9 雅人と華恋ー3
「お、終わった…」
どうにか1日の予定を終了させると溜め息をつく。ほとんどの人間の興味はこちらに向かなかったので上手く回避する事に成功。
教科書やノートを取り出すと急いで鞄の中へ。そのまま逃げ出すように席から立ち上がった。
「おい、赤井。白鷺さん置いて帰る気か?」
「え、え…」
しかし後ろのドアから出ようとしていたタイミングで男子に呼び止められる。その直後に教室のあちこちから笑い声が発生。どうしようか戸惑っていると華恋さんの方から近付いてきた。
「帰ろ、雅人くん」
「……はい」
2人して教室を後にする。全身をガチガチに震わせながら。
上履きから靴に履き替えると校庭脇を移動。そして学校の敷地を一歩出た所で彼女の態度が豹変した。
「ちょっと、どういう事よっ! なんで私達が知り合いだってバレてるわけさ」
「さぁ……何故でしょうね」
「そのせいで今日1日ずっと質問攻めだったじゃない。せっかく落ち着き始めてたってのに」
「また2、3日の辛抱だよ。週末にはもうみんな飽きちゃってるって」
帰ったら八つ当たりされる。そう覚悟していたが自宅まで理性が保てなかったらしい。先程までの上品な転校生はどこかへ吹き飛んでしまっていた。
「くっそ……ただでさえこっちは慣れない環境に神経すり減らしてるってのにさ」
「それをクラスメートの前で言ってみたら? みんな絶句して近付いて来なくなると思うよ」
「……あぁん?」
「いてっ、いててっ! ジョークじゃないか」
皮肉を口にした瞬間、右腕を掴まれる。続けて皮膚を捻る強烈な攻撃が開始した。
「そもそも何でバレたのよ?」
「え、え~と…」
「アンタ、まさか…」
「いやいや、僕が登校して来たのは君より後なんだよ? バラす時間なんか無いじゃないか」
「……それもそうか」
必死に言い訳を繰り広げた。これ以上傷を増やさないようにする為に。
「だとしたらアイツか…」
「……アイツだね」
珍しく彼女と意向が一致する。同じ人物を敵に回した事がキッカケで。
ひょんな事から2人で下校する流れに。誰かと喋りながら自宅に帰るのは久しぶりだった。
『後で部屋に行くから覚悟しとけ』
「ひえぇ…」
帰宅した後は家族といつも通りにリビングで過ごす。そして自室に引っ込んだ瞬間に同居人からのメッセージを受信した。
「あぁーーっ、くそっ!!」
「ちょ、ちょっと部屋が壊れるって!」
部屋にやって来るなり華恋さんが壁を殴りつける。見事な動作の右ストレートで。
「イライラするわねぇ……何で私がこんな思いしなくちゃならないのよ」
「落ち着こうって。とりあえず暴力は良くない」
「元はと言えばアンタが昨日アイツと合流したりするからでしょ、このアホッ!」
「それについては謝るからさ。明日からの事について話をしに来たんでしょ?」
「ふんっ!」
怒り狂う彼女をどうにかして宥めた。これ以上暴れられてはたまらないから。
「とにかく知り合いだってバレちゃったんだから別々に学校通うのやめようよ」
「……仕方ないわね。我慢してあげるわ」
「あとは……智沙の事かな」
結局上手い言い訳は思い浮かばず。時間だけが無駄に過ぎてしまっていた。
「智沙? アンタ達が一緒に登校してるって言ってた子だっけ?」
「そうそう、前に駅で会ったじゃん? 奴には何て言い訳しようかと思って」
「実は親戚で一緒に住んでました~じゃダメなの?」
「同居してる点に関してはそれで良いんだけど、ならどうしてごまかしたのかって部分をツッこまれそうなんだよね」
「確かに隠そうとするのは不自然だわ…」
嘘が原因で自分達の首を絞める羽目に。後悔先に立たずを強烈に痛感した。
「明日、駅に行った時に何か聞いてくるかも」
「その智沙って子、勘とか鋭い方?」
「まぁ、うん。あと怖い」
「怖い?」
「君を10とすると7か8ぐらいな感じ」
「……どういう意味よ」
怖いとは言っても冗談に対して軽く小突いたりしてくるだけ。中には例外もあるけども。ただ理不尽に暴力を振るわない分、華恋さんよりはマシだった。
「もういっそ今回の事を吹き飛ばすぐらいの行動をとってみたらどうだろう」
「はぁ?」
「君がガンを飛ばしながら唾でも吐き捨てれば話しかけてこなくなるかもしれない」
「うりゃあっ!!」
「ギャーーっ!? すいません、すいませんっ!」
「なかなか面白いアイデアね。ぜひ誰かさんに実行してみようかしら」
頬を思い切りつねられる。引きちぎられやしないかと思うような勢いで。
「いちち…」
「とりあえず私はその智沙って子より、あの木下って奴をどうにかしたいわけ!」
「颯太? そっちはもう大丈夫じゃないかな」
「どこが大丈夫なのよ、私の気が収まらないわ。アンタ、私の代わりに明日アイツの事ブン殴ってきなさい」
「そんなムチャクチャな…」
校内で暴力事件なんか起こしたら停学に。下手したら退学だった。
「あぁあぁあ……どうしてあんな男が隣の席なのよぉ」
「あの、話ってこれだけ?」
「ん?」
あまり彼女の側にいたくない。ストレスの捌け口にされるから。
「何言ってんの。まだあるわよ」
「……マジっすか」
「アンタ、学校で私の事なんて呼んでる?」
「え~と……白鷺さん?」
協議を打ち切ろうとするがまだ終わらない。続けざまに無関係に思える話題へと突入していった。
「それよ、それ! その呼び方」
「え? 何が?」
「アンタは親戚を呼ぶ時に上の名前で呼んだりするの?」
「いや、普通におじさんおばさんとか」
「そのおじさんおばさんの子供は?」
「あ…」
指摘されて状況を理解する。親戚を名字で呼ぶなんて有り得ない。誰が誰だか区別がつかないし。人によっては自分と同じ場合もあるから。
「はぁ……やっぱり気付いてなかったのね」
「すいません…」
「教室出る時にわざわざ下の名前で呼んであげたでしょ? 覚えてないの?」
「あれ? そうだっけ?」
学校にいる間の記憶はうろ覚え。意識をずっと現実逃避する方向へと動かしていた。
「だからこれからは私の事も下の名前で呼びなさい。特別に許可してあげるわ」
「か、華恋……さん?」
「何でさん付けなのよ。ナメてんのか、アンタはっ!」
「ひいいぃぃっ!?」
彼女が握り締めた拳で机を叩く。ペン立てからこぼれた筆記用具が辺りに散乱した。
「呼び捨てか、ちゃん付け! それ以外は認めないから」
「ちゃん付けって自分で言ってて恥ずかしくない?」
「は、恥ずかしいに決まってるでしょ」
「そうですか…」
どうやら恥を覚悟しての提案らしい。顔が見事に紅潮していた。
「か、華恋ちゃん」
「……ごめん、背筋がゾッとするからやっぱ呼び捨てでお願い」
「えぇ…」
当然だが話し合いは上手く進まず。ブレーキをかける展開の連続。
「そっちも僕のこと呼び捨て?」
「いいえ、君付けよ。呼び捨てなんかしたら私のイメージが崩れちゃうじゃない」
「まだ清楚な転校生を貫き通したいのか…」
それでもどうにかやり取りを交わした。自身にとっては何の得にもならない未来の為に。
「ちなみに2人っきりの時は呼び捨てだから」
「なら家では?」
「雅人さん」
「学校では?」
「雅人くん」
「じゃあ今は?」
「雅人このヤロー」
「……はい」
打ち合わせを済ませると彼女が部屋から退散する。不敵な笑みを浮かべて。そして翌日になると華恋さんが転校してきて以来の3人登校をした。




