9 雅人と華恋ー2
「ねぇ、元気なくない?」
「ん~、またあの夢見てさ」
「は?」
朝食を食べると妹と家を出る。例により華恋さんは先に出発したので2人だけで。
「あぁ、あの公園で知らない人と遊んでるヤツ?」
「そうそう、それ」
「きっと正夢だよ。将来その人と巡り会うんだって」
「夢の中だと自分は5歳なんだが…」
アレは未来の事象ではなく過去の出来事。やり取りがうっすらと意識の片隅に残っていた。
「じゃあ、どうして同じ内容を何回も見るの?」
「知らないよ。脳が勝手にこの記憶を引っ張り出してくるんだもん」
「繰り返し見ているうちに、それを実体験と勘違いしちゃったとか」
「う~ん…」
その可能性は否定できない。夢に出てきた女性が誰なのか知らないし公園のある場所も分からなかったから。
「ちなみに香織はどんな夢を見たの?」
「私? まーくんに漫画を盗んでると疑われてる夢」
「ご、ごめんなさい…」
「結局どこにあったの、漫画?」
「え~と……座布団の下に隠れてた」
犯人には二度と勝手に持ち出すなと釘を刺しておいた。恐らく守られる事はないであろうけども。
それから駅で智沙と合流すると電車に乗車。人が密集した空間と格闘しながら3人で登校した。
「え、何これ」
「さぁ…」
教室へとやって来るといつもと比べて騒がしい事に気付く。一角に集合したクラスメート達の姿に。
「おい、赤井が来たぞ」
「ん?」
席へと向かおうとしている途中で1人の男子生徒が接近。多くの視線を集めてしまうボリュームで話しかけてきた。
「お前もこっち来いよ」
「え? 何々」
「良いから、ほらっ!」
近付いてきた彼に腕を掴まれる。そして強引に人垣の中心へと連れて来られてしまった。
「どうして今まで隠してたんだよ」
「へ? へ?」
「1週間も内緒にしてやがって」
「内緒…」
状況が理解出来ない。周りに迷惑をかけるミスを犯した記憶が無いので。
「お前、白鷺さんと従兄妹なんだって?」
「……は?」
「そんな大事なこと黙ってるなんて赤井も悪い奴だな~」
「な、なんで!?」
軽いパニック状態に陥っている最中に衝撃的な台詞が耳の中に進入。よく見ると人垣の中心に華恋さんが座っていた。
「あはは、バレちゃいました…」
「……バレちゃったって」
目が合った彼女がヘラヘラと笑い出す。全身に気まずさを纏いながら。
「やっぱり従兄妹っての本当だったんだな」
「マジかよ。絶対ウソだと思ってたのに」
「一緒に住んでるってのも本当なの?」
どうやら隠し事がバレてしまったらしい。辺りでは勝手な噂が飛び交っていた。
「どうしてこんな事に…」
悩むフリはしたが犯人は分かっている。この情報を知っている人物は1人しかいないのだから。
「だから言っただろ。な? な?」
まるで自分の功労を誇るかのように周りに自慢している男。昨日、コスプレ会場で遭遇した友人だった。
「……颯太ぁ」
黙っててほしいと頼んだのに。誰にも言わないでと口止めしておいたのに。何故いきなりバラすような真似をするのか。
「白鷺さんがこの学校に転校してきたのって、やっぱり赤井がいるから?」
「え、えと…」
「親戚なのに同い年って珍しいよね」
「あはは…」
彼女を囲んでいる生徒達が次々に質問を飛ばす。本人の意思を無視して。
それはまるで転校してきた1週間前を再現したかのようなやり取り。結局、朝のホームルームが始まるまで人垣が崩れる事はなかった。
「ちょっとちょっと、どうして皆にバラしてるのさ」
「はぁ? ちゃんと言われた事は内緒にしてたぞ」
「いやいや…」
1時限目が終わった休み時間に颯太を廊下へと連れ出す。会話を周りに聞かれないように注意しながら。
「昨日、雅人達に会った事と白鷺さんがコスプレしてた事。これを内緒にしとけって言ったよな?」
「確かにそう言ったけどさ…」
「え? 従兄妹って事バラすのマズかったの?」
「凄く……マズいんだ」
きっと彼に悪意は無かったのだろう。言われた言葉を忠実に守り、それ以外の情報を暴露してしまっただけだった。
「……はぁ」
「な、なんかすまん」
「いや、もう良いや…」
遅かれ早かれいつかはバレていたハズ。ずっとごまかし続けるのは不可能だから。
ただ1つだけ別の問題が浮き彫りに。今朝、一緒に登校してきた友人の存在だった。
「どうしよう…」
彼女には地元の駅で華恋さんと一緒にいた現場を見られている。あの時は『偶然会った』とごまかしたが親戚であるならば状況は大きく変化。
どうして嘘をついたのか。何故わざわざ欺くような真似なんかしたのか。
騙されたと知れば何か裏があると考えるのが普通だろう。興味津々で話しかけてくる智沙の姿が脳裏に浮かんできた。
「ひぃぃ…」
もしかしたらその出来事がキッカケで従兄妹という設定が嘘という事実まで見破られてしまうかもしれない。そうなったら同居人の暴走は止められなかった。




