8 敵意と悪意ー5
「ん~…」
普段ならあんな派手な格好の人間を見つけ出す事など容易い。目立ちまくるから。
「お~い」
「え?」
「あ……すみません。人違いでした」
「は、はぁ…」
それっぽい後ろ姿を見つけたので声をかける。けれど振り向いたその人物は捜していたその人とは似ても似つかない顔付き。同じ格好をした別人だった。
「そうだ、電話…」
ポケットからスマホを取り出す。本人と連絡を取ろうと。
「げっ!」
直後にある事に気付いた。手に携えていたポーチの存在に。
「ヤバい……どうしよう」
この中には華恋さんのスマホ、更には財布とロッカーの鍵も入っている。つまりこのままだと彼女は着替える事も帰る事も出来なかった。
「やだな、やだな…」
今頃は怒り狂っているのだろう。不機嫌を露にしている姿が容易に想像出来てしまった。
「あ…」
怯えているとある事を思い付く。入場する時に立ち寄った受付の存在を。
「放送で呼び出してもらえば良いじゃん」
迷子みたいな扱いで彼女は怒るかもしれない。だがこのまま当てもなく探し回っているよりは遙かにマシだった。
「あのっ、すみません!」
「は、はい?」
飛び込む形でテント小屋に近付く。パイプ椅子に座って談笑していたお姉さん達の元に。
「友達とはぐれてしまって。放送で呼び出してもらう事は出来ますか?」
「え~と……会場内ではぐれてしまったんですか?」
「はい、そうです」
「申し訳ないですがそういう事はやってないんですよ」
「あ……そうなんですか」
しかし返ってきた返事に落胆。恥を忍んでまで行った行為は空振りとなってしまった。
「あれ、雅人じゃん」
「ん?」
ガックリと肩を落としていると後ろから名前を呼ばれる。聞き覚えのある声に。
「え? 君、誰?」
「ふざけんなっ! 俺だよ、俺! てか珍しいじゃん、こんな所で会うなんて」
「あ……だね」
「雅人もこういうイベントに興味あったんだな。そうならそうと教えてくれよ」
「あはは…」
振り返った先に会場に入ろうとしているボサボサ頭の友人を発見。近付いてきた颯太に力強く肩を叩かれてしまった。
「1人で来たの?」
「え~と、そうだよ」
「そっか。なら一緒に廻ろうぜ」
「……うん」
咄嗟に嘘をついてしまう。同居人との関係性を否定しようと。
何故か話の流れで彼と行動を共にする事に。受付の方に向き直るとお姉さん達が笑顔で見送ってくれた。
「捜してたのは別の人なんだけどなぁ…」
戸惑いながらも再び人が混雑している会場内に突撃する。熱気で溢れかえっている空間へと。
「おい、見ろよ。凄いたくさん人いるな」
「まぁ…」
「やべぇ、テンション上がるわぁ」
「よ、良かったね」
「エロゲのコスしてる人はやっぱりエロゲをやってんのかな」
「ん~、どうだろうか」
「むしろこの会場がエロゲだ。ゲームの主人公になった気分で色々な女の子に話しかけてみよう」
「いいけど失敗してもリセット出来ないという事だけは理解しておいてくれよ」
友人のテンションが高い。どこかの誰かさんに負けないぐらいのオーラが全身から漂っていた。
「あっち行ってみようぜ。人がたくさん集まってる」
「……うん」
彼に見つかってしまった事で華恋さんと合流する事が不可能に。なんとかして撒かなくてはいけなかった。
「あ、あのさ…」
「ん? どした?」
「ちょっとお腹痛いからトイレ行ってくる」
「おう。なら俺も一緒に行くわ」
「えぇ…」
咄嗟に思い付いた作戦を実行する。しかし見事に失敗。男2人で連れションをする事になった。
「じゃあ今度あっち攻めてみようぜ」
「そうだね…」
トイレから出ると再び歩き回る。カメラを携える友人のすぐ後ろを。
「いって!?」
その途中でトラブルに見舞われた。多くの人が一斉に同じ方向へと移動するハプニングに。
「ぐぐぐ…」
息苦しいが同時にまたとないチャンスでもある。雪崩のような現象にワザと身を投じた。
「大丈夫か、雅人っ!」
「え?」
「俺の手に掴まれ。絶対に離すんじゃないぞっ!」
「分かった…」
「うおおぉおぉおぉっ!」
空気を読まない友人が精一杯に腕を伸ばしてくる。必死な形相も付け加えて。
「ふぅ、何とか助かったな」
「だね…」
「途中、ナース服を着たお姉さんのオッパイが当たっちゃったぜ。デヘヘ」
「あれ男の人だったよ」
「ガッデムっ!!」
彼の熱い行動に貴重な友情を実感。同時に言いようのない怒りも湧き上がってきた。
「あぁああぁぁ…」
頭を抱えながら悲鳴をあげる。このままだと後で華恋さんに怒られてしまうだろう。それはもうメチャクチャに。
「どうしたんだよ、雅人。さっきからほとんど喋ってないけど」
「もしかして興奮しちゃってるのかな……あはは」
「あぁ、分かる分かる。女の子のムチムチした太ももとかたまらないよな、ウヘヘ」
「……そういう意味で言ったんじゃないよ」
友人がニヤニヤと笑い出した。一歩間違えば通報されそうな表情で。
「あ…」
その時、視線の先にどこかで見たような姿を見つける。派手なセーラー服にピンクの髪。ずっと捜していた人物がこちらに向かって歩いて来ていた。
「ヤベ…」
咄嗟に顔を隠す。このまま鉢合わせしてしまうのは非常にマズいから。
「あっ、いた!」
「げっ…」
だが健闘空しく遭遇する羽目に。辺りにいる人間の視線を集めてしまうような大声が飛んできてしまった。
「アンタ、どこ行ってたのよ!」
「いや、その…」
「勝手に姿くらまして、まったく……ん?」
声の発信元の方へと振り返る。自分だけではなく隣にいた友人も。
「げっ!」
「あれ? もしかして…」
「……う」
「白鷺さん?」
「そ、そうみたいだね」
颯太がこちらを見ながら同意を求めてきた。どうやら速攻で目の前の人物がクラスメートだと気付いたらしい。
「あ~あ…」
もうごまかす事は不可能に近い。努力が水泡に帰した瞬間。騒がしい会場内で自分達がいる空間だけが妙な空気に包まれていた。




