18 思い出と記憶4
「あれ? 電話…」
再び歩き出そうとしたタイミングでポケットに入れていたスマホが小刻みに震える。すぐに相手を確かめたが画面が暗くて分からなかった。
「もしもし…」
『アンターーっ!! 今、どこにいんの!?』
「うわっ?」
端末を耳元に当てた瞬間に甲高い声が響き渡る。騒音に近い喚き声が。
『さっきから何回もメッセージ送ってるのに既読つかないし、かおちゃんに聞いてもどこにいるか知らないっていうし』
「へ、へ…」
『連絡したらちゃんと返しなさいよ。出かけるなら家族にどこ行くか伝えてけぇーーっ!!』
「もしかして智沙?」
『あん? アタシじゃなかったら誰だっていうのよ』
数回のやり取りで受話器の向こう側にいる人物が判明。不機嫌さを爆発させた友人だった。
『アタシが送ったメッセージ見た?』
「ごめん、まだ見てない。ていうか届いてる事にも気付いてなかった」
『はぁ……やっぱりね』
「今は颯太と一緒にいるんだよ。牧場に遊びに来てるんだ」
『はぁ?』
「な、何か…」
『んな事してないでサッサと帰ってきなさい。バックバック!』
何やら慌てふためいている。緊急事態でも起きたかのような様相で。
「え? どうして?」
『どうしてもよ。悠長に遊んでないですぐに駅に向かって』
「いや、いきなりそんな事を言われても意味分からないのだが」
『このまま大人しく華恋を行かせちまっていいのか。すぐに追いかけろっ!』
「……華恋?」
思考を巡らせていると彼女の口から衝撃的な台詞が発信。暴言の中に有り得ない人物の名前が飛び出した。
『そうよ。あの子、駅に向かってったから。早く追いかけないと間に合わなくなっちゃう』
「どういう事? だって華恋は…」
『昨夜、アタシのうちに泊まっていったのよ。いろいろ話したい事があるからって。けど新幹線乗るからってさっき出て行っちゃった』
「……嘘」
混乱が止まらない。把握している状況と違いすぎて。
『アンタ、あの子の事が好きなんでしょ? なら早く追いかけなさいよ』
「いや、でも…」
『昨夜だってずっと泣いてたんだからね。雅人と別れたくないって』
「……え?」
『アタシが引き止めたのに出て行っちゃった。徒歩だけどすぐに駅に着いちゃう』
「そんな…」
一体どういう経緯でそんな展開になったのか。流れが全くもって不明。1つだけハッキリとしているのは愛しいその人が手を伸ばせば届きそうな距離にいるという事だった。
「華恋が出て行ったのってどれぐらい前?」
『15分……かな。寄り道してなければもう電車に乗ってるかも』
「うわっ、ギリギリ…」
頭の中で時間計算するが追い付けるかが微妙。全ての情報を都合の良いように解釈しても難しかった。
「ありがと、智沙。教えてくれて助かったよ」
『礼はあとあと。雅人が今しなくちゃいけない事はアタシに頭を下げる事じゃなく妹を追いかける事でしょうが』
「そ、そだね。うん」
『間に合わなかったなんて言い訳は聞かないわよ。走ってる新幹線に飛びついてでも追いかけなさい』
「そんな事したら死んじゃいます…」
通話を切るとポケットにスマホを仕舞う。そのまま後ろに振り返った。
「あのさ、頼みがあるんだけど…」
「華恋さんを追いかけるんだろ? ならサッサと行こうぜ」
「え?」
「ボサッとすんな。1分1秒を争う事態だろ、今は」
目が合った友人がその場を駆け出す。駐車場がある方角を指差して。
どうやら会話を全て聞かれていた様子。走る後ろ姿を追いかけて車のある場所まで戻ってきた。
「んで、どこに迎えば良いんだよ」
「新幹線に乗る前に追い付きたいから…」
「よっしゃ。じゃあ直接華恋さんのいる場所を目指せばいいわけだな」
「ごめん。急にこんな事に巻き込んじゃって」
「おいおい、違うだろ。こういう時は謝るんじゃなくて感謝するものなんだよ」
「……ありがと」
2人して急いでシートに腰掛ける。続けてシートベルトを締めた。
「んっ…」
窓を開けると顔に当たる風が冷たい。3月とはいえ、まだまだ気候は冬並みなので。
不慣れな運転で国道や高速を走り続ける事、約20分。飛ばしまくった成果なのか驚異的な速さで目的地へと到着する事が出来た。
「おら、着いたぞ」
「サンキュー。助かったよ」
「早く華恋さん捜してこい。俺も後から追いかけるから」
「駐車場わかる? ここの裏なんだけど…」
「俺の事は気にしなくて良いからサッサと行けっての。頑張ってここまで走ってきた努力を無駄にする気か!」
「わ、悪い」
ドアを開けると外に飛び出す。そのまま猛ダッシュで駅構内へと移動。
「え~と…」
そして人混みを掻き分けて新幹線の乗り場へ。辺りを見渡すが数多くの人がごった返していたせいで捜索が困難だった。
「あっ!」
改札までやって来た所で向こう側に見知った後ろ姿を発見する。マフラーを巻いた妹の姿を。
「華恋っ!」
思わず名前を叫んだ。奥に進んでいく背中に向かって。しかし騒がしい周辺の影響でその声もかき消されてしまった。
「どうしよう…」
このままでは再び離れ離れになってしまう。気持ちを伝えられないまま。
「そうだ。スマホ…」
端末を取り出すと慌てて操作。上手くかけられたが無機質なコール音だけが何度もループしていた。
「……ダメだ」
気付いていないのかもしれない。重い荷物を持ちながら歩いている点を考慮すると。
「あっ…」
無理やりゲートを乗り越えようと考えていた頭の中に1つのアイデアが浮かぶ。自分もキップを使って中に入れば良いだけ。券売機に移動すると入場券を購入して改札をくぐった。
「頼む。間に合ってくれぇ…」
先ほど見かけた場所に来るが彼女がいない。念の為、入ってきた改札の外を見回してみても。
売店や喫煙所にも数多くの人が存在。トイレも混雑しており外まで行列が伸びている程だった。
「はぁっ、はぁっ…」
下にはいないと判断したので全力で階段を駆け上がる。併走するエスカレーターからたくさんの視線を注がれながら。
そしてホームまでやって来ると状況を確認。片側にだけ車両が停まっていた。
「まだ乗ってないでくれよぉ…」
すくに近付いて中を覗き見る。手前だけでなく奥にある座席も。
既に乗り込んでいたら話しかけられない。更に遭遇しても向こうが気付いてくれる保証はどこにもなかった。
「あっ!」
三両目の捜索を終えたタイミングで目の前にあった扉が閉まる。発車を知らせるアナウンスと共に。
「危ないから離れてください」
「あの、中に知り合いが…」
「この線から下がって。危ないから車両の側に寄らないでください」
「ちょっ…」
近くにいた駅員が接近。事情を説明しようとしたが強制的に引き離されてしまった。
「そんな…」
まだ半分も探し終えていないのに。この中のどこかに華恋がいる可能性は高い。
「くそっ…」
職務を全うしている駅員が憎く思えてくる。思い切り突き飛ばしてやりたいレベルで。更には窓ガラスを叩き割ってやろうかという狂暴な考えさえ浮かんできてしまった。
「キャッ!?」
「あ、すみません」
車両を追いかける為に再び駆け出す。その途中で家族連れの母親に衝突してしまった。
「ハァッ、ハァッ!」
呼吸が苦しい。息切れが激しくなっていた。
「いない…」
最後尾まできたがそれらしき姿は見つけられず。動き出した車体はかなりのスピードを出していた。今から引き返しても先頭車両に追いつけない程に。
「……っと、と」
膝に手を突いて呼吸を整える。その瞬間に軽い目眩が発生した。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
まだ探せる場所はたくさんあるのに。今の車両には乗ってなくても別の所にいるかもしれない。けれど前に進もうとするが足が動かず。膝が小刻みに震えていた。
「くそっ…」
なぜもっと鍛えておかなかったのか。日頃の運動不足を後悔するばかり。
「あ…」
太ももを殴打していると額から冷や汗が飛び出してくる。声を出そうとしたが乾いた喉がそれを妨害してきた。
更には超音波のような耳鳴りのせいで平衡感覚が保てない。軽い貧血を起こしていた。
「雅人!」
「……え?」
突然、背後から名前を呼ばれる。聞き慣れた甲高い声に。
「か、華恋…」
「アンタ、どうしてこんな所に…」
「良かった。まだ行ってなくて…」
「もしかして私を…」
「これで走り回った甲斐があったってものかな」
「あっ!?」
振り返った先にいたのは捜していた人物。真っ赤なマフラーを首に巻いた妹が立っていた。




