9 雅人と華恋ー4
「同居してるって事バレちゃったの?」
「まぁ。従兄妹って設定にはしてあるけども」
3人で住宅街を歩く。会話出来る程度に前後にズレながら。
「あ~あ、最初から嘘つかないで正直に打ち明けてたら良かったのに」
「いやいや、同じクラスの男女が同じ家に住んでるって知られたらいろいろマズいじゃないか」
生徒会室に呼ばれて不純異性交遊について問いただされるかもしれない。警察の事情聴取のごとく。
「華恋さんはクラスの人達に何か言われたりしましたか?」
「えっと、よく似てるね……とか」
「やっぱり! 私もそう思ってたんですよ」
「どこがさ…」
「似てるじゃん。目の形なんかそっくりだよ、2人とも」
「そう……ですか」
妹の発言がキッカケで華恋さんと目が合った。クリっとした大きな瞳と。
黙っていればそこらのアイドルと互角に渡り合えるだろう。少なくとも見た目だけは。
「ね? ね? 似てるでしょ」
「う~ん……自分では分からないよ」
昔はよく女の子に間違えられていた。大きくて丸い目をしているから。そして今でもそれがちょっとしたコンプレックス。男らしい外見とは程遠い顔付きをしていた。
「でも雅人さんって可愛らしい顔してますよね」
「ですよね? 私もずっとそう思ってたんですよ。女装させたら似合うだろうな~って」
「やめてやめて」
2人が悪乗りを開始。とんでもない台詞を口走り始めた。
「ねぇ。今度、私の服着てみない?」
「着るわけないし。そもそもサイズが違うから無理だって」
「あ、そっか」
「……まったく」
「なら華恋さんの服は? 2人って背の高さ同じぐらいだよね?」
「え? 私ですか?」
「はい。華恋さんの服ならまーくんでも着れそうな気がするんですけど」
「は、はぁ…」
妹が本気で女装案を勧めてくる。その言葉に反応した華恋さんの表情が微妙に抵抗ある物に変化した。
「制服着せてみませんか? カツラ被せてスカート穿かせて」
「え~、それで学校に通わせるんですか?」
「そうそう。きっと笑え……似合うと思うんですよね」
「あはは、でもそれだと私が学校行けなくなっちゃいますね」
「あ、そっか。制服1着しかないですもんね」
「いやいや…」
そういう問題ではない。重要なのは本人の気持ちだった。
「ちーーちゃぁぁぁん!」
「かおちゃぁぁーぁん!」
3人で談笑しながら住宅街を移動する。そして駅へとやって来るといつも先に来て待ってくれている友人の姿を見つけた。
「……えぇ」
「あの2人、いつもあんな感じなんだよ。気にしないで」
「ふ、ふ~ん…」
女子生徒2名が叫びながら抱き合う。朝とは思えないハイテンションで。その光景を見て隣にいた同居人が戸惑うリアクションを発動させていた。
「おはよ~」
「はよ…」
「いや~、ビックリしたわ。アンタ達、一緒に住んでたのね」
「えへへ、そうなんですよ」
「……なに変な喋り方してんのよ、気色悪い」
彼女達の元に近付くと小声で挨拶を飛ばす。平静を装って。しかし返ってきたのは不気味な物でも見るような目つき。あまりにも辛辣すぎる対応だった。
「でも白鷺さんも大変よね。コイツと親戚って事を隠さなくちゃいけないなんて」
「え……ま、まぁ隠そうと思っていた訳ではないんですけど」
「大丈夫、大丈夫。言わなくても分かってるから。アタシだってクラスメートと身内だったとしたら必死で誤魔化すもん」
「は、はぁ」
「可哀想よね~。ちょっぴり同情するわ」
「……ん」
怯えていると意外な展開が訪れる。智沙が話を振ったのは、あまり会話した事のない華恋さんの方。しかも自分達が嘘をついていた理由を勝手に解釈してくれていた。
「ちなみにどっちの親戚なの?」
「あ……えと、こっち」
問い掛けに反応して香織の顔を指差す。彼女はうちの両親が再婚している事を知っている数少ない人物。当然親戚となればどちら側かで血縁関係が違っていた。
「あれ? そうなんだ。アタシはてっきり雅人の方かと思ってたんだけどな」
「残念だったね。予想が外れて」
「ふ~ん、ならアンタ達2人に血の繋がりはないわけか」
「まぁ……そういう事になるかな」
「へ~、へ~」
続けて細い目を向けられる。他意を思い切り含んだ視線を。
「アナタ、気をつけた方が良いわよ。一緒に住んでたらこの男が手を出してくるかも」
「あはは……ありがとうございます」
「いやいや…」
むしろ手を出されているのはこっちの方なのに。もちろんそんな事を口にしたら後で殴られるので心の中に留めておいたが。
それから4人で会話を交えながら通学。今日も電車の中は人で溢れ返っていた。
「ねぇ、アンタ達って白鷺さんの事なんて呼んでるの?」
「私は華恋さん!」
「僕は呼び捨て……かな」
「あ、そうなんだ。ならアタシも下の名前で呼んで良い?」
「良いですよ。全然構いません」
「本当? 良かった。なら今度から華恋さんって呼ばせてもらうわね」
会話の応酬が止まらない。前日に抱いていた不安は杞憂だったと思えるぐらいに。
「華恋さんもアタシの事は智沙って呼んでくれれば良いからね」
「わかりました。なら智沙さんで」
「呼び捨てで良いわよ。それかちーちゃんとか」
「あはは……考えておきます」
「ん…」
この調子なら上手くやっていけるかもしれない。心の中で都合の良い展開を密かに確信。
それから教室に着いても華恋さんが昨日のように質問攻めに遭う事はなかった。どうやらもう皆、飽きてしまったらしい。
休み時間になると智沙が女友達を連れて転校生の元に訪問。気のせいか男子に囲まれている時より表情が和らいでいる印象を受けた。
もしかしたら女子に嫌われるんじゃないか。そう思っていたが上手く場に溶け込み始めていた。
「……別にどっちでも構わないんだけど」
彼女の事は苦手だし、なるべくなら近寄りたくない存在。多少なり気を許しても天敵である事に変わりはなかった。




