れくさくなって目線を逸らす。遊具が置かれている方向へと。
「あれ?」
「ん? 何?」
「目が真っ赤」
「嘘!?」
しかし対話相手を直視した直後に異変を察知。眼球が赤く変化していた。
「帰ったら母さん達に絶対なにか言われるよ。ヤバいって」
「え? そんなに変かな?」
「かなり。明日になったら瞼が腫れてると思う」
「ふえぇ、どうしょう…」
「眼帯して学校行きなよ。ダブル眼帯」
「それじゃあ前が見えないよ。明日は休もっかな」
「目が腫れちゃったから学校行けませんって? それはマズいでしょ」
「だって恥ずかしいし…」
くだけた会話で盛り上がる。険悪なムードを微塵も感じさせずに。
「とりあえず帰ろっか」
「おーーっ!」
無事に問題を解決した後は地面に置いていた鞄を回収。そのまま公園の出口に向かって歩き始めた。
「え?」
「んっ…」
手を伸ばすと優しく触れる。すぐ隣にあった華奢な指に。
「えっと、この前の答えのつもりなんだけど」
「この前?」
「遊園地の」
「……もう遅いよ」
「うっ…」
握り締めようとしたが失敗。彼女からは突き放すような言葉が飛んできた。
「けど……許してあげる」
「……どうも」
「へへへ…」
引っ込めようとしていると逆に掴まれる。綱引きでもしているのかと思えるぐらいの勢いで。
「キレイだなぁ…」
「え? 私?」
「違う違う」
視界の先にはオレンジ色に染まった世界が存在。空に浮かぶ太陽が不思議といつもより大きく見えた。




