エピローグー2
「お~い」
「ん?」
道路へ出て最初の交差点でターゲットを発見する。真っ赤な制服で歩く後ろ姿を。
「ま、待ってよ。どうして先に1人で行っちゃうのさ」
「だってアンタ待ってたら遅刻するし。私、向こうの駅に着いてから自転車使わないといけないんだからね」
「だとしても一言ぐらいあっても良いじゃないか。黙って出て行かなくても……ひぃ」
「別に良いじゃん。もうお互いに子供じゃないんだもん」
「……まぁね」
振り向いた姉が素っ気ない態度で対応。その隣に並ぶように歩き出した。
「ふぅ…」
彼女とは双子だが通っている学校は別々。片方は平凡で、片方は成績優秀なので。それは中身だけではなく外見も。スキルの振り分けは雲泥の差だった。
「……ふんっ」
「え? な、何?」
「別にぃ~」
「そ、そうすか…」
駅へとやって来ると電車に乗り込む。並んで立つが互いに言葉はゼロ。
これは決して珍しい光景ではなく、いつもの日常。家族のハズの彼女と過ごすのはとても気まずかった。
「今日さ、不思議な夢を見たんだ」
「……夢?」
沈黙に耐えられずにゆっくりと口を開く。記憶の糸を手繰り寄せながら。
「うん。自分がこことは違う世界にいる夢」
「何それ?」
「名前も姿形も変わらないんだけど、住んでる家や家族が違ってたんだよ」
「ふ~ん…」
「それでその世界では自分は高校を卒業してて、姉ちゃんが妹だった」
「はあぁ?」
報告中にすぐ横から素っ頓狂な声が発信。振り向いた先には歪みまくった表情があった。
「ど、どうして私が雅人の妹にならないといけないのよ。アンタは弟でしょうが!」
「分かってるよ、そんな事。ただその世界だと何故か姉弟が入れ替わってたんだってば」
「勝手に逆転させんな、このアホ! ちゃんと元に戻しなさい」
「いや、そんな文句をつけられても…」
「どうせくだらない妄想でもしてたんでしょ。漫画ばっかり読んでるからそうなるのよ」
「……妄想、なのかな」
言われてみたらそうなのかもしれない。日頃から現実逃避する思考にまみれていたので。
ただ1つだけ納得出来ないのはあまりにもリアルすぎる事象の数々。明晰夢なんてものじゃない。まるで今いる場所が偽物であるかのような世界がそこにはあった。
「ちなみにさ…」
「へ?」
「私はその世界だと雅人の事をお、お……お兄ちゃんって呼んでたりしたのかな?」
「いや、普通に名前を呼び捨てだったけど」
「そ、そっか」
「ん?」
何故かその世界だと自分達は別々に成長。双子だと知らされたのは再会してから数ヶ月後。そしてその僅かなタイムラグがとんでもない関係を作り出してしまっていた。
「……うぐっ」
まさか姉であるハズの華恋に恋心を抱くなんて。手を繋いだり、抱き合ったり、唇を重ね合わせたり。思い出すと恥ずかしくなる記憶ばかり。
「あ…」
悶絶しているうちに電車は目的の駅に到着する。2人してホームへ下りて改札の外に移動した。
「んじゃあね。授業中にボケーっとして先生に注意されるんじゃないわよ」
「了解。姉ちゃんも気を付けて」
「……はぁ」
自転車に跨がってペダルを漕ぎだす姉を見送る。小さく手を振りながら。
「良い天気…」
1人になった後は孤独な通学を開始。といっても校舎はすぐ目の前。のんびりとした足取りで歩き出した。
「ん…」
子供の頃はいつもすぐ隣に華恋が存在。クラスは別々だったが登下校は一緒なので。家でも放課後でも共に過ごす事が多く、本当に仲が良かった。
けれど中学にあがるとその環境も変化する事に。互いに休日や放課後は友達と過ごすようになり、家でも口数が減少。食事やテレビ観賞中もほとんど口を利く事はなく、必要最低限以外の会話は失われていた。
そして今では通う高校も別々。平凡な弟と違って秀才で通っていた姉はお嬢様学校へと進学してしまった。
「ま~さと」
「いって!?」
昇降口までやって来たところで誰かに名前を呼ばれる。背中に走る痛みと共に。
「おいっす。そっちも今来たのか?」
「え? 君、誰?」
「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」
「あぁ、颯太か。おはよ」
振り返った先にいたのは見知った人物。いつも連んでいる中学時代からの知り合いだった。
「どした? 今日、元気なくね?」
「そ、そうかな。いつも通りだと思うけど」
「いつもの雅人ならもっと覇気があるんだよ。なんていうかこう、俺に宿題を写させてくれたり」
「もしかしてまた忘れたの?」
「あぁ、もちろん。俺がちゃんとやってくると思うか?」
「思わないね。これっぽっちも」
彼は素行が悪い。遅刻なんて日常茶飯事。
ただ性格や物事に対する考え方が違うのに何故が気が合った。プライベートな時間は一緒に過ごす事が多い。休み時間や放課後、休日も常に共に行動していた。
「ん? 何?」
「……いや、どうもしないよ」
ふと懐かしい感覚に襲われる。こんな会話を違う場所でもしていたような気がした。




