11 頼まれ事と頼み事ー3
「ま、待ってくれぇ…」
「何よ。まだやられたいの?」
「いや、あの……とても大事なお話がありまして」
ゾンビのように這いずって彼女に懇願する。包み隠さずに全ての事情を暴露した。
「……という訳なんだよ」
「はああぁぁぁっ!?」
「へへへ…」
相談を持ちかけた途端に驚きの声が返ってくる。予想通りの反応が。
「つまり私に木下と一緒に出掛けろと?」
「端的に言えば」
「ぐっ…」
「ダ、ダメ……ですよね?」
「当たり前でしょうが、バカ! どうして断らないのよ、バカ!」
続けざまに彼女が怒鳴り散らしてきた。頬を真っ赤に染めて。
「じゃあ颯太には無理だったって伝えておくよ」
「なんて?」
「いや、普通に断られたって」
「私のイメージが壊れない言い方しなさいよ。あの男を振ったみたいな噂を広められたらたまらないわ」
「それは難しいよ…」
彼は口が軽い。もし失恋したとなれば誰かに泣きつくかもしれない。
「ちゃんとそれっぽい理由考えてよね」
「他に好きな人がいるからとか?」
「アンタ、馬鹿か!?」
「え?」
ポピュラーな言い訳を口にする。その瞬間に凄まじい罵声が飛んできた。
「ダメかな?」
「そんなこと言ったら今度は好きな人って誰だ、彼氏いるのかって噂を広められちゃうでしょうが!」
「あ、そっか」
「ちょっとは考えなさいよ、まったく。脳味噌ついてんの?」
「……そこまで言う事ないじゃん。これでもそれなりに考えて出した答えなのに」
彼女の言葉は刺々しい。辛辣な言動が心臓に突き刺さる事が度々あった。
「ならどうすれば良いのさ。他に良いアイデアあるの?」
「最初からアンタが断ってればそれで済んだ話じゃない」
「ごめんって、その事に関しては謝るよ。だからこれからどうするかを考えよ」
「……はぁ」
「ん?」
睨み合っていると扉の向こう側から何かが聞こえてくる。階段を上がってくる軽快なステップ音が。
「ヤバッ、あの子お風呂から出てきちゃったんじゃない?」
「かも。今日は早かったんだ」
「ちょっとちょっと、隠れるからどいて!」
「へ?」
その瞬間に華恋が慌てた様子でベッドの下に移動。スカートなのにスライディングで潜り込んでしまった。
「何やってんの?」
「香織ちゃんが部屋に入って来るかもしれないでしょうが。絶対に話しかけんじゃないわよ」
「いや、たぶん大丈夫だって」
「そんなの分かんないじゃん」
最近は彼女が顔を出す事は無い。お喋りに来る事や、宿題を教えてもらいにやって来る事も。
ドアの方に意識を集中しながら息を飲む。しばらくすると足音は部屋の前をゆっくりと通り過ぎて行った。
「ね? だから言ったでしょ」
「ふぅ~、助かった」
「そこまで慌てて隠れなくても良いのに」
「だって雅人の部屋に来てるって思われたくないもん」
「いやいや…」
人の漫画を持ち出している人間とは思えない発言。謙遜や感謝を排除している図々しい態度がそこにはあった。
「香織ちゃん、戻って来たりしないかな?」
「平気だって。来るならこのタイミングで寄るハズだし」
「ねぇ、アンタ達なんかあったの? 最近変じゃない?」
「え?」
「なんて言うか……お互いに距離を置いてるっていうか」
不意な指摘に動揺が走る。その内容が的を射ていたので。
「ちょ、ちょっとした兄妹喧嘩ってヤツ?」
「ふ~ん。ま、私には関係ない事だけど。ただギスギスしたまま引きずるのだけはやめてよね」
「そうだね…」
学校に行く時は女性陣だけがお喋りしていて自分は蚊帳の外。顔を合わせる食事中も会話はほとんど無し。お互い意図的に相手を無視していた。周りにはその事実を悟られないようにしていたが、どうやら彼女にはバレていたらしい。
「それよりいい加減出て来たら? いつまで潜んでるつもりなのさ」
「はいはい、もう出ますよっと」
「あ~あ…」
「……待って」
「ん?」
「動けない」
「はぁ?」
見下ろす形で足元にいる人物に話しかける。その瞬間に新たなトラブルが発生した。
「どういう事?」
「知らないわよ。体が前に進まないんだもん」
「ほふく前進のスタイルで出てくれば良いじゃないか」
「だからそれが無理だっつってんでしょうが、このバカ!」
「あぁ、もう…」
屈んで彼女の様子を確認。狭い空間の中で身動きがとれなくなっていた。
「手を貸して」
「く、屈辱的…」
「いくよ。せ~の…」
「いだだだだっ!? 胸が擦れる!」
「少しの間ガマンしてくれ」
「あがっ!?」
仕方ないので腕を引っ張って救助する事に。頭をベッドに打ち付けはしたがどうにか脱出させる事に成功した。
「……つぅ~」
「大丈夫? 撫でてあげようか?」
「触んな、スケベ」
指先を目の前にある髪に伸ばす。触れようとしたが振り払われてしまった。
「とりあえず下に戻るわ」
「え? まだ話終わってないよ」
「んっ」
彼女が突き立てた親指で壁を指す。妹の部屋がある方向を。
「あぁ……そういう事か」
「またさっきみたいに大きな声出したら聞こえちゃうでしょうが」
「うい」
密談は強制的に終了する流れに。騒ぎたくない考えには同意なので無言で出ていく後ろ姿を見送った。
「……ふぅ」
結局、友人からの頼みを成就させる事は叶わず。部屋で暴れまわっておしまい。
「ま、いっか」
元々、自分には関係のない話なので気にする必要は無いのかもしれない。グチャグチャに荒れてしまった布団を直すと大の字で寝転んだ。




