10 利子と利息ー5
「あぁ、長かった」
「やほほい」
「しっかし凄かったね~、前の2人」
「まぁね…」
中は涼しい。冷房が完備されていたので。
「でもさ、恥ずかしくないのかな。人前であんな事して」
「本人達は気にしてないんだよ。見てる周りが照れくさいだけ」
「ふ~ん、そんなもんかなぁ…」
「気になるんだったら後ろからど突いてやれば良かったのに」
「そんな事したら係員の人に怒られちゃうよ」
言葉を交わしていると視界に広がる景色が変化していく。普段、拝む機会のない世界へと。
「うわぁ、もうこんな高さまで来ちゃった」
「人がゴミのようだ」
「下にいる人が人形みたいに見えるね」
「こっから落ちたら助からないだろうね。グチャって」
「ねぇ、そういうこと言うのやめようよ…」
怖さはあるがそれ以上にワクワク感が止まらない。遠くに見える街並みに大興奮した。
「昔はお母さんと3人で乗ったよね」
「……だね。懐かしいや」
母親がいる場所の反対側に子供2人が着席。まだ彼女とはどぎまぎした関係だったから異様に照れくさかったのを覚えている。
「お母さんが無理やりまーくんの隣に座らせるんだもん」
「あれは恥ずかしかったなぁ」
「うん、私も。だから必死に抵抗してたよ。男の子の隣イヤーーって」
「まぁバランスのこと考えたら一番良い配置なんだけどね」
それでもやはり思春期の男女が並んで座る事に抵抗はあった。肌と肌が触れ合うので余計に。
「今だから言うけどね。私、まーくんのことちょっとだけ好きだったんだよ」
「え?」
「好きって言ってもアレだよ? 年上に対する憧れみたいな」
「憧れ…」
持っていたペットボトルを落としそうになる。中身は空だがこんな場所に捨てていくわけにはいかなかった。
「年上がやたら大人びて見えるヤツ? よくあるじゃん。同級生じゃなく先輩に興味を惹かれるって」
「え~と…」
「あとは1人っ子だったからお兄ちゃんが欲しかったってのもあるかなぁ」
「女の子はよく言うよね。年上の兄弟が欲しいって」
「そうそう。だからお母さんに再婚するって話を聞かされた時にどんな男の人なんだろうってワクワクしてた」
「そして会ってみたら期待外れだったと」
「ううん。優しそうな人ってのが私の第一印象」
「優しそう?」
その言葉はあまり言われない。大抵の人間に下される評価は頼りないか情けないのみ。
「あと私と同じで人見知りするタイプだって思った」
「ははは…」
「話しかけてもちっとも返事してくれないしさ。もしかして私、嫌わてるのかなぁとか考えちゃって」
「別に嫌いだったとかそういう訳じゃないんだけどね」
「分かってる。ただ恥ずかしかっただけなんだよね? まーくんの性格考えると、女の子と一緒に住むなんて事になったら焦るに決まってるもん」
「確かに…」
華恋さんがうちに住むと決まった時も1人だけ猛反発した小心者。嬉しいという気持ちよりも恥ずかしさの方が上回ってしまっていた。
「同時に女の子として意識されてるんだって気付いたらドキドキしちゃって…」
「……それで僕のこと好きに?」
「うん」
「なるほど…」
恥ずかしい単語が平然と飛び交う。隔絶された狭い空間の中で。
「でもだんだん仲良くなっていくにつれ意地悪してきたりするしさぁ」
「そ、そうだっけ?」
「だよ~。教科書に落書きしたり、お風呂入ってる時に電気消したり」
「あぁ、思い出した。そんな事やったなぁ」
「そうしてるうちにだんだん、なんだコイツって思うようになってきちゃって」
「ししし」
「もう私の理想のお兄ちゃん像がまるくずれ。ぜ~んぶどこかに吹き飛んじゃった」
過去のやり取りは悪行ばかり。それは親しくなったからこそ出来る行為だった。
「じゃあ今は僕のこと嫌いなの?」
「うん、嫌い。大っ嫌い」
「……えぇ」
「あはは、嘘ウソ」
「何さ…」
「……本当は好きだよ。今でも」
「はいはい…」
彼女の言葉を適当に受け流す。窓の外に視線を逸らしながら。
「ん…」
空気が微妙に気まずい。先程までと比べて明らかに互いのテンションは下がっていた。
「もうすぐ終わりかぁ」
「……そうだね」
外からアトラクションの音楽が聞こえてくる。軽快なリズムのメロディーが。しばらくするとゴンドラが地上に到着。係員の指示に従って外に出た。
「またか…」
空のペットボトルを捨てている最中、視界の中に見覚えのある男女が飛び込んでくる。腕を組んで歩いているカップルの姿が。
「……ねぇ」
「何?」
「手、繋いで良い?」
「えっ!?」
そして隣からは驚きの台詞が飛んできた。有り得ない内容の提案が。
「……ん」
「え、えっと…」
「ダメ?」
「いや、あの…」
言葉が出てこない。心の中から湧き上がってくる何かが邪魔をしてきて。
「今は汗かいてるからベトベトだし」
「……別に良いよ」
「あと爪切ってないから刺さっちゃうかも」
「別にいいってば…」
「え~と…」
必死の抵抗を試みた。突き付けられた状況を拒むように。
「うぅ…」
意味が分からない。発した言葉が嘘か本心かも判断がつかなかった。
「……もういい」
「え?」
狼狽えていると彼女が歩き出す。暗いトーンの台詞を残して。
「ちょ、ちょっと!」
「む…」
「待ってくれよ。どこに行くつもりなのさ」
呼びかけるがまるで反応してくれない。聞こえていないハズはないのに。
「う~ん…」
もしかして怒らせてしまったのだろうか。いつまでも毅然とした態度を見せないから。
騙されている事を大いに期待して追跡を続行する。しかしやって来たのは予想外の場所だった。
「……入場ゲート」
先行者が迷わず突っ込んで行く。園内と園外を分ける場所に。
「あ……そういえばもうお金ないって言ってたもんね」
「はぁ…」
「次に来る時は家族みんなで…」
「……うっさい」
「え?」
場の空気を和ませるように言葉を発信。だが彼女からは突き放すような暴言が飛んできた。
動揺を隠せないままゲートをくぐって外へ。そのまま近くのバス停へと移動。まだ閉園には早い時間なので自分達以外の乗客はほとんどいなかった。
「さ~て、帰りますか」
「ん…」
「いやぁ、楽しかったなぁ」
「……ふんっ」
ワザとらしく話題を振ってみるも応答なし。見事と言いたくなるぐらいの無反応。
しばらくするとやって来たバスに2人で乗り込む。ただし座る席はバラバラだった。
「はぁ…」
電車に乗る頃には話しかける事を断念する。無視される状況に精神が耐えられないので。
うちに帰るまでずっとこんな調子。結局、観覧車の下からまともな会話のないまま帰宅してしまった。
「ただいま…」
「おかえり……ってどうしたの?」
「何でもないっす…」
リビングで華恋さんに出迎えられる。二階に直行した妹の姿を見て彼女が異変を察知した。
「あ~あ…」
ちょっと拗ねているだけ。しばらくしたら機嫌も治っているハズ。そう思っていたが険悪な関係は翌日もその翌日も継続する事に。消えたゲームデータのように再び他人のような間柄に戻ってしまっていた。




