エピローグー7
「それで受験が終わったからまた新しいバイト先を探そうかと思ってさ」
「前に働いてた喫茶店じゃダメなの?」
「さすがに同じ場所はちょっと……それに同僚が女性ばかりだったから結構辛かったし」
「そういえば私、1回しか行かなかったなぁ。雅人のバイト先のお店」
「紫緒さんがまだ働いてるよ。あの子、卒業後はフリーターになったんだよ」
「ふ~ん…」
「良かったね。可愛い愛弟子も師匠と同じ道を歩んでいるよ」
「あんまり嬉しくないんだけど、それ…」
お店にはまだ瑞穂さんも在籍。彼女も大学を卒業するまでは働くつもりらしい。
そして自分の知らない新人の子もいた。海城高校の生徒で後輩に当たる女の子が。
「店にはあんまり顔を出してないけど紫緒さんとは時々会ってるよ」
「あっそ。そりゃ、よござんしたね」
「今でも遊びに誘ってきてさ。一緒に映画行こうとかカラオケ行こうとか」
「ちっ…」
「それに相変わらず彼氏が出来てないらしいんだよね。通ってた学校が女子校で、バイト先も女性だらけの場所だからやっぱり難しいみたい」
彼女も優奈ちゃんが戻ってきた事を大いに歓迎。離れ離れになった後も2人は連絡を取り合っていたので。
たまに大学帰りに3人で外出。女子2人に男子1人というバランスの悪いメンバーだが、歳の差も忘れてハシャぎまくっていた。
「私が見知らぬ土地で頑張ってる時に、お兄様は1人ハーレム生活を楽しんでらっしゃった訳ですか」
「いや、別に狙ったわけではないし」
「華恋は毎日毎日、上司や嫌な客に怒られながら頑張っていたというのに陽気なキャンパスライフを送っていたなんて…」
「し、進学しないって決めたのは華恋じゃん。僕を逆恨みするのは筋違いってものだよ」
「もうお兄様にとって私は過去の女なんですね。大切に可愛がってくれていた時代が懐かしいですわ」
「あの、もしかして酔っ払ってきてる?」
目の前の顔を見ると頬がピンク色に変化。完熟した桃のようになっていた。
「うぅ……もう飲まなきゃやってられないわ、こんちくしょう」
「お~い、あんまり飲み過ぎたらダメだって。本当に体壊すから」
「別に良いもん、明日はバイト休みだし。それに心配してくれる彼氏だっていないしさ」
「でも心配する兄貴ならここにいるよ。だからもうやめときなって」
「やあぁぁだっ! 今日は潰れるまで飲むって決めたんだから!」
「強情だなぁ、もう…」
制止したが2本目の缶の蓋が開いてしまう。そして辺りを見回すといつの間にか夜になっていた。
「おじさん達は元気? ちゃんと仲良くやってる?」
「みんな元気だよ。相変わらず父さんは怪しいアプリに夢中だし、母さんはヒステリックだし」
「香織ちゃんも高校卒業したんだわよね。今はどうしてるの?」
「専門に通ってる。介護士になる為の資格取りたいんだってさ」
「へぇ、ちゃんと自分の夢に向かって頑張ってるんだ」
香織も卒業後にコンビニでバイトを開始。遊ぶ為のお金が急激に増えたとかで。
そして2人で話し合った結果、両親からお小遣いを貰うのをやめる事に。自分で使う分のお金ぐらいは自分で働いて稼ぐのが筋だと考えたから。
「またこっちに遊びに来ないかなぁ。そしたら都内を案内してあげるのに」
「お盆に行くって言ってたよ。また夜行バス使って来ると思うからその時はよろしく」
「OK、任せておいて」
2人が今も仲の良い関係を続けている事に一安心。一時期は仲が悪化した事もあったが、それも過去の話。彼女達は本物の姉妹のようになっていた。
「香織ちゃんも頑張ってるんだ。私も何かやりたい事を見つけよっかなぁ」
「一流のコスプレイヤーは?」
「……コスプレでどうやって生計立てろっていうのよ」
「エロい格好してその写真や動画を売るとか。中身はともかく外見は良いから結構いけるんじゃない?」
「アンタは妹に何て事させようとしてんじゃああぁぁぁっ!」
引っ越しの荷物の中には怪しげな衣装も多数存在。どれだけ貧乏生活する事になってもこの趣味だけはやめられないらしい。
楽しみがなければ働く意欲も湧いてこないだろう。ただ衣装より先に必要な家具を買うべきだとは思った。
「そういや颯太も半年ぐらい前から1人暮らしを始めたんだよ」
「へぇ、全然興味ないわ」
「まぁ実家から歩いて10分ぐらいのアパートなんだけどね。家だとエロ本を置いておける場所に限界がきたからスペースが欲しくなったんだとか」
「なんてくだらない理由で1人暮らし始めてんのよ…」
「引っ越す時に手伝ってさ。この前も鬼頭くんと丸山くんを連れて遊びに行ってきたんだ」
菓子やらジュースを持ち込み男4人で大盛り上がり。颯太と鬼頭くんは初対面だったが彼らはすぐに意気投合。帰る頃にはすっかりタメ口で語り合う友達になっていた。
「全員でコタツに入りながら漫画を読んだりゲームしたり」
「うわっ、近寄りたくねぇ」
「徹夜で騒いでたんだけど、よく考えたら近所迷惑だったかも。丸山くんに麻雀のルールを教えてもらって遊んだりもしたよ」
「人の事オッサン呼ばわりしてきたけどアンタも充分オッサン化してきてんじゃないの」
「そ、そうかな…」
後輩達と過ごすのも楽しいが男同士だとまた違った空気感がある。彼らといる時が一番本音をさらけ出せている気がした。
「あ~あ、私も遊びたいなぁ。誰かと一緒に」
「そういえば2人で旅行に行く計画を立ててたけど結局行けなかったんだよね」
「……あったわね。懐かしい」
今でも時々思い出す。中止になってしまった泊まりがけの予定を。
「私が黙って家出して、それで台無しになっちゃったんだ…」
「いや、元を辿れば僕が悪いというか。あれが無かったら華恋を追いかける事も母さんの墓参りに行く事も無かっただろうし」
「意地なんか張るんじゃなかった。今更だけど大人しく旅行に行ってれば良かった」
「華恋…」
彼女が家出をしなければ告白をする事もなかったし、付き合う事も無かった。それが原因で家族がバラバラになる事も。
2人でこの場所にいるのも、原因を突き詰めていけはあの日の出来事がキッカケだったのかもしれない。1つの仮定として。
「行きたかったなぁ。雅人と一緒に旅行…」
「なら今度どこかに行く?」
「え!? い、良いの?」
「もちろん。バイトを探さないといけないからすぐには無理だけど」
「雅人ぉ…」
掲げた提案に対して目の前にある表情か変化する。瞳を潤わせた物に。
「うわあぁあぁぁぁ~ん!」
「ちょっ……何するのさ!」
「嬉しい……嬉しいよ、私」
「分かったから離れようって」
「雅人がお兄ちゃんで良かった……お兄ちゃんが雅人で良かったよぉ」
「いいからすぐ離れてくれ。酒臭いんだよ!」
続けてこちらにダイビングアタック。アルコールの強烈な匂いが鼻をついた。
「う~ん、私は幸せ者だぁ…」
「突然泣きだしたり幸せ者とか言い出したり、情緒不安定な娘だ」
「雅人は今晩どうすんの? ここに泊まっていくのぉ?」
「そのつもりだったんだけど、布団が1つしかないのがなぁ」
元々、1泊する予定で上京。泊まる場所は華恋の新居で構わない。そう考えて足を運んだのだが彼女の分の寝床しか用意されていなかった。
「この辺って宿ある? 格安のカプセルホテルとか」
「え? ここに泊まっていくんじゃないの?」
「だって布団一式しかないじゃないか」
「別に良いじゃん、一緒に寝れば。狭いけど冬じゃないんだから平気でしょ?」
「あぁ、やっぱりそうなるわけね」
確かに今から寝床を確保するのも面倒でしかない。妹の恩恵に甘えておく事で問題は解決。
その後も2人で飲み会を続けた。3本目のチューハイを開けながら。
「どんだけ飲むつもりっすか…」
「だって雅人が残すんだもん。だから仕方なく私が代わりに処理してあげてんじゃんか」
「別に無理して全部飲み干さなくても。冷蔵庫に入れておいてまた後日飲めば良いだけでしょ?」
「あ、そっか」
しかし既に蓋を開けてしまっていたので彼女はグビグビと一気飲み。その顔は先程よりも更に赤く染まっていた。




