エピローグー11(最終回)
「こんなものかな…」
あらかた買い物を終えると店を出る。その中には最近会っていなかった女友達の分も存在。彼女との結び付きも断ち切りたくなかった。
「あ~あ、せっかく会えたのにもうお別れかぁ」
「楽しい時間ってあっという間に過ぎちゃうから不思議だよね。初めはまだまだ時間がたくさんあるって思うのに」
「本当よ。あと10回ぐらいは昨日からの出来事を繰り返したいわ」
「つまり華恋のゲロ吐き現場もあと10回見なくてはならないというわけか」
「ア、アレは忘れてーーっ!!」
紙袋を2袋抱えた状態で新幹線の改札をくぐる。入場券を買った相棒と共に。
「結構しんどかったんだよ。ずっと背中さすり続けたり」
「も、申し訳ありませんでした…」
「もし次に同じ事やったらゲロ子って呼ぶからね。覚悟しときなさい」
「ひいいぃっ! どうかそれだけはご勘弁をっ!」
空いていた席に2人並んで着席。ホームには人がまばらにしかいなかった。
「……本当にまた遊びに来てくれるよね?」
「うん。ちゃんと来るよ」
「絶対の絶対だからね。もし約束忘れてたら、そっちまで追いかけてやるんだから」
「大丈夫だって。メールも電話もするし」
「分かった…」
伸ばした小指を絡める。荷物を地面に置いて。
「んっ…」
誰かを失う事はしたくなかった。知らない場所で他界してしまった本当の両親のように。
今の家族だって手放したくない。親しくなった友達も先輩後輩も、そして隣にいる妹も。
未来がどうなるかなんて不明。それでも今だけは意地を張っていたかった。
「あれから変わったのかな…」
「え?」
「僕達」
ふいに昔の記憶が蘇ってくる。居候が1人増えた3年前のやり取りが。
双子だと知らずに何度も衝突。その日々は今日に繋がっていた。
今でも時々思い出す。ずっと続くと思っていた学生時代の毎日を。
「確か私は雅人にセクハラされたんだったわよね~」
「華恋は僕に暴力振るってきたじゃないか。しかも頻繁に」
「ア、アレはその……正当防衛ってやつ?」
「違う違う。ただ単に気に入らないから手を出してただけだって」
「うぐっ…」
2人で声を出して大笑い。ホームの外にあるビルの群れを眺めながら。
まるで高校時代に戻った気分でハイテンションに。それと同時に別れなくてはならない不安にも駆られていた。
「……どうなってたんだろうね、私達。もし知り合ってなかったら」
「ずっとお互いを知らずに生きてたんだろうね。本当の家族がいる事を」
「雅人は幸せ? 私と出逢えて」
「もっと優しくて謙虚でゲロを吐かなかったら幸せかも」
「人の失態をイジるのやめろっ!」
「いでっ!?」
頬にビンタが飛んでくる。不満と羞恥心を爆発させた攻撃が。
「いちちちっ…」
一度だって考えた事はない。彼女と知り合いにならなければと思った事なんて。
ただずっと一緒にいたら気付かなかった。側にいられるありがたみも失ってしまう辛さも。
「私は幸せだよ。雅人に出逢えて」
「サンキュー。ハッキリ言われると照れくさいね」
「ひひひ、ならもっと恥ずかしめてやろうか」
「やめてくれ。嬉しすぎて泣きだしちゃうかもしれない」
「しししし」
「へへ…」
場の空気が暖かくなる。その雰囲気を破壊するように乗る予定の新幹線がホームに走り込んできた。
「……来ちゃったね」
「うん…」
ゆっくりと立ち上がる。ベンチに置いていた荷物を持ちながら。
「ま、待って!」
「ん?」
列に並ぼうとした瞬間に異変を察知。シャツの袖を強く引っ張られた。
「1つだけ教えてほしい事があるの…」
「へ?」
「雅人にとって私は何? どういう人?」
「はぁ?」
「ただの妹? それとも家族? 教えて」
「ど、どうしたの……急に?」
「ずっと気になってたから。あれから私の事をどう思ってたのかって」
続けて質問を飛ばしてくる。焦りを含んだ真面目な表情で。
「え、えっと…」
向かい合う形で互いを凝視。両手か塞がっていたので身動きがとれなかった。
「……んっ」
互いを想いあっていた自分達は半ば強制的に破局。けれど気持ちは切れていない。今でもあの頃のように好きだった。
彼女はそれを知りたいのだろう。上辺だけではない真実を。
「僕にとって華恋は…」
初めて会った日は綺麗な子という印象。しかし本性を知って落胆。幻滅していたのにいつの間にか好きになっていた。だから血が繋がっていると聞かされた時はショックだった。
更に昨日見た不思議な夢の世界では兄妹が逆転。本来、歩むべき人生の写し鏡のように。
だとしても双子だという事実に変わりはない。今、胸の中に抱いてる特別な感情も。
同棲相手でもありクラスメートでもあった。姉でもあり妹でもあり、そして大切な家族。
世界が違っていたって何も変わらない。自分がいて彼女がここにいた。
「……華恋だよ」
「え?」
「僕にとって華恋は華恋だから」
持っていた紙袋を足元に置く。倒さないように気を付けながら。
「へ? ど、どういう事?」
「だから華恋なんだってば」
「いや、意味分かんないし。私が私ってどういう事よ」
「つまり好きって事。あの時に告げた気持ちと変わってないから」
「あ…」
続けて空いた手を前方に移動。柔らかそうな頬を優しく撫でた。
「雅人!」
「うわっ!?」
入れ違いに彼女が飛び込んでくる。押し倒しそうな勢いで。
「……私もだよ。別れてから今日までずっとずっと好きだった」
「僕もさ。1日たりとも華恋の事を考えなかった日はないもん」
「凄く不安だった。もしかしたら私の存在なんか忘れちゃってたんじゃないかって」
「こっちもだよ。新しい彼氏を作ってないかとか、そんな事ばかり考えてた」
「ずっと一緒にいられたら良かったね。私達…」
震えが止まらない。背中に回した手だけではなく、言葉を発する口さえも。
「……そうだね。離れ離れなんて淋しいもんね」
「でも私、我慢するよ。雅人に好きでいてもらえるなら1人暮らしもやっていける」
「ごめん。華恋にばっかり辛い事を押し付けちゃって…」
「うぅん、平気。だって私、今までも知らない場所で生きてきたから」
「ごめん…」
贅沢だと思った。こんなにも優しい人間に支えられている人生が。
「だから忘れないでいて。遠い街に雅人を想ってる人間がいるって事を」
「うん、忘れない。これからもずっと華恋と一緒に生きていたいから」
「……そうだよね。だって私達、家族だもん」
無意識に力強く抱き締める。愛しく感じる華奢な体を。
「んっ…」
「ちょっ!?」
「へへへ。久しぶりにチューしちゃった」
「うひぃ…」
心を震わせていると頬に異変が発生。懐かしい温もりが広がっていった。
「じゃあ、そろそろ行くよ。もうすぐ発車時刻だし」
「あ、うん。元気でね…」
「……また」
再び荷物を持って歩き出す。ドアの開いている車両へと。
「バイバイ…」
窓際の場所に空席を見つけたので確保。同時にガラスの向こう側に華恋が近付いてきた。
彼女の目は充血している。けれど浮かべている表情は笑顔。あの日とは見送る立場が逆だった。
「……あ」
やがて車両が動き出す。意識しなければ気付かない程のスローペースで。
「華恋…」
泣き出しそうな顔も、手を振っている動作も。その全てを心の中に色濃く焼き付けた。二度と忘れたりしないように。
「ふぅ…」
しばらくするとその姿が見えなくなる。綺麗な都会の街並みと入れ違いに。
「へへへ…」
彼女と会わなければ違う人生を送っていたかもしれない。ただ流されるだけの日々を。
毎日が宝物だった。毎日が幸せだった。感謝してもしきれない。いつも側にいて支えてくれた優しい存在を。
「ありがとう…」
これからも一緒に歩んでいきたい。離れて暮らしていてもこの絆は切れたりしないのだから。
「……んっ」
揺れる車両に体を預けながら目を閉じる。瞼の裏で、初めて会った頃の華恋が笑っていた。




