18 思い出と記憶ー2
「美味しい~」
「本当にね」
「ケーキ、焼き肉、アイス!」
「香織。アンタ、あんまり食べ過ぎると太るわよ!」
「うぐっ!?」
翌日には家族揃ってバイキングで外食。お祝いと別れの意味合いを兼ねて。
本来なら嬉しいイベントのハズなのに楽しめない。死刑宣告を受けているかのような状況だった。
「忘れ物はない?」
「はい、大丈夫です。ほとんどの物は昨日のうちに郵送しておきましたから」
「向こうに着いたら連絡頂戴ね。あと何かあったらすぐ電話するのよ」
「ありがとうございます」
その翌日には自宅の玄関に家族で集まる。独り立ちする娘を送り出す為に。
「華恋さん、元気でね」
「香織ちゃんもね。介護士になるなら頑張って」
「ふえぇ、勉強やだよぅ」
女2人が楽しそうに会話を弾ませていた。別れの雰囲気を少しも感じさせないで。
本当は駅まで付き添いたかったのだが小田桐さんと合流する予定があるとの事。なのでこうして家での見送りになっていた。
「もしかしたら私も夏に東京行くかも」
「え?」
「夜行バスに乗ってライブ行く計画を立ててるんだ」
「そうなんだ。ならその時は私が都内の案内してあげる」
「あっはは! 華恋さん、もうすっかり向こうの住人気分」
その場にいる全員が旅行の見送りのような気分で喋っている。だから誰も泣いていない。誰も心の底から悲しんだりはしていない。
けど自分は違う。好きな相手と引き裂かれてしまうのだから。
「雅人」
「……え」
「元気でね。今までいろいろ助けてくれてありがとう」
「うん…」
「これからどうするか知らないけど頑張んなさいよ? いつまでもニートみたいな生活続けてたら承知しないからね」
「わ、分かった」
呼び掛けられた瞬間に慌てて返事した。裏返った声で。
もしいつまでも自堕落な生活を送っていたら活を入れに帰って来てくれるのだろうか。そんな都合のいい妄想すら浮かべてしまっていた。
「あと智沙にもよろしく言っておいて。今まで楽しかったよって」
「そんなの自分の口から伝えなよ…」
「へへっ、そだね。なら後で電話しておこうかな」
「そっちこそ小田桐さんによろしく言っておいてよ。生意気な妹を頼みますって」
「それこそ自分の口から伝えなさい……ていうか生意気ってどういう事よ!」
「あれ? なにか間違えてたっけ?」
互いに冗談を飛ばし合う。まるで別れる淋しさを抱いている事が嘘みたいに。
それから道路や駐車場を使って写真を撮影。自宅をバックに家族5人で並んだ。
「画像は後で送っておくから」
「はい。ありがとうございます」
「え~と、これをこうして…」
「……じゃあ、そろそろ行こうかな」
一連のやり取りを終えると華恋が小さく呟く。隣に置いていたキャリーバッグに手を伸ばしながら。
「華恋さん、元気でね~」
「ありがと。香織ちゃんも風邪引かないようにね」
「絶対にまた帰ってきてよ? 約束破ったら絶交だから」
「うん、必ず帰ってくるよ。次は一緒にスイパラとか行こうね」
女性陣2人が陽気なテンションでハイタッチ。気持ちの良い音が響き渡った。
「今までお世話になりました。私みたいな奴を大切にしていただいてありがとうございます」
「こちらこそありがとうね」
首に巻いたマフラーが地面に向かって垂れ下がる。1年半前を彷彿とさせる丁寧な挨拶と共に。
「……またね」
「うん、バイバイ」
そして顔を上げるのと同時に視線が衝突。憂いを含んだ瞳がそこにはあった。
「華恋…」
コート姿の背中が歩き出す。駅のある方角に向かって。追いかけたいのに足が竦んで動かない。見えない重りが足首に纏わりついていた。
「……行っちゃったね」
「うん…」
「中に入ろ。ここにいたら風邪引いちゃうよ」
「……そだね。また熱出すの勘弁だし」
香織に促されて玄関へと足を向ける。何度も道路の先に意識を向けながら。
「んっ…」
引き返してくる事を期待したがそうはならない。数分前までそこにいた人の姿はもう見えなくなっていた。
「……はぁ」
部屋へと戻ってくるとベッドに寝転がる。どうしようもない程の孤独感と葛藤しつつ。
「くそっ…」
ずっと一緒にいられると思っていたのに。卒業した後も家族のままで。
約束していた旅行や遊園地にも行けなかった。イルミネーションを見に行くというクリスマスのデートも。
あれだけ2人きりで行動する事に固執していたのに。何一つ叶える事なく彼女は目の前からいなくなってしまった。
「あ~あ…」
日が沈んでも異様なテンションの低さを維持。食事とトイレ以外の時間は部屋に籠もりっきり。
順調にいけば小田桐さんと新しく住むアパートに到着している頃だろう。2人して新生活に向けての相談でもしているのかもしれない。
「……連絡なし」
唯一の期待であるメールすらも届かず終い。どうやら本格的に忘れられているらしい。
どれだけ強がっても心の中は未練タラタラ。これほど時間が長く感じられた経験は未だかつて無かった。




