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12 返済と義務ー3

「よっ、と」


 服を着替えると外出する。自転車に乗り自宅から5分ほどの公園へと移動。寂れたブランコと滑り台、それにシーソーが設置されているだけの簡素な場所にやって来た。


「……ふぅ」


 自販機でジュースを買うと隣に設置されたベンチに腰を下ろす。夏の暑さのせいで額から流れる汗が止まらない。


 小さな公園だからなのか休日だというのに遊んでいる子供は1人もいなかった。皆、家の中でゲームでもしているのかもしれない。ただ今からここで大事な話をする人間にとっては大助かりだった。


「こっちこっち」


「あっつぅ……ここは地獄か」


「悪かったよ、急に」


 しばらくすると待ち合わせ相手が登場する。自転車に乗った智沙が。


「話って何? 夜這いの相談なら聞けないわよ」


「違うってば…」


「わざわざ会って言いたいって事は大事な内容?」


「まぁ……うん」


 彼女がすぐ隣に着席。両腕を広げるのと同時に足を組んだ。


「で、なんなの。相談事?」


「う~ん、どう言えば良いものか…」


「まぁ大体の見当はつくんだけどね」


「マジか」


「でもちゃんと自分の口から言いなさいよ。そうしないとアタシが雅人の悩み事を当てただけで終わっちゃいそうだから」


「う、うぃっす…」


 どうやらおおよその事情は把握しているらしい。打ち明けるまでもなく。


「え~と……香織と喧嘩した」


「そっちの方だったか」


「え? そっちって?」


「いや、何でもない。んで?」


「この前の休日に一緒に出掛けてさ…」


 それから今までの経緯を簡単に説明する流れに。遊園地に行った時の事や、その時に起きた些細なすれ違い。そして先ほど起きた出来事などを。彼女はそんな話を頷きながら聞いてくれた。時折何度も『シスコンか』とツッコミながら。


「……という訳なんす」


「ふむふむ」


「どう思いましたか、姉御?」


「前から仲良いとは思ってたけどさ。まさかそれほどとはね~」


「へ、変かな?」


「普通、兄妹で遊園地なんか行く? 家族全員でならともかく、2人っきりってのはあんまり無いんじゃないかな」


「そう言われたらそうか…」


 指摘されて初めて気付いたが確かに珍しい。高校生にもなった兄妹が遊園地に行くなんて。


「まぁ仲良き事は良い事だ。で、雅人はどうしたい訳?」


「……香織と仲直りしたい」


「ふ~ん…」


 ちゃんと彼女と話をして、しっかり謝りたい。普通に話しかけられる関係に戻りたい。また一緒にどこかへ遊びにだって行きたい。


「仲直りねぇ…」


「無理かな? やっぱり」


「う~ん……そもそもさ、どうしてかおちゃんはそんな事を言い出したんだと思う?」


「そんな事?」


「観覧車の」


「あぁ」


 手を繋ぎたいと提案してきた件についてだろう。あの時の彼女の様子はいつもと違っていた。


「雅人がまずそこに気付かないと話が進まないかも」


「むむむ…」


「悩め悩め」


 考えるフリはしてみたものの既に答えは出ている。あの日からずっと頭に引っかかっていた言葉。それが強く浮かんでいた。


『私、まーくんのこと好きだったんだよ』


 もしあの台詞が真実だとするならば。自分は兄としてではなく1人の男として彼女を傷つけてしまった事になる。しかしどうしてもその答えが受け入れられずにいた。あまりにも都合の良すぎる解釈だから。


「どう? 答えは出た?」


「妹にディスられる光景しか見えてこない…」


「はぁ? アンタ、ちゃんと考えてんの?」


「考えてるよ。でも……やっぱり分からないや」


 好意を寄せているからだなんて恥ずかしくて言えない。もしその答えが違ったらただの赤っ恥だし、余計に関係をギクシャクさせてしまうから。


「本当に分からない?」


「うん…」


「偽ってないって神に誓える?」


「本当だってば。嘘ついたってしょうがないじゃん」


「そう。ならアタシが教えてあげるわ」


「え?」


 答えを濁していると友人が立ち上がる。意味深な呟きを口にしながら。


「ちょっ…」


 もしかしたら彼女は黙っていようとした考えを口に出すつもりなのかもしれない。躊躇っている本人の代わりに。それは一番ありそうで一番あってほしくない答えだった。


「かおちゃんはね、雅人の事が嫌いなのよ!」


「……は?」


「憎くて憎くて仕方ない。だから手を繋ぐフリをして指をボッキボキに折ってやろうとしたのよ!」


「へ、へ…」


「それが正解。わかった?」


 制止しようか迷っているととんでもない台詞が耳に入ってくる。予想を遥かに下回る内容の言葉が。


「いや、いくら何でもそれは無いんじゃ…」


「どうしてよ?」


「普通は嫌いな相手と一緒に遊園地に行こうなんて考えないし、手を繋ぐのだって好きな人とするんじゃないかなぁ」


「なんだ。ちゃんと分かってんじゃん」


「……うっ」


 ハメられた気がしなくもない。きっと彼女は知っていた。その事に気付いてる点も、更に隠そうとしている心境までも。


「いや~、禁断の兄妹ラブがまさかリアルで見られるとはねぇ」


「あの、ちょっと…」


「で、雅人はどうしたい訳?」


「どうしたいって、さっきも言ったけど…」


「普通の兄妹に戻りたいの? それともそれ以上の関係になりたいわけ?」


「え?」


「恋人関係になりたいのかって聞いてんのよ」


 彼女の問い掛けに言葉が詰まる。呼吸をする行為すら忘れてしまいそうな程に。それはドラマや映画でしか耳にした事のない単語。自分には一生無縁だろうと思っていたキーワードだった。


「それは無い……かな」


「本当に?」


「うん。出逢ったばかりの頃ならともかく今更そんな…」


「ふ~ん…」


 思わず嘘をつく。口では否定していたが、そういう意識が全く無いとは言い切れなかった。


「じゃあさ、もしかおちゃんと兄妹じゃなかったとしたら?」


「同じだよ。答えは変わらない」


「そこまで言うって事はそういう意識は持ってないみたいね」


「……まぁね」


「なら普通の兄妹に戻りたいって事よね。それなら何もしないのが一番」


「え? それって解決策になってなくない?」


 立っていた彼女が再び椅子に腰かける。表情を朗らかな物に変えて。


「今は多分……勘違いしちゃってるんだと思う。思春期に知らない男の子と一緒に暮らす事になっちゃったから」


「勘違い…」


「意識するなって方が無理な話よね。ま、そのうちあの子にもちゃんと好きな相手が現れるわよ」


「え~、香織が?」


「何よ。まさかいつまでも後をくっ付いてくるとでも思ってんの?」


「そこまでは考えてないけどさ……でも想像出来ない」


 妹が知らない誰かを好きになり交際。そんな姿がまるでイメージ出来なかった。正確にはしたくないと言った方が正しいのかもしれない。


「いい加減シスコン卒業しなさいよ。いつかはかおちゃんも彼氏作っちゃうんだからさ」


「家に知らない男を連れて来たりするのか。やだなぁ…」


「雅人も彼女作れば良いだけの話じゃない」


「そんな簡単に言わないでくれ…」


 至難の技でしかない。イケメンでもなければ巧みな話術すら持ち得ていない人間には。


「とりあえず家に帰ったらどうすんの?」


「さっき言われた通り何もしない。自然解決するのを待つよ」


「そっか。雅人が我慢出来るならそれで良いんじゃない」


「智沙にも迷惑かけちゃうけど悪いね」


「別に今更でしょ。気にしないわよ、そんなの」


 日が経てば自然とわだかまりも消えていくハズ。唯一の解決方法は時間の経過だけ。しばらくしたらまた前みたいな関係に戻れるだろう。心の中でそう割り切った。


「サンキューね。助かったよ」


「いえいえ、こんな用事で良ければいつでもどうぞ」


「また何かあったら連絡するから」


「はいはい。解決した時のお礼は現金でよろしく」


「……もう二度とメールも電話もしない」


 友人に礼の言葉を述べると公園を後にする。悩みを打ち明けたからか少しだけ晴れ晴れとした気分になった。

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